息子は外食、私はL菜にご飯を作った日 | coarato  見えない手をつないで

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シングルマザー歴16年。子育てと仕事に励む中、最愛の娘を突然亡くしました。今も揺れる心を言葉にしています。

ただまた会えると信じて。

息子は外食、私はL菜にご飯を作った日

 

 

 

昨日、息子が「友達とご飯食べてくるから」とLINEをしてきた。

 

ああ、今日は作らなくていいんだ。

 

ホッとした反面、なんだか手持ち無沙汰で。

 

キッチンに立って、冷蔵庫を開けて、閉めて。

 

気づいたら、L菜の前にいた。

 

「今日はね、Aちゃん外食なんだって」

 

そう話しかけながら、私は自然とご飯を炊き始めていた。

 


 

子育てが終わった日

 

 
 

息子の大学受験が1つ終わって、三人の子育てが一区切りついた。(まだこの前の受験した大学の合格発表はまだですが...)

 

本当は、ここから「自分の時間」が始まるはずだった。

 

でも、蓋を開けてみたら、何もやる気が起きない。

 

仕事も、家事も、すべてが重たくて。

 

「どうして生きていったらいいんだろう」

 

そんな言葉が、頭の中をぐるぐる回っている。

 


 

 

5月にL菜が亡くなってから、私はずっと「息子の受験」という目標に支えられていた気がする。

 

L菜が大学3年生になったばかりの、あの日。

 

彼女は、もう戻ってこない。

 

でも、息子の受験があったから、私は何とか立っていられた。

 

いや、立っていられたというより、L菜が私を立たせてくれていたのかもしれない。

 


 

 

 

そして今。

 

重圧から解放されたはずなのに、心が力を失っている。

 

体が動かない。

 

朝起きても、何をしたらいいのかわからない。

 

「無気力」という言葉が、こんなにも重いものだとは思わなかった。

 


体が動かない日に、手が動いた
 
 

でも、昨日。

 

息子が外食で、作る必要がなかったはずのその日。

 

私は、L菜にご飯を作った。

 

「体が動かない」と思っていたのに、気づいたら炊飯器のスイッチを押していた。

 

お味噌汁も作って、L菜の好きだった卵焼きも焼いた。

 


 

 

L菜の前にお膳を並べながら、ふと思った。

 

私、動いてるじゃん。

 

無意識のうちに、最も大切な娘への愛情を、行動に変える力が残っていたんだ。

 


グリーフケアの小さな知識
 
 
 

少しだけ、専門的な視点から。

 

喪失後の無気力感は、「燃え尽き症候群(バーンアウト)」に似た状態になることがあります。

 

長い間、悲しみと重圧の中で頑張り続けた心と体が、「もう休んでもいいよ」とサインを出している状態。

 

これは決して怠けているわけではなく、心が自分を守ろうとしている、自然な反応なんです。

 

無理に「やる気」を出そうとしなくていい。

 

今は、心が求めている休息の時間なのだと思います。

 


お供えのご飯が教えてくれたこと
 
 

L菜へのお供えのご飯。

 

それは、単なる食事じゃない。

 

愛の継続であり、命のつながりであり、日常の再構築なんだと気づいた。

  • 「私は今もあなたを思っているよ」という、天国のL菜へのメッセージ。
  • 悲しみの中でも、L菜の存在を日常の一部として受け入れようとする、私の力。
  • ご飯を作るという行為を通して、L菜と繋がっていることを感じられる、大切な時間。

 

 

息子のためのご飯は、今日は作らなくてよかった。

 

でも、L菜のためのご飯は、作れた。

 

それでいいんだと思う。

 

 

 

今の私には、「L菜を思い続けること」がある。

 

そこから、少しずつ始めてもいいんだ。

 

無理に大きな目標を持たなくても。

 

ただ、温かいお茶の香りを嗅いだり。

日の当たる場所でぼんやりしたり。

 

L菜との思い出に浸りながら、彼女が好きだったものを少しだけ味わったり。

 

それだけで十分。

 


生きる理由や、大きな目標を見つけなくていい。

 

今すぐ「やる気」を取り戻さなくてもいい。

 

体が動かない日があっても、誰かを思う心は動いている。

 

それが、今の私の「生きる」なんだと思う。

 


 

 

 

同じような気持ちの方がいらしたら。

 

どうか、ご自身を責めないでください。

 

休むことも、動けないことも、すべて心が必要としている時間です。

 

そっと、自分の心に手を当てて。

 

「よく頑張ったね」と、労ってあげてください。

 


 

L菜へ

 

 

 

ありがとう、L菜。L菜がいてくれたから、ここまで来れたよ。

L菜、母ね、少しずつだけど、生きてるよ。見守っててね。