体の声を聴く

 


瞑想を初めて、早15年ほど。またきちんと瞑想を伝授いただくようになって3年。


いろんな変化があったのか?


そういわれると、あったようななかったような。

 

ただ着実に、瞑想が大切で重要だという情報は集まってきています。

 

一時のブームであったマインドフルネス

 


コロナのおかげで、なりを潜めています

 


マインドフルなら、コロナも心配ないのでは?

 

そう思っていたのですが、そうでもないのだなと、ちょっと皮肉っぽく考えたりしています

 


チャクラにアクセスする瞑想を学んでいます

 


今回は、ルートチャクラの瞑想でした

 

 

これまで他の3つのチャクラと、新しい波動を獲得するマントラを学びました

 


これまで、それぞれでいろんなことが起こってきました(やっぱり起こってたんだと改めて思いだした)

 


一種の浄化を促進するのが瞑想でもあるそうで

 

 

これまで貯めてきたであろう詰まってきているものが解消されているように感じています

 


今回の伝授が、私にとってはかなりのインパクトがあったので備忘録的に書いておこうと思います

 

 

ルートチャクラは、第一チャクラで、一番根源、底辺、根っこの部分のチャクラ

 


ここのバランスは、人の根っこの部分を支えるものなので

 


非常に重要

 


地に足をつける、ここが整っていないと根っこが揺らぐと幹や葉も繁らない

 

 

 

このチャクラを意識した瞑想をすることでの私が感じたインパクトは

 

 

上に書いた通り、「地に足がつく」「重心が下がる」「どっしり揺るがない」

 


そんな自分の在り方につながっているように感じています

 

 

これまで、小心者でもあり、人前だったり権威を振りかざす人には、敏感になり、おもねって抑圧している自分がいました

 


また、そんな自分の居心地が悪く、ストレスがたまったりしていました

 


この瞑想を繰り返すうちに、重心が下がっていき、人前での自分の居心地に変化を感じています

 

 

人が動くのが見える、他者を見たときにこれまで感じていたことは、否定してきました

 

 

いやいや、私の感覚なんて・・・・と自己卑下と自己否定でした

 

 

不思議なことに、私の感覚なんてというのがなくなり、ただジャッジせず観ることができている時間があります

 

 


頭でいろいろと考えることが多かった、今も普通の時はそういう状態です

 

 

この瞑想を行うプロセスで重心が落ちる感覚が身についてきていることで

 

 

頭でジャッジする声が小さくなったように思います

 

 


その代わりに、ただいる、ただ観る、ただ感じる ジャッジせずに

 

 

声を聴いているところが変わったのかもしれません

 


これまでは、頭で、脳でする声を聴いていたけれど

 


この意識を持つことで、体、そのことをただ捉えることで起こる感覚を聴くということに近いように思います

 

 

体で起こっている事、目というものを見る機関でとらえたものを受け取る

 


ニュートラルになれ、とか、ジャッジせずに聞く、という概念よりも

 


私にとっては、瞑想でチャクラを意識することで観えてきた声の聴き方が変化をもたらしてくれています