松下幸之助翁の「指導者の条件」は、バイブルです




歴史上の人物の逸話と絡めて、指導者の心構えや姿勢、行動を明確に述べていただいています





著書の「指導者の条件」に






「原因は自分に」




という箇所があります





経営は、100%経営者で決まる





うまくいったときは、周りのおかげ





うまくいかなかった時は、自分に何か原因があると考えて




二度と起こらないように対策を立てる





先日、ある方とのコーチングセッションでのこと




ある部下のコミュニケーションが、お客様からクレームが、時折、必ず起きるんです




怒らせてしまう人に困っているとのこと






コーチ、どうしたらいいでしょうか?




と言うご相談





じっくり話を聞いてみると、何度かお客様を激怒させているツワモノだと言う






その本人からは、その時には本当に申し訳ありませんという言葉は聞きますが、全然変化はないのです





との話





どんな指導をしてきたのか、その時にはどんな反応があったのかを詳しく聞かせて頂いた





話の中に漂う「どうしたってダメじゃん。どうせなおらんやろう」というイメージ






直感で感じました





全ての因は我にあり





変わらんやろう、と諦めている心が、指導にも現れている






こういう思考に今なってしまっているのには、言っていただいたこと以外に何か理由があるのかもと、もう少しお話を聞いてみることにしました




直感で感じたことは、事実とは認知できないので、直接は言わない






その直感を元に質問をすることに






おっしゃるような、変わろうとしない相手に対して、その行動を変えさせるには、どれぐらいの労力がかかると思いますか?





何度言っても同じことを繰り返してしまう時、どんな気持ちになりますか?




そんな時、本当にどんな言葉をかけて欲しいですか?





他者に対しての矢印の方向を少し自分の方に向けてみる





全て、外には理由はなく、自分の中にある何かに引っかかって、行動の妨げになってしまっています





それを「因」





「因」は、「悪い」と言っているのではありません





全ての「因」=種=縁から始まるので、その因があるところは、自分であると理解する





それが「全ての因は我にあり」の、一つの切り口でもあると思えるようになりました