助成金申請って、懐かしくて、かつ、めんどくさかったエグゼクティブコーチあねごです。
あまり沢山の仕事はしていない(転職経験1回)のですが、そういえば、会社入りたての頃、教育費の助成金の申請を訳わからずやっていたのを思い出しました。仕事や社会のこと、わかっているようで全くわかっていなかった当時。全く何もよく知らずにやっていた。全体像を把握することもできなかった。ああ未熟者。
さて、昨日はゆっくり本を読んで過ごしていました。
私の本の読み方は2種類ありまして、一つは、ただストーリーを追う小説的、流し読み的読み方。通称「流し」
もうひとつは、テキストがわりに使う読み方。こっちはペン片手に読み進め、気になるところで、がつがつ書き込む。通称「テキスト」
この仕事を始めた時によく読んでいた本で、トーマスレナード氏の著書で「いつも『いいこと』が起きる人の習慣」には、書き込みがたくさんある。この本で自分の頭の中と心の中を整理していた時にこの方法を始めた。
昨日読んだ本は、テキスト、です。
どちらかといえば心理学的な部分ですので、自分にあてはめて、マイケースに落とし込みながら読み進めています。スピードは遅い。
なかなか進まない。
でもとても面白い気づきがあったのでご紹介します。
あるテーマについて、焦点を当てて掘り下げていく手法が載っていたのでやってみました。簡単な切り口。
自分が見て引っかかること、嫌な感じを受けることは、実は自分の中に何かそれに引っかかることがある。相手がそうしているのではなく、相手は私の中にあるその「引っかかる要因」があることを知らせてくれているだけだという視点。それを掘り下げる、というものでした。
相手が私にカチンとくることを言う。としましょう。そのカチンとくることをいう人の問題だと思うのが、通常。これ普通の人。それでいいんです。
でもちょっとそこで立ち止まる。
いつも同じことに出会うんです。という人もいる。
また、やっぱり、どうせ、って言葉が出る時には立ち止まって考える必要があるかも。
そこを掘り下げていく。
昨日は色んなものが出てきてしまって、ついには自分の考え方の癖まで出てきて、第収穫だったのですが、その内容について気づいたのではありません。
いつも引っかかることが起こるという仕組みについて。
いつも引っかかることが起こる、って、引っかかるようなことを誰かが言うんです、ではないと考えてみる。
引っかかることを言わせているとしたら?
引っかかることを言わせて、私に何を知らせようとしているのでしょうか?私の中にある何に気づいてほしいから、相手を使ってまで知らせようとしているのだろうか?と。
この質問を自問自答していくときに、ふと気付いたことなのです。
実は、引っかかることを「言われた」ということからくる「被害者的印象」が、「相手に言わせているとしたら」という仮説を用いた問いかけに変えることで、「相手が言わされているということはないにせよ、そう受け取る自分自身に、何が起こっているのか」という方向に頭が切り替わっていることに気づきました。
された、言われたという被害者的な立ち位置ではない。また、やっぱり、どうせ、という予定調和にはまらない。
私が自分の心にあるスイッチや自動で起こしている、自分では普通だと思ってやっていることに気づきやすい視点を得たと思いました。
フラットな視点というより、自分を客観視する「ニュートラル」な感じでした。
どうしても自分を裁いてしまう、相手も裁いてしまう。言われた言葉に反応したり、言われた利する自分のいやな部分を責めたりする。両方とも、どちらかに偏っていたり、正しい間違っているという判断の世界で、良し悪しを決めようとしてしまいがちなところです。
そこからちょっとだけ、離れられて、俯瞰して冷静に自分に起こることをフル変えることができていました。
昨日は、自分の中に引っかかることが起こる時に、反応する部分を掘り下げていったら、「居場所は常にない」「私のために設けられた場所はない」という前提を持っていることに気が付きました。
いつも誰かの場所が空いている時に、私の場所がある、私のために設けられた時間ではない。私は優先されていない。私は優先される人ではない。優先されることなんてない。など。いろんな言葉が出てきました。
ニュートラルに引っかかることを掘り下げてみると、そこには実はいつも自分が思い通りにいかないと思っていることを、実は自分の前提条件が決めていることを発見してしまいました。
特につらいことではありませんが、これが見つかったことで、慢性的な人間関係での不協和音がちょっとだけチューニングできたように感じました。
これはコーチングでも活かせる視点だなと思って、備忘録として書き留めておきます。
今日は雨。雨の前までは、喉や鼻がむずがゆくて大変でした。そろそろ黄砂とPM2.5の時期。これからもマスクが必要です。
今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。心からの感謝と愛をこめて。
あまり沢山の仕事はしていない(転職経験1回)のですが、そういえば、会社入りたての頃、教育費の助成金の申請を訳わからずやっていたのを思い出しました。仕事や社会のこと、わかっているようで全くわかっていなかった当時。全く何もよく知らずにやっていた。全体像を把握することもできなかった。ああ未熟者。
さて、昨日はゆっくり本を読んで過ごしていました。
私の本の読み方は2種類ありまして、一つは、ただストーリーを追う小説的、流し読み的読み方。通称「流し」
もうひとつは、テキストがわりに使う読み方。こっちはペン片手に読み進め、気になるところで、がつがつ書き込む。通称「テキスト」
この仕事を始めた時によく読んでいた本で、トーマスレナード氏の著書で「いつも『いいこと』が起きる人の習慣」には、書き込みがたくさんある。この本で自分の頭の中と心の中を整理していた時にこの方法を始めた。
昨日読んだ本は、テキスト、です。
どちらかといえば心理学的な部分ですので、自分にあてはめて、マイケースに落とし込みながら読み進めています。スピードは遅い。
なかなか進まない。
でもとても面白い気づきがあったのでご紹介します。
あるテーマについて、焦点を当てて掘り下げていく手法が載っていたのでやってみました。簡単な切り口。
自分が見て引っかかること、嫌な感じを受けることは、実は自分の中に何かそれに引っかかることがある。相手がそうしているのではなく、相手は私の中にあるその「引っかかる要因」があることを知らせてくれているだけだという視点。それを掘り下げる、というものでした。
相手が私にカチンとくることを言う。としましょう。そのカチンとくることをいう人の問題だと思うのが、通常。これ普通の人。それでいいんです。
でもちょっとそこで立ち止まる。
いつも同じことに出会うんです。という人もいる。
また、やっぱり、どうせ、って言葉が出る時には立ち止まって考える必要があるかも。
そこを掘り下げていく。
昨日は色んなものが出てきてしまって、ついには自分の考え方の癖まで出てきて、第収穫だったのですが、その内容について気づいたのではありません。
いつも引っかかることが起こるという仕組みについて。
いつも引っかかることが起こる、って、引っかかるようなことを誰かが言うんです、ではないと考えてみる。
引っかかることを言わせているとしたら?
引っかかることを言わせて、私に何を知らせようとしているのでしょうか?私の中にある何に気づいてほしいから、相手を使ってまで知らせようとしているのだろうか?と。
この質問を自問自答していくときに、ふと気付いたことなのです。
実は、引っかかることを「言われた」ということからくる「被害者的印象」が、「相手に言わせているとしたら」という仮説を用いた問いかけに変えることで、「相手が言わされているということはないにせよ、そう受け取る自分自身に、何が起こっているのか」という方向に頭が切り替わっていることに気づきました。
された、言われたという被害者的な立ち位置ではない。また、やっぱり、どうせ、という予定調和にはまらない。
私が自分の心にあるスイッチや自動で起こしている、自分では普通だと思ってやっていることに気づきやすい視点を得たと思いました。
フラットな視点というより、自分を客観視する「ニュートラル」な感じでした。
どうしても自分を裁いてしまう、相手も裁いてしまう。言われた言葉に反応したり、言われた利する自分のいやな部分を責めたりする。両方とも、どちらかに偏っていたり、正しい間違っているという判断の世界で、良し悪しを決めようとしてしまいがちなところです。
そこからちょっとだけ、離れられて、俯瞰して冷静に自分に起こることをフル変えることができていました。
昨日は、自分の中に引っかかることが起こる時に、反応する部分を掘り下げていったら、「居場所は常にない」「私のために設けられた場所はない」という前提を持っていることに気が付きました。
いつも誰かの場所が空いている時に、私の場所がある、私のために設けられた時間ではない。私は優先されていない。私は優先される人ではない。優先されることなんてない。など。いろんな言葉が出てきました。
ニュートラルに引っかかることを掘り下げてみると、そこには実はいつも自分が思い通りにいかないと思っていることを、実は自分の前提条件が決めていることを発見してしまいました。
特につらいことではありませんが、これが見つかったことで、慢性的な人間関係での不協和音がちょっとだけチューニングできたように感じました。
これはコーチングでも活かせる視点だなと思って、備忘録として書き留めておきます。
今日は雨。雨の前までは、喉や鼻がむずがゆくて大変でした。そろそろ黄砂とPM2.5の時期。これからもマスクが必要です。
今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。心からの感謝と愛をこめて。