朝からメガネを踏んでしまい、ばにっく、ムンクの叫び状態からのスタートのエグゼクティブコーチあねごです。




さて、効果があれば続ける。すべて目的以外のことはやらない。実は、無駄だと思う中に、いろんなものがある。





あるクライアント先で、コーチングのテーマとして出てきたことから。





仕入れた情報をいかに記憶するか、というのがテーマでした。





その前ふりとして、新聞、雑誌を読んで、世の中の流れを理解しておこうというのを、その前に決めていました。



1か月継続してみたのだけれど、まったく覚えていないし、何の役に立っているのかもわからないから、どうやったら記憶に残るようなものになるのか?という問いでした。






記憶に残らない。




これって本当?






閃きや、あは!体験は、蓄積された経験をあるときつながった時、アイデアが出てくる。



ネタがなくては、閃きもアイデアも出てこない。それが表層の意識として認識できているか、田舎の話なのですが。情報も、どんな情報に触れ、どんなふうに過ごすかで、大きく違う。





こんなものどういう役に立つのか?と考えるなら、役立たずに終わるはず。





どこかで使えるかもしれない、となると、どこかで使えるかもしれない。





そして、もう一つは「とにもかくにも続けてみる」ことも必要かもしれない。




そういうものだから続けなさい!というのは、クライアント自身が思考停止になる。




それってね、この世の中、CM、TV番組の影響が大きいと思うのです。




「○○に効果抜群」とか、「こういう効果がある」っていうものばかり。ま、仕方ないけどね。売りたいからCMなんだからさ。





わたしなんか効果があるかどうかしらんけど、ちょおレートは好きだし、お酒も好きですしね。またゴマも大好き!




すべて「効果があるもの」でなくちゃだめなんでしょうかね・・・・・これって一番じゃないとダメ発言と似てるからちょっとやなんですけども。






効果がなくても、メリットがなくても、いいじゃないかと思うことも、どこかでつながってくる。




そこで、ちょっとした質問をしてみた。





すごいアイデアが出てきた時ってどんな時?そこにどんな知識がその発想の原点になった?




と聞いてみた。




ふと、とか、ずっと考えていてひらめいたと。。。。。言う。





ではあなたの習慣の中で、その閃きの引き金になったものってなんだろう?





うーん?????よくわからないです。でも、いつもそのことについて考えていました。でも、行き詰った時って、どうしようもないので、違うことをします。



と話してくれた。




ここからは私の解釈ですが、、、、



違うことをする時、全く違うところが使われることによって、違う視点が生まれるんだろうなと思います。それに興味関心の方向性とがつながることが、セレンディピティであったり、シンクロニシティであったり。自分の思うものを引き寄せることになるのではないかなと思うのです。




ですから、とにかく効果がなくても、今見えなくても、つながる「かも」しれない。





もしかしたら、そのばくちみたいなものが、なんか知らんけど、面白いものを生み出すのかもしれません。





結果として、すぐに役立つかどうかではなく、ちょっと続けてみようかという話にはなりました。





効果がなくても、いつも続けていることが、いろんなことを経由して、結果として必要なものにたどり着く。





効果が見えなくても、やってみるのもよし・それが楽しいことになれば、それでまたよし。





それが何の役に立たなくても、発想のとっかかりとなるんだろうと思います。






そうして効果を見つけたいと思う心や考えになるのも、人が活きるということ自体に意味を見出したい。そして、意味を見出すことで安心したいという欲求の現れだから。ただ生きているだけじゃ、意味がない、と思っている。そこもちょっと考えてみたほうがいいなとも思うのでした。






今日も最後まで読んでくださってありがとうございました。心からの感謝と愛をこめて。