やることあるのに、こんなことしている場合じゃないのに、のエグゼクティブコーチあねごです。




筆が進むがままに。





先週に受講した講座での自己分析の結果での吹っ切れ度合いを、知り合いに聞いてもらっています。講座の内容の説明をすることで理解を深めて、テストに合格したいというのも副次の狙いとしてありますが。。。。テストあるんですよ~すごくないですか~ま、テストをやるということの本当の狙いが機能しているのでよしとします。






今日もある人に話を聞いてもらいました。話すとなぜ私がこうなったのかが解き明かされてきて、過去の出来事からひもとく中で、原点みたいなものが見えてきました。やっぱり話すって大事だし、聞いてもらうってホントに大事!!!





なんで理解してくれないんだろうか・・・・・だれもが悩むこと。




そこに至るには、自分の本質的なところが相手に伝わりずらいもんだと捉えると説明がつきやすい。それが「正しい」かどうかはわかりませんが、理解してもらえないことに、必要以上に悩んだり、そのことが自分の人格否定をしていたことと関係していました。






伝わらない、なんでやろう。。。。。自分が悪いんだ。やっぱり私の言うことは相手に伝わらないんだ。私がわかることはみんなわかるはずなのに、なんでなん??????





そんな想いを常に持って、いつも「私ってできないんだ。ちゃんとできないんだ。なんでできなんだろう。いつも指摘されて、ダメだしされる」と。いつも人の目が気になり、萎縮して、発言から何から何まで縮こまって、相手の顔色を見て過ごしていました。



また怒られる、、、、、昨日の前提と同じ。だからまた怒られる。





自分の感性を説明することは非常に骨の折れること。「感性」だから。説明できるものではない、「感じ」「Feel」なのです。表現することが難しい。それに加わる「正しく」という規制。





話がそれました。





で、自分の伝わりずらい内面や説明することができないことを必要以上に責めないことに決めた。それに、「感性」だから、わかる人にしか分からないし、わからんという人には、今までの「やっぱりわかってもらえない」とすねるのではなく、「あ~わかんないんだ~そうだよね~感性だもん~わかりっこないしね~しゃーないな~」と思え、「わかるように説明できない私ってなんてバカなんだ」と責めるのをやめ、「あ~私みたいな感度はわかってもらないんだよな~(若干高飛車モード)わかんない人にはわかんないのよね~ほほほほほ~(白鳥麗子風)」でもういいかって思う。





そういう話を知人にしたら「それでいいんですよ~」との一言。






(@_@;)




えええええ?????まぢ??????




それでええん(>_<)




いやいや!!!そんなはずはないって生きてきたのに、この話をする人する人、ほとんど全て






「それでええんです」





3人しか言ってませんが、いまんとこヒャクパー「それでええんです」です。






このうん十年間の「責めていた」時間はなんやったんや??????きーーーーーーーーーーーー!!!





と思うけれど、今は自分はそれでええんやと思えている。





エネルギーもロスすることが少なくなった。





これまで、人と会っていても「ちゃんとできていたか」とか「ちゃんと話を聞けていたか」とか、「普通に相手に接することができてたか」「失礼なこと言ってなかった?」「あほなこと言って、気分を害してなかったしら」が気になって、いたたまれず、フォローのメールで「気に障ることを言っていたらごめんなさい」とかわけわからんことで、予防線を張っていた。くよくよ、ああいうところではあんな風にいっちゃだめだったんじゃないか?とか、終わったことをいい意味で振り返るのではなく、ダメだしポイントを見つけようとして、探していました。友人と会ってても疲れるし、終わってからもまだ気にしてその時のことを惹きづっている。疲れてました。






今はそういう時間がなくなり、安定した気持ちで過ごせています。時間や精神的な疲労感が激減。お花畑化していても、人とのかかわりでしんどかった、と前に書いたような気がしますが、それが全くなくなってしまいました。人といても「脳内お花畑」が続けられていますし、ご機嫌に人とともにいることができるようになりました。






そんな自分でもいいのか?




「それでええんです」と背中を後押ししてくれる言葉。うれしいものです。







今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。心からの感謝と愛をこめて。