今日も真面目にお仕事でしたのエグゼクティブコーチあねごです。




閑話休題的話題。





お年頃になってから時折、占いなどに足を運ぶことがあります。





シチュースイメイ、シビトスー、ホシウナライ、ホロスコープ、タロット、イーチン、ゼンセウラナイ、テソウ、ケツエキガタ、センセイジュツ、まだまだたくさん。すべて体験しておきたい。





経営者のサポートをするときに、よく占いに足を運ぶことも時折聞いていました。断食もその一つでした。







いろんな種類のものに出会って、いろんな人の話を聞いて、一喜一憂していることもある。






見えない未来を確実にしたいこともあったし、失敗したくないからという守りもあった。






ここ最近は、弱気になったり、もともと精神的にネガティヴなものの見方をすることが疲れがたまると内に引きこもる達でもあるから、外の世界になかなか行動に移る時に時間やエネルギーがかかる。そんな時に、聞きに行く。





この二ヶ月で、少し占いに行ってみた。久々に。





今回の占いに関して、とっても違和感があった。すんごい気持ち悪くて、、、







なんでこんなことを言われなきゃいけないの?という結果を言われた。






私が発信していることの反映なら、何を伝えようとしているのか?と、この苛立ちを問いに変えてみた。







占い師から言われた言葉を、占い師の価値判断を優先して、話を聞いていました。






それは、するな、こうしなさい。




???





そこで、はっと気づいたことがあった。





その時点で伝えてくれた言葉を、自分自身の捉え方で捉え、落ち込んでいたことに気づきました。





先に書いたように、私は物事をまずは控えめ、慎重に進めるし、石橋を叩き割るときもしばしば。それに、聞いた瞬間で、ネガティヴに解釈をする癖もあることに気づいた。





言われた言葉には、色もなければ、感情もなく聞くことだってできるし、ポジティブにも捉えることだって、選択肢は私の自由なのに。その自由なところであるからこそ、自分の考え方のクセを如実に表してくれた気がしました。





自分がいかに物事をネガティヴに捉えているか、可能性があるのは理解できるのですが、そういう方向に舵取ることをしづらい。





占いに行くのは自由。それに、そのことから自分の選択に自信が持てたり、前に進むエネルギーを得たりするのもいい。






私は今回のことで、当たり前ですけど、自分のものの見方、それも、反応的にする捉え方を理解できた。右に行くのか左に行くのかの小さい一歩でも、見える景色は明らかに違う。






それに、反応的な捉え方だとすると、日頃からの情報収集する方向も同じだと思います。





すごく揺れた時間でしたけど、自分のことをまた深く理解できたという意味でいうと、良い経験だった。






これから、自分を変えるにあたり、まずは、ネガティヴに受け取るものの見方に気づくこと、そして、その中から違う舵の切り方をあえて選ぶチャレンジをしてみる。






嫌な時間でしたけど、貴重な気づきをもらえたことに感謝。





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とりあえず行ったらここを取らなければというお約束(らしい)




今日も最後まで読んでくださってありがとうございました。心からの感謝と愛を込めて。





そこで、気づいたことがある。当たり前だけど、私のものの見方と考え方が、その相手からの返答に反映されている。





それから、私の