大阪は雨だった。神戸は晴れている。なんじゃこの天気と困惑気味のエグゼクティブコーチあねごです。







コーチングでは、感情を取り扱う事もある。そのものではないが、目標達成や自分の成長を促していく際に、避けては通れない。




思考と感情はあるからね。




そこにどんな自分を制限するものがあるかを知ることは、より良い時間を過ごすのに、とても有効な手立て。




私が自分の思考や感情を持て余していることもあるけれども、私なりの研究対象なのです。




どうしたら、エグゼクティブコーチとして、モデルとする人たちの領域に安心して辿り着けるのか。と模索している。




そのことそのものも、自分のどんな思考、感情からきてるのかを探求する。





今日は本で学んだプロセスを改めて体験する機会を得た。感情を取り扱う時に、どんな変化が起きるのかをよくよく体験できた。




感情は起こるがままにしておく、とか、感じたままでいい。




感情を抑え込もうとすると、現実に起こる現象だけでなく、自分の内面に折り重なり、変なことを起こす種になる。




怒りのスイッチといわれるものになったり、抑圧して落ち込んでしまったり、軽いところでは、カチンときてクレーム、なんてことも。押さえ込んだり、見ないふりをすることで、ちょっとした現実世界で不具合が起こる。




感情はあっていい。そのまま認める、感じる。そのことで、感情が解けて(ほどけて)いった。ほどける、って、ほんとにそう。




今日の体験で私に起こったことは、恐れの感情を感じていって、イメージが黒い炎(どんだけ溜めてたんやろ、と自分が恐ろしい~)だったのが、その出来事と感情を感じていたら、炎のイメージの先からそれか消えていくみたいに見えました。周りの空気に解ける(とける)=解ける(ほどける)、同じ漢字やね。





感情が昇華されたんだなと。





結論は、まだこれだ!と言えませんが、感情そのものが悪さをするわけではなく、感情を抑える、ないがしろにする、見て見ぬようにすることで、かえって抱える。そのことでその記憶と共に、生きにくくなることもあるかもしれません。





好きな作家?の伊集院静氏の「となりの芝生」を読んでいて、思っていること、感じていることの率直さ、自分には嘘がない、というより、自分が何者か、の正直さや、本質を語ってくれると感じる人柄が好ましく思う。そこにも通じるのかなぁと、そして、それにも近づきたいと、それが感情との付き合いを学ぶことになるかなぁと、自分勝手に妄想したりする。




神戸のカフェは、誰一人来ない。そのなかでのつらつら仕事のことや自分のことに想いを巡らす。あ、これ、幸せだ。




ただね、気がかりは、誰も入ってこないカフェ。それも神戸ど真ん中。日曜の昼間だよ。ま、いいか^_^




結論ないけど、大切な気づきの備忘録。





展覧会、写真展、美術展のなかで、ファンである「かご猫しろ」が出展していた『ねこ休み展』でパネルになったしろたん。麦わら帽子がとても似合うのよね。こんな子をいずれは一緒に同居できたらいいな。ねこアレルギーだから、無理だけどにゃ~

{696F3357-9C63-4E46-953F-04EB5975943A:01}






今日も最後まで読んでくださってありがとうございました。心からの感謝と愛を込めて。