ドラゴンボール、カエルになったギニューがちょっと不憫な感じのエグゼクティブコーチあねごです。




3159号のつづき





コーチは大事だって。わかっている。





私がこの道に入るきっかけは長い話になる。




16才うら若き女子高生(≧◇≦)



父の愛情欲しさにテニスを続けていた。それは、姉がテニスを高校から始めたときには、父の意思があった。私もそれに続くんだと思っていた。





私は、自分で何かを決めてきていたと思っていましたが、全くそうではなかったんです。両親の愛情欲しさ。



三人姉妹の真ん中。ずっと、二番目。



母には妹が一番大事。父は、姉と相性がいい。あら????私って誰に一番なんだろうって。




ずっと、そう思っていた。私は忘れられっ子。私は、誰にも最愛でもなく、次。



はい、次。次女だからね~



1年半ほど前に、自分で中途半端なのは嫌だと思って区切りをつけたことがありました。もう次はいやだったから。そして、その理由は、自分の中の理由でしかなくて、それを言わずに区切りをつけました。



しかし、形の中での次ということもある。心の中でいつも「どうせ私のことなんて興味ないでしょう」と思ってきた。というかそういうことだった。



大きめなところで行けば、卒業式には、参列されず、仕方なく参加する。ちいさいところは、本当にこんまいことですが、自分の箸が元の場所にないと、「やっぱりいつも私のことは間違うんだ。みじめな私」という感じね。そんな考え方を、40年以上やってきていました。




いろんな一番目じゃないっていう証拠がいっぱいあつめる癖を繰り返していた。





父に愛されたかったんですよね。というか、明らかに姉のようにというか、私の思う通りにかわいがって欲しかったと。でも、全然でしたから(@_@)



私自体が、もともとかわいがられるようにふるまうことも苦手で、愛されキャラではないから仕方ない(^^;



今は心からそう思えますが、なかなか若い時についた癖はとれず。この仕事にも、コーチのような存在の父がいてくれたらという思いがめちゃくちゃ強かったんだと思います。





で、自分の中にそんな思いがあるってこの1年ほどで分かったことでした。




コーチングにつながる最初の思いは、自分の過去の愛情不足。愛情がないという心の土台。



コーチとして自分のこの十数年が、その初心に支えられていたのに気づいた。それがこの1年ほどでした。




では、私は何を目指してコーチをするのか。




2001年にいろんな講座を受けた中で、ソースのワークショップを受けたときに出てきたわたしのワクワクの元は、「頑張っている人を助ける」でした。それを支える価値観13個はありますが、柱はこれ。




これも、当時大好きだった人の支えになれなかったことから会社を辞める決意をしてから半年ぐらいの事でしたから、そんな思いをひきずっているのまるわかり。てへ。若かったな~




では今は?





やっぱり、見えてこないんです。




「頑張っている人を助ける」っていうのは、一つあります。決まった背景はあるけれども。




もう一つ掘り下げた自分の芯を、心を、信を、真をはっきりさせる。




ないわけじゃない。作っているし、表現もしている。でも、もう一度見直したい。本当にそれでいいのか。自問する時間を持ちたいんです。





今コーチを新しい人にお願いすることにしています。これ以外にもテーマは2つ。プライベートのこともありで。





これまでのコーチとはちょっと違うテイストの人。





私にとってはすごく冒険。




今年の二つ目の冒険。かな。




ちょっと楽しみです。




やりたいことを通じて、自分の軸を見直していく。そんな時期。これからの飛躍も、ここにかかっている。コーチとして、いろんな意味でコーチングを通じて生きていく。





今日も最後まで読んでくださってありがとうございました。心からの感謝と愛をこめて。