思った以上に寒くなくて、嬉しいバレンタインデーのコーチあねごです。
車中で読んでいる本が、「指導者の条件」松下幸之助さんの著書。尊敬する人でもある。彼がここで述べられた指導者としての大切な考え方は、当たり前とはいえ、歴史上の人物を事例に出し、先人への敬意を表しながらも、指導者としてのご自身とも照らし合わせ、問いかけながら、書かれているように思います。
松下幸之助さんを尊敬するようになったのは、何故だろうと、ふと、自分がどうしてそうなったかを思い出そうとした。
きっかけは、やっぱり本でした。
道は無限にある
この本から。
この仕事を始めるまでの一年間、会社も辞めて、社会との接点もなくなり、また、挫折感いっぱいの時間。
それまでろくにビジネス書など読まなかった。
そのなんとも言えない袋小路のどん詰まりで、図書館で出会った。(と、思う。記憶曖昧)
タイトル自体に、救われたことを思い出しました。
どん詰まりにいたから、道は無限にあるなんて思えるわけなかったんです。
その頃は、会社での仕事での行き詰まりをひしひしと感じていたので、あの本の内容は、痛い、刺さる、と感じていました。
仕事での行き詰まり自体は、人間関係の行き詰まりですから、そこにも塩をすりこまれる辛さを感じました。
でも、なぜ、この本に、松下幸之助さんに、となったのか、と、もう一度考えてみました。
指導者の条件、も読み、
救われる感じは、愛が込められてる、と思えたから。
私の捉え方なのでしょう。本を読んでいて、しんどくなる時があります。ビジネス書でも、そうなんですが、責められてる、と捉えてしまう。何かヒントを得たい、と、思うのですが、どうしても、今野なこと出来てない、ああ、やっばわりそうなんだ、ああ、やらなきゃ、でも、できないから本読んで学ぶんだ、やらなきゃ、でも…
の思考ループにはまっちゃう。
相手に(本の内容や著者)問題はありません。私がそう受け取る。
松下幸之助さんの著者からは、読者への愛を感じる。
それは、何とは無しに、ご自身もいろんな体験をされてきて、そこから、一人でも、一つでも、とありのままで語りかけてくださっていると、捉えていたから。
本を読む。というプロセスで、得る著者の溢れる愛。
それが、孤独な経営者にも届く。
何一つ手元に残せる人との関係性を保てない私であった十数年前の私にも、それから時が経って何一つ年相応の経験を踏めていない私であっても、関係なく分け隔てなく与えてくれる。本という愛の形。
本を読む時、そんな前提から読んでみよっ。
松下幸之助さんが、この世から去った年に、社会に出ました。
尊敬する人になった経緯を考えてみて、当たり前なことに、改めて気づけたバレンタインデーでした。
今日も最後まで読んでくださってありがとうございました。心からの感謝と愛を込めて。