黒のコートを買って、ちょうど寒くなって、お店から着て帰った、コーチあねごです。
最近、前説入れるのが、マイ流行です(*^_^*)
結論;やっぱり、疲れるまで仕事をしたら、ええことあらへん。いかん、いかん!
ここ数カ月、これまでの自分のあり方についての話題が多い。コーチという職業柄、こういう機会を得ることは多いですよね。コーチングは、自分という枠組みからは離れられないし、でもそれを使って人と関わるので、自分を知ることはとても大切なこと。これまで定期的におこなってはいたのですが、最近はとんとご無沙汰していました。
ここ数カ月、どちらかと言えば、カウンセリング領域、心理学領域で、知識レベルでわかっていたことが、自分の腹に落ちる経験がありました。
私は自分が好きじゃない歴史が33年ほど。それまでは、自分が大好きで仕方ありませんでした。
33年間、自分自身を持て余してやってきました。それが少し前に、自分のことが人生で初めていとおしいと思える時がありました。その時の安心感やあふれてくる気持ちは、何とも表現しがたいものでした。
これまで、恋愛関係も友人関係でもあらゆる人間関係では、自分が嫌いなわけなので、それを見せたくない、見せないように取り繕う、隠す。相手に自分がどう映っているかが気になる。相手の反応が気になる。ちょっとしたことでも、びくびくしてしまい、どんどんと疲れてしまう。更に人とうまく付き合えないことで、また嫌いになるという悪循環の中から抜け出せませんでした。
あるワークをやった時に、先日ブログにも書きましたが、小さい頃の自分と仲直りできた時、自分をいとおしく感じられた。その時に、自分を愛するってこういうことなんだなあと思いました。また、これまで思っていた「愛する」という概念ではない、「湧きあがってくる何かしらの心地よい感情」がありました。もしかしたら、こういうものも「愛」と呼ばれるものなのかなあと思いました。渇望するようなものではなく、湧きあがってくる何か。そういうものを感じて、自分が大切に思えてきました。そうすると、今度は、自分を大切にするってどういうことなんだろうと、真剣にというか、ちゃんと向き合えるようになったようです。
それまでは自分のことが受け入れられないので、自分を大切にするってことは、わがままってだけやん!って片付けていたり、自分を大切にすること自体に拒絶反応が出たり、やってはみたけど、空虚感ばかりで、自分が満たされない感じを募らせていました。
考えてみました。自分を大切にするってどんなだろう?
出張続きだった最近、PC仕事が溜まっていたので
、一気にやってしまおうと、遅くまでかかってやり終えました。すると、帰り道で自分の発想や考え方がどんどんネガティブになっていきました。
いつもなら、「あ~簡単簡単!」って手をつけていたことも、「え~なんか私がやってもしょうがないよな~」とか、「どうせやったって、だれも見てないし。」「やっぱり、自分って約束守れないダメなやつだ。一向に成長してないね」など、自虐的になるし、消極的になってきました。
あらら?変な感じ。
ふと、鏡を見たら、疲れた顔。やっぱり、疲れると、いい発想も、ポジティブになろうと思ってもなかなか難しいことに気付きました。当たり前のことですが。。
そして、今日のお題でもある、自分を愛する、自分を大切にするとは、自分が疲れるまで仕事をしない。それをしなくちゃだめになるなら、段取りを考えて、いかに効率的にやるかを考えること。
疲れては、適切な行動しようにもできないことが分かったのと、昔みたいに体力があれば、夜の時間帯も頑張れた。体力も、10年経って、同じとは言えない衰えも見える。自分を鞭打つのではなく、考えて、人の力も借りて、お互いにいい環境で仕事をし、お客様に喜んでもらえるようにという、これまでと違う視点が見えてきました。
手を抜くのは、やってはいけないこと。自分の力を過信せず、自分の体力の限界に挑戦して、120%でやるのではなく、自分の力が90%で、10%は他の人が動ける場を作るようにすれば、皆がハッピーになる。そんな思いに至りました。
疲れるまでやらず、自分の現在を受け入れ、自分を可愛がる。それがもしかしたら、他人が役立つ場の提供になるのかもしれない。自分が、自分が、ではなく、他の人の力を借りて、お互い様。
これまでの私の行動原理からちょっと違う気づきがあったメモでした。長くなり恐縮です。
今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。心からの感謝と愛をこめて。
最近、前説入れるのが、マイ流行です(*^_^*)
結論;やっぱり、疲れるまで仕事をしたら、ええことあらへん。いかん、いかん!
ここ数カ月、これまでの自分のあり方についての話題が多い。コーチという職業柄、こういう機会を得ることは多いですよね。コーチングは、自分という枠組みからは離れられないし、でもそれを使って人と関わるので、自分を知ることはとても大切なこと。これまで定期的におこなってはいたのですが、最近はとんとご無沙汰していました。
ここ数カ月、どちらかと言えば、カウンセリング領域、心理学領域で、知識レベルでわかっていたことが、自分の腹に落ちる経験がありました。
私は自分が好きじゃない歴史が33年ほど。それまでは、自分が大好きで仕方ありませんでした。
33年間、自分自身を持て余してやってきました。それが少し前に、自分のことが人生で初めていとおしいと思える時がありました。その時の安心感やあふれてくる気持ちは、何とも表現しがたいものでした。
これまで、恋愛関係も友人関係でもあらゆる人間関係では、自分が嫌いなわけなので、それを見せたくない、見せないように取り繕う、隠す。相手に自分がどう映っているかが気になる。相手の反応が気になる。ちょっとしたことでも、びくびくしてしまい、どんどんと疲れてしまう。更に人とうまく付き合えないことで、また嫌いになるという悪循環の中から抜け出せませんでした。
あるワークをやった時に、先日ブログにも書きましたが、小さい頃の自分と仲直りできた時、自分をいとおしく感じられた。その時に、自分を愛するってこういうことなんだなあと思いました。また、これまで思っていた「愛する」という概念ではない、「湧きあがってくる何かしらの心地よい感情」がありました。もしかしたら、こういうものも「愛」と呼ばれるものなのかなあと思いました。渇望するようなものではなく、湧きあがってくる何か。そういうものを感じて、自分が大切に思えてきました。そうすると、今度は、自分を大切にするってどういうことなんだろうと、真剣にというか、ちゃんと向き合えるようになったようです。
それまでは自分のことが受け入れられないので、自分を大切にするってことは、わがままってだけやん!って片付けていたり、自分を大切にすること自体に拒絶反応が出たり、やってはみたけど、空虚感ばかりで、自分が満たされない感じを募らせていました。
考えてみました。自分を大切にするってどんなだろう?
出張続きだった最近、PC仕事が溜まっていたので
、一気にやってしまおうと、遅くまでかかってやり終えました。すると、帰り道で自分の発想や考え方がどんどんネガティブになっていきました。
いつもなら、「あ~簡単簡単!」って手をつけていたことも、「え~なんか私がやってもしょうがないよな~」とか、「どうせやったって、だれも見てないし。」「やっぱり、自分って約束守れないダメなやつだ。一向に成長してないね」など、自虐的になるし、消極的になってきました。
あらら?変な感じ。
ふと、鏡を見たら、疲れた顔。やっぱり、疲れると、いい発想も、ポジティブになろうと思ってもなかなか難しいことに気付きました。当たり前のことですが。。
そして、今日のお題でもある、自分を愛する、自分を大切にするとは、自分が疲れるまで仕事をしない。それをしなくちゃだめになるなら、段取りを考えて、いかに効率的にやるかを考えること。
疲れては、適切な行動しようにもできないことが分かったのと、昔みたいに体力があれば、夜の時間帯も頑張れた。体力も、10年経って、同じとは言えない衰えも見える。自分を鞭打つのではなく、考えて、人の力も借りて、お互いにいい環境で仕事をし、お客様に喜んでもらえるようにという、これまでと違う視点が見えてきました。
手を抜くのは、やってはいけないこと。自分の力を過信せず、自分の体力の限界に挑戦して、120%でやるのではなく、自分の力が90%で、10%は他の人が動ける場を作るようにすれば、皆がハッピーになる。そんな思いに至りました。
疲れるまでやらず、自分の現在を受け入れ、自分を可愛がる。それがもしかしたら、他人が役立つ場の提供になるのかもしれない。自分が、自分が、ではなく、他の人の力を借りて、お互い様。
これまでの私の行動原理からちょっと違う気づきがあったメモでした。長くなり恐縮です。
今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。心からの感謝と愛をこめて。