昨今、筆が進まない。書いては消し、消しては書き。こんなことばかりしていてか、時間ばかりが無駄に過ぎ、徒労に終わる。



こんなことを書いたら、あほと思われるんちゃうやろか…



もっと◯◯ブログみたいに、ためになることを載せないと…



金言格言がないし…



などなど。



そして、次に出てくるのは言い訳。



どうせ私って…やから、無理なんだわ。まっいっか~諦め。



だって、対したこと書かれへんもん…拗ねる。



それと、これを書いたら馬鹿にされるんじゃないか…


もっといいこと書かなきゃ…


これでもない、あれでもない。



講師講座で、S先生から『勝ち抜き戦頭脳を減らし、頭のフリーズ、行動のフリーズを減らし、どんどん思考感情行動を回しましょう。』というアドバイスをもらった。初回4月の講座の時にも同じことを言われましたが、今回はもっと違う意味でも捉えられました。



こうして、もっといいことかかなきゃ、とか、自分の中で自分をジャッジしているということは、日頃から、その外に向けてもジャッジしている=脳内勝ち抜き戦の習慣がついているんだなあと。




これはいい、これは悪い、正しい、間違っている。こうなるには、自分の歴史に基づいているのですが。




そこで出てきた言葉は「それを直そうとすることは大切。しかしそのことばかりに注力していると「ジャッジする脳内勝ち抜き戦をする自分」からは到底距離を置くことができず、いつもそこにこだわっている人生。だとすれば、やることは、そういう問題は抱えているけれども、ジャッジせず脳内勝ち抜き戦しない時間をいかに作るかしかない。他人の良いところを見るようにする。書きだすようにする。とにかく楽しくやれることを考え実行する。そこから始める。」というメモに至りました。なんか、また当たり前のことに戻りました。



ちょっとしたことでいい。



簡単なことでいい。



まずは手をつけるようにする。エンジンをかけるために、まずはキーを持つとか、キーを差し込む。そのぐらいでいい。まずはそこから。何を書くかではなく、このブログに私がどういう意味付けをしているか。そこが大切なのに。何かと競争していることを目的となっていることは、本末転倒なのです。そんなことに気づいた。




「一日中考えていること、それが自分自身にほかならない」と言っていた。だから、ジャッジしたり自分の中での裁く自分、勝ち抜き戦にかまける時間を少なくしよう。




ブログに関しては、いい意味で、開き直ること。私の書いていることに響く人は、それでいい。こんな内容、垂れ流して・・・と思う人は、もう二度とやってこない。人は自分の目的にあったことでしか行動しない。感情が動くかどうか。欲求に従っている。私も、自分のやりたいことをそのまま表現したらいい。自己責任で表現するのだから。



自分の中での競争を少しでも減らす事の大切さを、このブログを書き、先日の講師講座でも気づきました。



長くなりました。独白気味ですね。



今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。心からの感謝と愛をこめて。