悲しい時、先が見えない時、味わい尽くすのも、向き合うのもしんどい。


出来事は消えないから辛いですよね。



最近、なかったことにする作戦をやってみたら、意外といい感じ。




その出来事 がある時、無かった時。蓬莱の豚まん風。(ローカルすぎ?)



無くても生きていけたから大丈夫さ!



悲しみに浸ることも、悔しさに浸ることも、一時期は必要なこと。



でも、浸りすぎても、ただ、過去に縛られ、そのことに縛られ、憂い、動かない。



切り替えよう!なんて、軽く言えないから、その出来事がなかった時も生きていた頃があったのだから、生きていける。



試練は乗り越えなきゃいけない、なんて、誰が言った?余計なお世話な感じだわ。乗り越えないと、また、同じお題がくるよと、誰が言ったの?何回来ても避けてやる!ぐらい気合いれて避けたいこと。



過去は変えられないと、いいますが、出来事は消えませんが、そこに対する解釈は変えられる。かいしゃくは変わっても、辛いのが変わらないなら、なくても生きていた頃のことを思い出そう。



立ち向かうことばかりのアグレッシブさはもう飽きた。から、小川の流れのように、石があれば当たっては流れていく。緩やかに、時に激しく。流れに身を任せてね。流水プールの気持ちよさ。



それでええやん。心の中でなかったことにする。それでも、人は死ぬまで生きる。生きていることを楽しむのに、時にはこんな考え方も良いと思う。



人生『苦』であると言った哲学者?宗教家がいたなぁ。それなら、そういうものだとしたならば、苦しいことが来たら、スタンダードなわけだから、さして驚かないでいいのかも。



だから、極に感じられるのが、幸せかもしれないもと思った。極が極まれば極に。



逃げる、避ける、なかったことにする人生。


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今日も最後まで読んでくださってありがとうございました。心からの感謝と愛を込めて。