コーチあねごです。


いろいろ、これまでのことを考えて、今自分がどう思っているのかをコーチと話をしました。私が今思っていることは、価値が高いと言われたり、先生と言われたい。凄いとか言われたい。


そんなことに振り回されていたことに気づきました。


私は、コーチングの何に魅力を感じたのか?


そう、コーチングの一番のだいご味は、昨日書いたとおりですが、



何に責任をもつかというと、「クライアントがよりよく自分で考えられる」とか、「よりよい実践者になる」「自分で答えをみつけていかれる」とかがとても大事で、だれかに教えてもらったもので、良くなることに関しては、私がやることではないということなんだろうと思います。

その結果として、欲しい成果が手にはいる。そう。



問題解決の提案をすることがコーチではない。問題解決は、よりパワフルな考える人になり、よりパワフルな実践者になり、よりパワフルな創造者になり、より様々なことに気づける人になった結果として訪れることであり、そのプロセスの結果として、問題解決が起こる。そしてその問題解決をするのは、クライアントであり、その機会を奪ってはいけない。
それはコンサルタントが得意とすることなのです。


そこまで話してみて、ふと気付いたことがある。


周りで見ていると、コンサルタント的な関わりでは、けっこう価値が高くて、「先生」と呼ばれてすごいとか尊敬される様子が観察できる。自分で話しながら、自分が、実は、「先生、先生」と呼ばれたり、凄いですね!とほめられたい、凄い人ですねと称賛されたいだけであって、
なんでもいいんや。って思っていることに気づきました。


そう、それに気づいた時に、私がうまくいかなかったときに陥っている罠に気付いた。外側の価値や、外側から見えることに左右されていたころのこと。


できるビジネスマンになりたかったり、キャリアウーマン(死語)として認められたいと思っていたころには、全くそういうことができなかった。


この仕事で、そんなことを考えることもなく、そんな外側にどう見えるかではなく、コーチングで人を支援することに燃えている時に、よく「バリバリの仕事できる人ですね~」とか、「キャリアウーマン(死語)を地でいってますよね~」と言われることが重なり、とても言われた本人としては違和感がありました。仕事がデキル人って言われたい!なんで、思うよりも大切なことがある。手放したら、ここにある。



これもそう。


凄いとか言われたいなんてどうでもいいんだって。言われることなんて、人のこと。他人がどう評価するかではなく、私がいかにコーチングを通じて人の役に立つかなんだ!



そういうことに気づいた。散文的で申し訳ありません。



コーチングでの気づきを赤裸々に。




今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。心からの感謝と愛をこめて。