コーチあねごです。


昨日の大きな出来事。



「私が」と言う前に、相手に何が起こっているのかを感じる。



「私にも言い分はある」になると、いつものサイクル。これでよいのかわかりません。解決になっているのかどうか?不安ですし、不明。



これまでと違った対応ができたことになった自分がいました。


いつも私は、家では「邪魔者」「気にかけられない存在」であると思っていました。いつも最後だし、いつも最初や一番にならない。父の愛は姉に。母の一番に気がかりは妹。私はいつも二番手。小学生のころから、私には越えられない。一番にはなれないし、誰にとっても大切な存在ではないと。



こんなことを言っていて、「贅沢者」と言われると思います。父母がそろっているだけでもありがたいと思え!と。



そうなんです。そういう「足りないもの」ばかりを私は追い求めてきたとわかったんです。


私は私、母は母。それぞれに人生はあるし。そう相手が思う私が見えているところは、私にはわからない。それが、相手の心の中にあるスイッチを無礼にも押していることがあることに気づいた。



それに対してのお詫び。ほんとに申し訳ないと思った。



相手目線とは何かという視点の中でも、新しい切り口が見えた。私と相手は違うと言うことの意味が一つ加わった。そんな振り返り。



今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。心からの感謝と愛をこめて。