コーチあねごです。


一日の中で予定が入らず、自分のペースで仕事ができる日がなかなかとれません。そういう意味では今日は自分のペースで時間配分ができました。極楽ですね。そして案外寒くて、Tシャツ一枚ではやっぱりよくなかったようです。



肩こりが激しいので、歩くという作業?をしようと思っててくてくと散歩をしてみました。



このところ、自分の仕事の意義が明確に見出せなくて、ここ数カ月は模索しながらの毎日でした。そこに直接向き合う方がいいのか、よくわからずでしたが、なんとなくもやもやしている感じが続いています。




そう言いながら、友人と話をしたりしていて、何か違う自分の側面が見えてきたような気がしました。



そして、これまでやってきた経営者に向けてのコーチ、コーチングを学んできた意味のようなものが、少しづつ未来への布石だったようにも思えてきました。



コーチングの哲学である「答えは相手の中にある」「100%味方である」「それを信じる」を軸にすることで、何かの役に立てるのではないか?



コーチの先輩からあることを言われたことがある。「コーチという仕事なんてなくなってもいいと思っている。こうした当たり前のことができないほうが違うのじゃないの?」という言葉。今でも印象に残っている。医者は、病気になる人がいるから、病気を作り上げる人もいる。人助けではなく、自分のため。私はこのコーチの言葉を聴いた時には、「何をきれいごとを。食っていけている人やからそう言えるんやわ。他にできない人はどうすりゃいいのよ!」と思いました。正直。



いや、反対に今は、みんながここに立ち戻ったら、とてもよい会社になるだろうし、よりよく組織のエネルギーの発揮を見いだせるのだろうと思います。人を尊重する。人の能力に枠取りせず、成長することへの信頼感を寄せる。相手ができる人だと扱う。そういう能力を持った人たちを増やすことで、よりよいことが成し遂げられるんだろうと思うようになりました。だから、コーチよりも、コーチの哲学を植え付けていくことの大切さが、次につながる何かのきっかけになると思えてきました。



コーチングの哲学を持つ社会的に影響力のある方々になればなるほど、より一層動きが加速する。ので、そういう意味でのコーチをすることへの意味づけも見えてきているところです。少しづつパズルのパーツが出そろってきている感じがします。



コーチを仕事にすることよりも、コーチングの哲学を実現しながら、社会により良いコミュニケーションをもたらし、その結果としての成果を作りだすことができたらと思います。



今日もさらに支離滅裂ですね。


今日も最後まで読んで下さってありがとうございます。心からの感謝と愛をこめて