コーチあねごです。


コーチとして多くの会社にかかわらせていただきました。大企業?というところから、一人でやっている起業家の方まで。10年で本当に多くの方々の人生の一瞬に立ち会いました。



そんな中で、今のあねごのトレンド?注力ポイントは、まず「聴く」。それも、判断、ジャッジをせず。そのまま、ありのままを聴く。これだけに集中しています。


言葉、感情、意図、それぞれを感じ取るセンサーのように。ただのセンサー。


センサーの仕組みはよく知りませんが、センサーはセンサー。ただのキャッチするインプットの道具。その次に、それを評価するプログラムがついている。評価するプログラムの作動を遅らせる、いや、ストップさせるのです。評価はクライアントの中にあるし、それは一つの味方にしか過ぎないのだから。



そのセンサーに徹することで、クライアントの思考や感情がリアルに浮き出てくる。



私はただのセンサー、感知することを返すフィードバック、フィードフォーワードのマシーンのように。しゃきーん。



人は、自分の姿は、鏡で見なければ見えませんし、他者という存在がいて、初めて自分を認識できます。クリアに見える鏡があれば、くまなく自分を見ることができます。たとえ、それが観たいものでなくても、見えてしまう。


コーチには見えたかどうかは、わかりませんし、それは相手の中に起こることは、その人が一番よく知っている。なぜなら起こっているには変わりないのですからね。

自分のことはよくわかっていると言いつつ、盲点を知る必要があれば、他者を通じて知っていくことしか、手はありません。


人間は、「私とは、あの人とはここが違う。」という相対評価して、自分を確かめています。


一番身近な存在は、一番近くにいる家族、同僚、友人は、相対評価ではない、あなたそのものを大事にしてくれる存在。絶対評価の人間。


仕事や人生を歩んでいくときに、自分とは何か?に純粋に向き合え、そこに対してコミットする存在としてコーチという時にクリアな鏡のような存在がいることで、自分のことを認知できる。わかれば、自分がいい方向に行こうとするために、行動が起こる。そうすることで、人は自動的に変わっていく。そんな場面を何度も見てきました。打ちの屋号「ディスカヴァー」は、覆いを取るという意味で、その人が純粋に自分を認知することができるように障害を取り除くお手伝いをしたい。そんな思いも含んでいます。探究ってことも意味に含まれているんですが。そこにはまた別の思いもあるので、またの機会に。




自発性を引き出すと、よくコーチングを語るときに出てくる言葉なのですが、私は人はもともと好奇心や自発性を持って生まれてくるから、それがそのままでるように整えることができればいいのだと思います。


企業の中では、私が社会に出てからというもの、人材開発の場では、ずっとずっと自発性ということがキーワードとなっています。


コーチングの手法というより哲学を実践するツールをより多くの人を育てる立場にある人が身につけるだけで、自発性の発揮は、ひとりでにやれるようになるのだと思う今日この頃です。




散文的に、持論を無理無理展開した今日のブログ。自分勝手をお許し下さい。反論もあろうかと思いますが、それも影響しあうことの一つの出来事として、いい感じだなと思います。


明日、新月。ニュームーンです。また新たなスタート、浄化の一日です。出張先で新しい事を始めようとしています。楽しみです。


今日も最後まで読んで下さって本当にありがとうございました。心からの感謝と愛をこめて。