コーチあねごです。


人は変わるのではなくて、違う才能が必要な時に、そのタイミングで表出される。それを変化と呼ぶ。そんなことを思った先週でした。




状況が整えば、人は合わせていく。何かがあったから変わったとか、誰に変えてもらったりしたわけでもなく、自分でそうなるべくして作り上げた環境になったら、その時に必要な能力が、自然に出てきただけなのだろうと思います。今回の起こった変化は、セッションの中で、一年前を振り返った結果、出てきたものでした。



何がそうさせたのですか?という愚問を投げかけていた私ですが、この週末かけて、ずっと気になっていたので、折に触れ考えていました。


ずっとそのクライアントさんと繰り返してきたセッションの数々を思い出し、その人の目線に何が映り、どういう状態なのかと、その都度、想像してみました。


見えてきたものは、「当たり前。なるべくしてなった。自分で考え、決めて、人に伝え、自分自身で創りあげてきた1年。それは当然のこと。この1年の成果ともいえる。」でした。


良く考えると、変化は起こるべくして起こり、変化の起こった結果は、その人が意図して創りだしたもの。結果に対しては、その状況に対応していく。その方が繰り返し、うまく物事をまとめてきた時のパターンと同じことです。



なんか変なオチですが、実は人は変わらないけど、違う才能が顔を出す状況を創りだすだけで、周りから、「あらこの人変わったわね」と言われるようになるんだなと思いました。



なるべくして成る。将棋の「歩」は、ある領域に行けば「金」に成りますよね。これも、環境の変化するところまでいけば、「成る」ようになるんですよね。そのために必要なトレーニング?なのか、力の蓄えは必要でしょうけれども。その方は、状況判断能力、集中力にたけていて、もともと持っているけれども必要ない時には出さない、他に必要なことがあれば、それに集中していく。出てこなかったのでしょうね。

無意識か、意識的なのか、どちらかわかりませんが、成るべくしてなった。


また一つ、人の力が引き出されるために大切なことを学んだ気がしました。なるべくしてなる。まとまりませんが。。。





今日も最後まで読んで下さってありがとうございます。心からの感謝と愛をこめて