コーチあねごです。
一日の振り返りの中からの気づき。
今日は、本当に久しぶりにゴルフに行ってきました。お客様としばらく前から「行きましょー」とノリのいい会話をするのは得意なのですが、結構その場のノリで終わってしまっている自分がいました。
これまでは、自分は行きたいけど、ずうずうしいと思われたくないし、とか、ゴルフの話題の流れで行きましょうと言っているだけの「社交辞令」なのだわと、勝手な解釈をしている自分がいました。相手の気持ちを読もうとするあまり、先手?ではなく、こちらが「この人は行こうと言っているけど、多分行こうと思っているようには思えない」と感じさせていたのではないだろうかと思うようになりました。これは数多く存在する私の人間関係パターンだなあというのも、最近少しだけ思うようになりました。相手がこう思っているはずという勝手な思い込み。これが、結局自分が「相手のこう思っていると思っていることを自分が作り上げている」という仮説とつながります。
私が、相手の考えを先回りしていることについては、そういうことが機能する場面もあろうかと思います。ただ、それが、私が傷つきたくない、悲しい思いを感じたくないという理由や意図でそうなってしまった私もいます。そんな私自身も、今自己の中に存在するのです。その私という正体のないものを守ろうとしている意固地な自分もいるのは確かですが、そんな未熟な私自身をも、また、許そうと思います。
基本、自己防衛のなせる技。過去に、相手の「行きたいわ」と言う言葉を真に受けてしまって、恥ずかしい思いをしてしまった記憶。よかったら差し上げるわ!というお言葉に甘えていただきに行ったら、後で「もらいに来るってありえへん」と言われて、悔しい思いをしたり。私が信頼していた親友やパートナーから、そのような思いもよらない一言が出た時の悲しさや寂しさ。空気が読めないと言われたりもする言葉にできない複雑な感情。
多分、私のような感受性の浅く、大したことのない経験しかない人で、この程度ですから、もっと大変な思いをされている方など、本当にすごい体験と深い傷といろんなものを抱えて生きて行ってらっしゃるんだろうと思うと頭が下がります。
傷ついた過去の自分が、自分を守るために創った考え方の癖。先回りをして自分に言い訳をしているようなもの。自分を守るために創ったことですが、それがうまく周りとの関係性を作り上げる自分としての障害となっているのだということを思いました。
そこにはもうちょっとだけ深い理由もありますが、それはまた次の機会に書きたいと思います。
相手は自分の鏡であること。それを思うと、相手に起こっていると私が感じたことは、自分が思っていることの一つの表れ、そういう時もあるんだろうな~と、想いを馳せた土曜日の昼間でした。
私やら自分やらで、読み辛い文章になってしまったかもしれません。申し訳ありません。
今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。心からの感謝と愛をこめて
一日の振り返りの中からの気づき。
今日は、本当に久しぶりにゴルフに行ってきました。お客様としばらく前から「行きましょー」とノリのいい会話をするのは得意なのですが、結構その場のノリで終わってしまっている自分がいました。
これまでは、自分は行きたいけど、ずうずうしいと思われたくないし、とか、ゴルフの話題の流れで行きましょうと言っているだけの「社交辞令」なのだわと、勝手な解釈をしている自分がいました。相手の気持ちを読もうとするあまり、先手?ではなく、こちらが「この人は行こうと言っているけど、多分行こうと思っているようには思えない」と感じさせていたのではないだろうかと思うようになりました。これは数多く存在する私の人間関係パターンだなあというのも、最近少しだけ思うようになりました。相手がこう思っているはずという勝手な思い込み。これが、結局自分が「相手のこう思っていると思っていることを自分が作り上げている」という仮説とつながります。
私が、相手の考えを先回りしていることについては、そういうことが機能する場面もあろうかと思います。ただ、それが、私が傷つきたくない、悲しい思いを感じたくないという理由や意図でそうなってしまった私もいます。そんな私自身も、今自己の中に存在するのです。その私という正体のないものを守ろうとしている意固地な自分もいるのは確かですが、そんな未熟な私自身をも、また、許そうと思います。
基本、自己防衛のなせる技。過去に、相手の「行きたいわ」と言う言葉を真に受けてしまって、恥ずかしい思いをしてしまった記憶。よかったら差し上げるわ!というお言葉に甘えていただきに行ったら、後で「もらいに来るってありえへん」と言われて、悔しい思いをしたり。私が信頼していた親友やパートナーから、そのような思いもよらない一言が出た時の悲しさや寂しさ。空気が読めないと言われたりもする言葉にできない複雑な感情。
多分、私のような感受性の浅く、大したことのない経験しかない人で、この程度ですから、もっと大変な思いをされている方など、本当にすごい体験と深い傷といろんなものを抱えて生きて行ってらっしゃるんだろうと思うと頭が下がります。
傷ついた過去の自分が、自分を守るために創った考え方の癖。先回りをして自分に言い訳をしているようなもの。自分を守るために創ったことですが、それがうまく周りとの関係性を作り上げる自分としての障害となっているのだということを思いました。
そこにはもうちょっとだけ深い理由もありますが、それはまた次の機会に書きたいと思います。
相手は自分の鏡であること。それを思うと、相手に起こっていると私が感じたことは、自分が思っていることの一つの表れ、そういう時もあるんだろうな~と、想いを馳せた土曜日の昼間でした。
私やら自分やらで、読み辛い文章になってしまったかもしれません。申し訳ありません。
今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。心からの感謝と愛をこめて