コーチあねごです。



コーチングを始めたことで、コミュニケーションに深く関わることになって、早10年。産業カウンセリング、キャリアカウンセリング、NLP、アサーションなどなど。



学ぶ時期以上に、コミュニケーションで悩んでいる時期としては、もう人生半分以上はそんなことでぐずぐずとしている自分がいます。


どこでも、いつでも、誰とでも、いい関係でいられるようにと思うのですが、そうそう自分も大人ではない。



最近もあまり良いコミュニケーションをとれず、迷惑をかけてしまったことがありました。



相手には、深い意図も意味もないとわかっている。それだから辛い。だからもやもやが募ってしまう。それが本音だから。



コミュニケーションをうまく取れなかった結果を招いたのは自分。その迷惑をかけた分だけ、亀裂の入った関係性を修復するコミュニケーションをとる。それは、しんどいし、そうならないようにするのも、技術だと思う。だが、自分のくせとわかっていても、なかなかうまく対処できないのです。



コミュニケーションのプロでありたいと思う。しかし、プロだから全て良いコミュニケーションをとれるといいますが、どうもそうではないと気付いた数年前。




コーチも壁にぶつかるし、悩みもする。課題もあるし、問題も抱えている。落ち込むこともあるし、調子に乗ることもある。



そんな10年を過ごして、一つ自分なりの立ち位置を持ってかかわるようにしています。


コーチとして、コミュニケーションのプロとして、完璧なモデルになろうと思ったことはありません。完璧にコミュニケーションの課題を片付けていくスーパーコミュニケーターには、私が魅力を感じないのです。私が目指すのは、もっと人間臭ーいあり方でいいなと思っています。



こんな失敗しても生きていけるんだ!大丈夫なんだ!


とか


こんな醜態をさらした人がいるんだ!だったら私なんてまだまだ大丈夫!


とか


こないな些細な力の人でもやっていけるんだったら、自分でもできそう!まだまだ俺っていけるやん~!


とか。



ある時、自分がどうやって人の役に立てるのかと考えたことがあった。私の強みって?とか、才能って?とか考えてみましたが、なかなか出てこない。


要領悪くって、やったらあかんことを深く考えずにやってしまう。深く考えても、どっか抜けていて、迷惑ばかりかけていたり、人からおしかりを受けるようなことをやらかしてしまう。そんな、欠点と思うことの方がいっぱい出てくるのでした。


いろんなところでおしかりを受けるだけでなく、泣き泣き謝ったり、数日お詫びに通いつめ、門前払いを食ったり。駆け出しの頃には、コーチングの電話を途中で切られたこともありました。ほんと無様としか言いようがない。研修でも観ていられないと言って、途中交代!とかも。穴があったら入りたいこと山盛り。


そんな失態を繰り返しているがゆえに、自分嫌いになりました。


失態ばかりを繰り返していることもあり、成功話はあるにはあるけど、なんか偉そうに聞こえるようなので、失敗談をどんどん話すようになっていました。出てくるのは失敗談ばかり。とあるセッションの時、そんな話をちょっとしてみたら、相手の顔がふっと明るくなるのを感じました。上手くいったことも、失敗談の後のほうが、相手にとって受け取りやすいみたいでした。


あほやな~と思われることと半面、何かしらホッとしたように見えました。


他人の不幸は蜜の味という言葉もあるぐらいです。



成功話は、興味はある。大成功している人のお話しはのどから手が出るほど聴きたいと思うだろう。中途半端な人間の中途半端な成功体験など、あまり役には立たないと悟った。



自虐的かもしれませんが、私を観て、その人自身が、どんどんと自分に許可を出せるようになってもらいたい。私という素材を通じて、自分に気付けたり、自分を許可し、自分自身の力を発揮するうえで等身大で、大切な「らしさ」を見つけ出してほしいと思っています。


それは、私が凄いモデルになろうとして、あくせくしなくても、今の私でいることのほうが、それに近づけるのかもと思って続けていることです。




ただ、私も「凄いコーチ」とか「素晴らしい実績を上げるコーチ」と自他共に認めるいうものをあきらめたわけではありませんよ!実績を積んだその暁には!と思って、日々水面下でジタバタしていま~す!



今日も読んで下さってありがとうございます。心からの感謝をこめてクローバー