コーチあねごです。
今日は、年賀状の住所録を整えてもらいました。
たぶん、彼女は、細かい作業は得意ではないと思いますが、我慢してコツコツとやってくれて、遅い時間までやってくれました。本当に感謝です。
さて、今日は、ちょっと感じたことを書きたくなりました。
ときどき気になって読むブログがあります。今日、たまたまアクセスしたのですが、そのメッセージが、うまくいく人の共通点について触れられていました。
あるワークショップに行ったときに、主催者の傍らにいた後継者らしき人をうらやましく思ったそうです。何か後ろ盾があったら、成功するのにな~って、ちょっとうらやましく思ったそうです。
でも成功する人って、そういうことが仮にあったとしても、自分でそれをあてにせずに、自分で行動し、作り上げている人だと。人のせいにせず、自分のできることをやりきり、その失敗も成功も自分で負う。
周りにいる成功している人を見ると、うらやましく思う。私のことだなと思った。
羨むこと激しくある。
たとえば、
海外の勤務や生活の経験がある。国家資格がある。高学歴で有名大学を出ている。名の知れた有名な会社に勤めていた。ネームバリューのある会社に勤めている。
私にはないものばかりが気になり、私にはない。そういう人のように仕事がいっぱい来てうらやましいなあ。いいなあ。
とか、そんな「せこい」ことを考えることも正直いってあります。私は、ただの器の人間で、煩悩の塊ですし、まだまだ器のでかい考え方はできないと思うのです。他人から、自分の至らなさを指摘されても、ありがとうございますと言いつつ、なかなか受け入れられない自分がいます。
そんな自分を、正直放置していました。
先にあげたブログを読んで、目が覚めたような気がしました。
私は何を考えていたのだろうか?
そうやって人のせいにして、自分ができたい所へ努力することもしていなかったこと。その恥ずかしい自分がここにいます。
資格がある人は、その分だけ自分の時間を投資したわけです。高学歴の方だって、有名大学を出た人だって、真剣に取り組んだ結果です。
そんなことを見もせず、うらやましい、ああだったら、こうだったら、もっといいのに、、、、とファンタジーの中でぬくぬくと生きている自分が、すごく恥ずかしくなりました。
原点に戻るのが私には必要だなと思いました。
2002年、コーチとして食っていけるようになると決めた時、自分のこれまでのことを、すべてゼロにしました。私は、すべて学び直しだと思った。これまで会社で、社会に出て培ったことなど、通用しないぐらいに思わないと、いつまでも「ああだったらいいのに」という自分とおさらばできないと考えたからです。前職で研修をしていたことも、いろんな仕事を成し遂げてきたことなども、すべてたんすにしっかりと鍵をかけました。
そこで考えたのは、そういう自分であれば、今自分にできることを精いっぱいやろうと思いました。
賢い学校を出ていないし、仕事でもエリートとしての仕事の任され方はされていない、男性でもないし、と、変わらないことを嘆いても、何も変わらないと思った。
じゃあ、今私ができること、やれることを、すべてやろうと思いました。
たとえば、時間を守る、お礼をする、感謝を伝える、連絡をする、凄い人がやっていて、私でもできそうなことは、やれるだけ、やってみようと。
このブログの前身の、ホームページに書き始めた日記も、書くことや、ロジカルに記録を取ることが苦手な私のトレーニングにと、師匠がアドバイスをくれました。書くぐらいならできる。毎日続けることならできる。
今日のブログはそんな初心を思い出させてくれた。
自分で責任を持つ人生。そこに今日は立ち戻って考えようと思いました。
今日も読んで下さってありがとうございました。感謝
今日は、年賀状の住所録を整えてもらいました。
たぶん、彼女は、細かい作業は得意ではないと思いますが、我慢してコツコツとやってくれて、遅い時間までやってくれました。本当に感謝です。
さて、今日は、ちょっと感じたことを書きたくなりました。
ときどき気になって読むブログがあります。今日、たまたまアクセスしたのですが、そのメッセージが、うまくいく人の共通点について触れられていました。
あるワークショップに行ったときに、主催者の傍らにいた後継者らしき人をうらやましく思ったそうです。何か後ろ盾があったら、成功するのにな~って、ちょっとうらやましく思ったそうです。
でも成功する人って、そういうことが仮にあったとしても、自分でそれをあてにせずに、自分で行動し、作り上げている人だと。人のせいにせず、自分のできることをやりきり、その失敗も成功も自分で負う。
周りにいる成功している人を見ると、うらやましく思う。私のことだなと思った。
羨むこと激しくある。
たとえば、
海外の勤務や生活の経験がある。国家資格がある。高学歴で有名大学を出ている。名の知れた有名な会社に勤めていた。ネームバリューのある会社に勤めている。
私にはないものばかりが気になり、私にはない。そういう人のように仕事がいっぱい来てうらやましいなあ。いいなあ。
とか、そんな「せこい」ことを考えることも正直いってあります。私は、ただの器の人間で、煩悩の塊ですし、まだまだ器のでかい考え方はできないと思うのです。他人から、自分の至らなさを指摘されても、ありがとうございますと言いつつ、なかなか受け入れられない自分がいます。
そんな自分を、正直放置していました。
先にあげたブログを読んで、目が覚めたような気がしました。
私は何を考えていたのだろうか?
そうやって人のせいにして、自分ができたい所へ努力することもしていなかったこと。その恥ずかしい自分がここにいます。
資格がある人は、その分だけ自分の時間を投資したわけです。高学歴の方だって、有名大学を出た人だって、真剣に取り組んだ結果です。
そんなことを見もせず、うらやましい、ああだったら、こうだったら、もっといいのに、、、、とファンタジーの中でぬくぬくと生きている自分が、すごく恥ずかしくなりました。
原点に戻るのが私には必要だなと思いました。
2002年、コーチとして食っていけるようになると決めた時、自分のこれまでのことを、すべてゼロにしました。私は、すべて学び直しだと思った。これまで会社で、社会に出て培ったことなど、通用しないぐらいに思わないと、いつまでも「ああだったらいいのに」という自分とおさらばできないと考えたからです。前職で研修をしていたことも、いろんな仕事を成し遂げてきたことなども、すべてたんすにしっかりと鍵をかけました。
そこで考えたのは、そういう自分であれば、今自分にできることを精いっぱいやろうと思いました。
賢い学校を出ていないし、仕事でもエリートとしての仕事の任され方はされていない、男性でもないし、と、変わらないことを嘆いても、何も変わらないと思った。
じゃあ、今私ができること、やれることを、すべてやろうと思いました。
たとえば、時間を守る、お礼をする、感謝を伝える、連絡をする、凄い人がやっていて、私でもできそうなことは、やれるだけ、やってみようと。
このブログの前身の、ホームページに書き始めた日記も、書くことや、ロジカルに記録を取ることが苦手な私のトレーニングにと、師匠がアドバイスをくれました。書くぐらいならできる。毎日続けることならできる。
今日のブログはそんな初心を思い出させてくれた。
自分で責任を持つ人生。そこに今日は立ち戻って考えようと思いました。
今日も読んで下さってありがとうございました。感謝
