「なるようにならなかったら、なるようにする…か」
先程の夕馬の言葉を反芻している秋華に恵一がココアの入ったマグカップを持ってきた。
「ん、ありがとう」
暖かいココアを受け取る秋華。
「何悩んでるんですか?珍しい」
微笑みながら自分のコンピュータの前に座る恵一。
二人はレイヴンドライバーの解析と封印解除の作業をしているのだ。
「ん~。アイ君は覚悟を決めてたよね。僕も覚悟決めなきゃいけないのかなぁ…」
ココアを一口啜る。
雨音のココアは絶品だなぁ…と思いながらレイヴンドライバーを見つめる。
「全員が笑ってなきゃ気がすまない…確かに!」
秋華の心は決まった。
第四話 【光陰】
「…どういった状況だ…?」
昨日は芳田家に泊まった。
封印開放の話をし、レイヴンのパワーアップが決まり、さあ帰るかと言った時に修也が「久々に付き合え」と酒を勧めてきた。
その記憶はある。
途中、秋華が眠ると言うので恵一が加わり3人で飲み始めた。
この記憶もある。
修也はザルだ。ザルと言うよりも最早枠だ。
いくら飲んでも酔っ払うと言う事は決して無い。
恵一も、酒なんか飲めないと言う風な顔をしているくせに、物凄く飲める。
「アメリカではしょっちゅう潰されてましたよ」
と笑顔でウイスキーをガブガブ飲んでいた。
夕馬と言えば、飲めない事も無いが、一緒に飲んだ二人に比べたら飲めないに等しかった。
修也がウォッカを取り出して、飲み始めて、飲まされて…
そこからの記憶が無い。
気が付くと、布団に居た。
布団に居るのは構わない。雨音さんに迷惑かけたなぁ…申し訳ない。くらいしか思わない。
一人だったら、その程度だ。
だが状況が違った。何故か隣で秋華が寝ている。
「…とりあえず、ズボンは穿いてるよな…」
恐る恐る布団の中を覗く。ズボンは穿いてる。
「…ふぅ。セーフだ。とりあえず。秋華を。起こすか」
。が多くなる程混乱している。
「秋華ー?起きろー。おーい」
小声で囁く様に起こす、夕馬。
「んにゃー」
寝惚けている秋華に首の後ろに手を回され、丁度今からキスをしますと言う風な体勢になる。
「ちょ…!?起きろ秋華!」
その時部屋のドアが開いた。
「もういい加減起きなさい…よ?」
ドアを開けて部屋に入ってきたのは、雨音でもなく、修也でもなく、よりによって美園だった。
「…あんた何してんの!このロリコン!!変態!!ドスケベ!!」
見事なローキックが夕馬の顔面にヒットした。
「ぐはっ!違う!これは誤解だ!」
必死に弁明をする夕馬。
違うと言えば言うほど嘘くさくなるのは何故なのだろうか。
「もう…知らないっ!」
美園は薄らと目に涙を浮かべて、部屋から飛び出していった。
秋華を文字通り叩き起こし、何故ココで寝ているか?を尋ねると
「…ふえ!?何故ココで寝てるんだろう!?」
と本気でビックリしていた。
どうやら、寝惚けて部屋を間違えたようだ。
とは言え、物凄い剣幕で飛び出していった美園にそんな真実は無意味だろう。
雨音に尋ねると「なんかプリプリしながら外行ったけど…何があったの?」とティーカップを片付けていた。
「いや、なんでもないです。ちょっと探してきます」と夕馬も外に出掛けた。
「全く、なんなのよあの変態男!ロリコンじゃない!ロリコン!」
ぷんぷん!と言う擬音がよく似合う感じで、美園は敷浪町の5丁目を4丁目に向かって歩いていた。
裏とは言え、時間は11時半。まだ'そういった’店は空いていない。
怒り心頭といった感じで歩いているせいで殆ど前を見ていない。
―ドン
案の定前から歩いてきた人にぶつかった。
「あ、すいません!考え事してて…」
美園はぶつかった人の姿を見て言葉を詰まらせた。
真っ黒いドレス、真っ黒い薔薇のコサージュ、顔は黒いヴェールで覆われている。
「あら…」
年齢は恐らく27歳前後。その割には落ち着いた雰囲気を醸している。
「前はしっかりと見ていたほうがいいわよ?前を見る為に目は前に付いているんだから」
皮肉めいたセリフを言う黒い女。
「ごめんなさい・・・」
思わずシュンとなる美園。
ふぅ…、と色っぽいため息をして女はヴェールを外した。
ヴェールの上からでもわかったが、黒い女はありえないほど美しかった。
魔性とも言える美しさだ。
「それにしても…あら?貴方…」
含みを持った言い方をする女。
「なんですか…?」
不思議に思い、マジマジと女を見ている美園。
「…貴方、近い内に大切な人が居なくなるわ。気をつけなさいね」
突然不吉なコトを言い出す女。
「なっ…?」
言葉を失う美園。
「ごめんなさいね。職業柄そういうのが分かってしまうの」
艶っぽい笑顔をして鞄から何かを取り出した。
「お詫び…って言う訳じゃないんだけど、お守りとしてこれを差し上げますわ」
取り出したのは花のモチーフの付いたヘアピン。
「え?でも…」
突然の事にうろたえる美園。
「いいのよ、遠慮しないで…お父様によろしくね」
ひらりとドレスを翻し、黒い女は立ち去っていった。
美園は「魔女みたい…」とボソッと呟き、呆然とするしかなかった。
美園と黒い女が別れてから丁度5分程度した頃に夕馬が呆然としている美園を発見した。
「美園ー!さっきのは違うんだ!…ってどうした?」
前に回って弁明しようとした夕馬が美園の様子がおかしい事に気が付いた。
「…魔女が居たの」
「ハァ?」
「魔女が居たのよ!ってロリコン!?」
いきなり失礼だ。
「ちょ、ロリコンってなんだよ!?ロリコンって!!」
「ロリコンにロリコンって言って何が悪いのよ!!」
結構本気で怒っているらしく、夕馬を見る目が怖い。
「誤解だっつってんだろ!?アレは秋華が寝惚けて部屋間違えただけなんだって!」
必死で弁明する夕馬。
こんな時、必死になればなるほど嘘臭くなるのは何故なのだろうか。
「アー、ハイハイソウデスカ」
思いっきりカタコトで聴く耳を持たない美園。
「だぁぁぁっ!めんどくせぇな!」
と美園に再び向き合う夕馬。
「ん?ヘアピン…?いいなソレ。似合ってるよ」
前後になんの脈絡も無いが、突然の褒め言葉にさっきとは違う意味で言葉を失う美園。
やっぱり顔が真っ赤になっている。
「おい!お前、体調悪いのか?顔真っ赤だぞ!?」
「直射日光のせい!」
本日の天気は曇りです。
「は?」
「…なんでもない…」
夕馬のニブさも相当のものである。
なんとか誤解も解け、芳田家に戻っている最中に異変は起きた。
昼間の4丁目のど真ん中とは言え、歩いている人の姿が異常に少ない。
と、言うよりも誰もいないのだ。
5丁目の方から一人、誰かが歩いてきた。
「おぉ!いた!アイくーん!ソノちゃーん!」
天衣無縫の完全自然培養娘。秋華だ。
「完成した!完成したよ!レイヴンドライバー改良型!」
ブンブンと手を振っている。
多分、周りに誰もいないと言う異変に気が付いていないんだろう。
「美園…なんか様子がおかしい、俺から離れるなよ?」
隣にいる美園に目をやる。若干の怯えを見せながらもコクリと頷き、夕馬との距離を詰めた。
―ガサッ
ほんの微かな何かを踏む音。
本当に小さい音。恐らく新聞紙あたりを踏んだ音であろう。
『五感強化』が施されている夕馬しか気が付かない程の微かな音を、聞き逃さなかった。
「美園ッ!」
と腕を掴んでグイっと引き寄せ、居た場所から2メートルほど離れた直後――
―ピシュン
と針の様な、槍の様な、とにかく尖った物体が物凄い速度で飛んできた。
「秋華!レイヴンドライバーをこっちによこせ!!!」
「ほえ?わかた!」
と間抜けそうな顔をしながらもレイヴンドライバーを放り投げる秋華。
パシッと右手で受け取りそのまま腰にあてる。
―realization
「出てきやがれッ!蜘蛛野郎ッ!!」
ベルトの発動と同時に叫ぶ夕馬。
―ビシュン
ともう一撃、発射された。
それを寸のトコで避け。
「チッ…美園!秋華と隠れてろ!!」
と美園に注意を促した。
「わ…わかった!秋華ちゃん!」
「りょうかい!」
と路地裏に逃げ込む二人。
安全な場所に二人が逃げたのを確認すると、夕馬は両手をベルトの前で交差させ、右手で空中に8の字を書いた。
「ハァァァ…」
―transformation phase
「変身ッ!」
―transformation
ベルトから眩い光が溢れた。
光の中から現れたのは、黒いメットに赤いアイセンサー、そして…右側が特に異彩を放っている異形の姿。
肩口は大きなアーマーがあしらわれていて、手のひらは猛禽類の爪の様であった。
「スゲェ…これならッ!」
キッと中空を睨み付ける。
3度目の射撃。
完全にレイヴンの死角からの攻撃。
「殺った!」とスパイダーは勝利を確信していた。
だが―
「そこっ!」と死角からの攻撃を右腕の猛禽類が掴むと同時にありえない速度で、射出された方向に駆け出した。
「――ッ!」
完全に勝利を確信し、油断していたスパイダーはその黒い疾風に気がついたのは目の前に拳が見えてからであった。
スパイダーが狙撃していた場所は、すぐ隣のビルの二階。
距離にして500m弱。
その距離をほんの一足で縮め、更に打撃を加えると言う神業を成し遂げた。
ゴッという鈍い音と共に落下する蜘蛛男。
「ぐっ…貴様…先日とは大きな違いだな」
地面に着地をすると、ジリジリとレイヴンと距離を取るスパイダー。
明らかに力の差を痛感し、逃げ出そうとしている。
「おいおい…"先日とは大きな違いだな”」
ぼうっとカメラアイが赤く光った。
風が吹き、ゴミ箱から缶が転げ落ちた。
カラン…その音がした直後。
レイヴンの右掌はスパイダーの腹部に突き刺さった。
「これで、終わりだッ!」
カシャっと右腕の装甲をスライドさせた。
「ライトニング…」
ぼうっとレイヴンの右掌が光った。
「…ブロウッ!!」
右掌から放出される光。
それはスパイダーの体を突き抜けた。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
パシュンと音を立てて、生身の人間に戻るスパイダー。
「グボッ…ッ」と口から機械の塊を吐き出した。
―Release
夕馬は変身を解いて、スパイダーに近寄っていった。
「グランツについて話してもらおうか」
ぐいっと襟首を掴み顔を上げさせる。
「ま、待ってくれ!話したら殺されるッ!俺はまだ死にたくない!死にたくないんだ!娘と…娘と妻がいるんだ!」
本気で怯えている。年齢的には修也と大して変わらないような男が20ソコソコの小僧に本気で怯えていた。
「ちっ…」
舌打ちをして、襟首を離す。
「何処にでも行けッ!」
そう言い捨ててスパイダーを開放する夕馬。
だが――
――パン
乾いた音が響いた。
スパイダーの右肩を銃弾が貫いた。
「おいおい…。なんで開放してるんだい…?」
声のした方を見ると、白いコートの男が銃を片手にゆっくりと歩いていた。
「あいつ…こないだの!!」
歩きながらコートの男の目は改造人間特有の緋色になっている。
「まさか…、こんなヤツに情けをかけてるのか?」
――パン
もう一度銃が火を吹いた。
今度はスパイダーの左腿を貫く。
「なぁ?…コイツはグランツの構成員なんだぞ」
――パン
三度目の銃声。
今度は左肩を撃った。
「く…クソッ!クソッ!殺すなら殺せ!さっさと殺せぇぇぇッ!!」
急所はことごとく外され、激しい痛みしか襲ってこない。
スパイダーは正気を失い掛けている。
「お前!なんのつもりだ!」
「殺されるのがお望みか…?」
――パン
今度は右腿を撃つ白コートの男。
「お断りだね」
「やめろっ!」
白コートの男に駆け寄り、銃を奪おうとする夕馬だが。
「何故やめなければいけない?」
――パン
照準がほぼ合っていないというのに今度は右胸…肺の辺りを撃った。
「がっ…」
気を失うスパイダー。
「おいおい…この程度で気を失うなよ…なぁ?」
ツカツカとスパイダーに向かって行き、傷口に爪先を捻じ込む。
「…ぐっぎゃぁぁぁぁぁぁっ」
口の端を持ち上げてにぃっと笑う白コートの男。
「痛いか?…痛いか?…ほら、痛いか?」
完全にいたぶっている。
「やめろって言ってるだろうが!!」
思いっきり白コートの顔面を殴る夕馬。
「何考えていやがる!戦意のない者をいたぶって楽しいか!?」
黒目が真っ赤になっている夕馬。
どうやら、感情が昂ぶると文字通り目の色が変わるようだ。
「楽しいと思うか…?こんなのをいたぶって楽しいと思うか!?」
――パン
今度の銃弾は額を貫いた。
ぎっ…と小さく声を上げ、スパイダーは絶命した。
「――お前ッ!!何故殺した!?」
「君がくだらないコトを聞くからだろう?」
ビクンビクンと痙攣しているスパイダーを蹴り付ける。
「そうかいそうかい…俺はお前みたいなヤツを許せない…ッ!」
懐からレイヴンドライバーを取り出す夕馬。
「気があうな。オレも気に食わないと思ってたよ」
同じく白いドライバーを取り出す白コートの男。
―realization―
「泣いて謝れ…ッ!」
「君の方がな…ッ!」
―transformation phase―
「変身ッ!」
「変身!」
―transformation―
同時に光に包まれる二人。
夕馬は先程と同じくレイヴンに
白いコートの男は…
白い装甲、青いツインアイ、背中には飛行ユニットが装備されている。
左腕の装甲がやけに厚い。武器が装備されてると見てほぼ間違いないだろう。
夕馬を鴉【レイヴン】と名付けるならばさしずめ…。
「真っ白だ!白鷺【イグレット】だね!」
路地裏から顔を出した秋華が叫んだ。
緊迫したシーンでも、しっかり空気を壊す。それが秋華と言う女の子である。
しかし、そんな秋華の声は二人には届いてなかった。
レイヴンは攻めあぐねてた。
攻撃の特性上相手に近寄らなければならない。
間合を詰めて、クロスファイトに持ち込まなければレイヴンの真の力は出せないのだ。
イグレットはヒットアンドアウェイを繰り返し、更に空中を自在に飛び回っている。
「――クソッ」
さらにイグレットの主武器はハンドガンであった。
ハンドガンと言っても生身で撃てば、反動で肩の骨が外れる程の大口径であった。
――ドゥン ドゥンと派手な音を立てて銃弾がレイヴンのすぐ横に着弾した。
イグレットも同じく攻めあぐねていた。
中・長距離からの攻撃が主体とは言え、確実に当てなければダメージになり得ない。
レイヴンのスピードは今まで葬ってきた第弐世代型とは大きく違っていた。
必然的に空中から距離を縮め、相手の距離に入らない場所から射撃をし、離脱を繰り返すしかなかった。
「――ちょこまかと…ッ」
気を抜いたら間を詰められる。
――キュン とバイザーの表面にレイヴンの爪が掠めた。
「この野郎…こうなったら――」
「――コイツで仕留めるしかない…!」
同時に足を止める二人。
レイヴンは右腕の装甲をスライドさせ、右掌にエネルギーを充電させた。
イグレットは左腕の装甲をスライドさせ、左腕に二本のレールを作り出した。
「ライトニング…」
「ブレイジング…」
二人の間の空気が歪んだ。
「ブロォォォォォォウ!!!!」
「シュゥゥゥゥゥゥト!!!!」
レイヴンの右腕からは先ほどと同じく光が放出された。
イグレットの左腕のレールはプラズマ放電している。レールガン…電磁投射砲(でんじとうしゃほう)だ。
光速 vs 光速
その衝突は丁度二人の真ん中で相殺され、その衝撃波で周りのビルのガラスが全て粉砕された。
レイヴンは、射撃直後の硬直を見逃さなかった。
ライトニングブロウを放った直後、イグレットに向かって大跳躍をしていた。
「うおぉぉぉぉぉぉっ!!!」
左手での打撃。
流石に右手は動きが鈍くなっていた。
――ゴッ!と言う鈍い音と――ドゥンと言う銃声が響いた。
イグレットもレイヴンに反応していたのだ。
「「ぐっ!」」
レイヴンは右肩、イグレットは顔に打撃を受けて同時に地に堕ちた。
美園は路地裏から姿を出していた。
流石に衝撃波の時には吹き飛びそうになったが、そこはグッと堪えた。
―「…貴方、近い内に大切な人が居なくなるわ。気をつけなさいね」
そんな言葉が脳裏をよぎった。
「夕馬…」
ケンカをしてるトコは見た事がある。
助けてもらった事もある。
だが、これはもう…喧嘩ではない。これはもう殺し合いだ。
「やめて…」
地上に降り、拳と銃で戦っている二人。
恐らく両者共に時間もないのだろう。
変身から4分弱が経っているせいか、間接の至る所が放電している。
「――もうやめて!!!!!!!」
美園が叫んだ。
その瞬間――
黒衣の女に貰ったヘアピンが七色の輝きを放った。
同時刻―芳田家。
―ガシャン
派手な音を立て割れるティーカップ。
雨音が何かを察知して、落としてしまったのだ。
「あぁ…そんな…」
音に気が付き、キッチンへと駆け寄る修也
「どうした!?ッ!――この感覚…!」
何かの異変に感づく修也。
「発動…してしまった…あの子の力が…」
ポロポロと涙を零し、床に座り込んでしまう雨音。
「私のせいで…私のせいであの子にも過酷な運命を強いてしまった…」
「雨音――」
肩を抱く修也。か細い肩が震えていた。
「…でも、泣いている訳にはいかない…私は母親」
パァンと顔を叩く雨音。
「母親なんだから――ッ」
グッと前を向き立ち上がった。もう震えは止まっていた。
「――美園。お前の母さんは強い人だよ」
修也もボソリと呟いた。
同時刻―敷浪町4丁目ビル屋上。
「あら?意外と早かったのね…」
屋上にはヘアピンを渡した黒衣の女が一人佇んでいた。
「過酷な運命の輪の中にようこそ――」
魔性の笑顔を浮かべている。
「――貴方の終わりが『バッドエンド』にならない事を祈っているわ」
バサバサとドレスの裾をはためかせている。
光は二人を包む。
―Release
変身が解除され、生身の体に戻る。
緋色の目も元の色に戻ってしまっている。
「「なっ!?」」
二人は同時に動きを止める。
光が話し掛けてくる
『はい!けんかするのはいけないとおもいます!きょくちょーも言ってました!けんかはこぶしでするもんだ!って言ってました!』
幼い喋り方…4歳か5歳くらいだろうか。
『れーかはこぶしってなにかわからないけど!』
そう言って光は消えた。
「これは…?異能…?」
秋華が不思議そうな顔で美園を見ている。
当の美園はと言うと、軽く眩暈を起こしその場に座ってしまっている。
「秋華ちゃん…止まった?二人は止まった…?」
秋華に気だるそうに尋ねる。
ふと二人の様子を見てみると、さっきまでの殺し合いの雰囲気では無くなっている。
「んー。一応大丈夫みたいよ」
美園の方を向き「殺し合いはもう終わったみたい」と無邪気に笑っていた。
殺し合いは終わった。
だが、喧嘩は続行するようだ。
「なんのつもりであんな残酷な真似をしたのか教えて貰おうか…?」
ツカツカと白コートに歩み寄る夕馬。
「残酷?奴等にはあの程度では生温い!」
向かってきた夕馬の腹部に右ストレートが炸裂する。
「ぐおっ…あの程度もその程度も…弱ってるヤツをいたぶるのが男のする事か!?」
白コートのアゴに掌底を叩き込む
「ぐっ…男だとか、なんだとか…君は失った事が無いから分からないんだ!俺の気持ちなんか分からないんだ!」
ローキックが右腿を襲う。
「お前の気持ちだ…?んなもん…わかんねーよ!」
ローキックを右足でガードし前蹴りで距離を取る夕馬。
「クッ…君には想像も出来ないだろうね。
…目の前で愛する人が犯され、殺されていくのをただ見ている事しか出来なかった男の気持ちなんてな!!!」
ダッと駆け出し、右ストレートが夕馬の顔面を捉える。
避けずに、顔で受け止める夕馬。
「わかんねーな…。わかりたくもねーな…」
ギリギリと拳を添えられたまま、押し返すように正面を向く夕馬。
「そんなご機嫌な理論はわかりたくもねぇな…!」
顔面に添えられていた右腕を掴む。
「なっ…」
ギリギリと締め付けられ、言葉を詰まらせる白コートの男。
「やられたから…。アイスルヒトを目の前でやられたから…。だからいたぶっていいだなんて理論…わかりたくもないね!」
怒りに震えた目で白コートの男を睨み付ける。
「この大馬鹿野郎がッ――!!!」
ドゴン――
物凄い重さの拳が白コートの男の顔面にヒットし1メートル近く吹っ飛んだ。
「そんなことをその人が望んだと言うのか!?俺はお前の女の事なんか知らねぇ!
だが、だからって人を傷つける様な事を望むようなヤツが何処にいる!!馬鹿かテメーは!!!」
夕馬が怒鳴る。
「――ッ!」
ビッと白コートを指差す夕馬。
「第一なぁ!俺らは力を持っちまったんだ!不本意ながら戦う力を持っちまったんだ!
だったら“自分と同じ境遇の人間を作らないようにする”ってのが男だろうが!!」
歩み寄りながら続ける夕馬
「僕は可哀相だから許されるだとか勘違いしてんじゃねーぞ!
不幸な境遇かもしれない!辛いかもしれない!だから…だからこそ前を向けよ!」
胸倉を掴み白コートを立たせる。
「そんな事…、そんな事わかっている!」
「だったらくだらない事で喚いてんじゃねぇよ!」
―ガッ
二人の顔に拳が炸裂した。
「馬鹿野郎がッ――」
「――うるさい!」
ドサッと同時にその場に倒れる二人。
「むはー。青春だねぇ…」
と懐から携帯電話を取り出し、恵一に電話を掛ける秋華。
「―あ、もしもしケイさん?大至急こっちきてくんない?
青春馬鹿が二人と健気な巨乳が一人倒れちった。うん、四丁目。よろしく~」
パタンと携帯を閉じ、シゲシゲと夕馬を見る。
「やっぱし、この人なら大丈夫だ」
満足そうににんまりと秋華は笑った。
10分ほど待っていると、恵一と修也が血相を変えて走ってきた。
「…なんでテメーもいるんだよ。この冷血バカ」
ふーっと煙を吐きながら隣に居る男に向かって言う夕馬。
「…それは僕のセリフだな。なんで君みたいなのと一緒に居なきゃいけないんだ?この熱血バカ」
同じく煙を吐きながら夕馬に吐き捨てる白コートの男…今は白コートではなく、入院着だが。
「んだと!?」
「文句があるのかい?」
売り言葉に買い言葉。またも喧嘩に発展しそうになる二人。
「いい加減におし!」
ビシッとカルテで二人の頭を叩くのは、芹沢瑠璃である。
「いいかいあんた達。ここのルールを教えてあげよう。入院中は喧嘩禁止だ!
喧嘩するようなら素っ裸で病院の外に放り出すわよ!?」
いい角度で入ったのか二人とも頭を抑えている。
「ったく…。怪我人とは思えない元気さだね、二人して!」
と言い残してその場を立ち去る瑠璃。
「瑠璃さんは怒らせるとコエーからな…。冷血バカの相手なんかしてたらいつかストリーキングさせられちまう…」
とタバコを灰皿に投げ捨て、喫煙所を後にしようとする夕馬。
「海人だ」
背後から声を掛けられる。
「古賀 海人だ。よろしくだなんて言うつもりは無いが、バカに馬鹿と言われるのは気分が悪い」
頭をさすりながら白コート…海人が言った。
「ふん…落合 夕馬だ」
右手をひらひらと動かし立ち去る夕馬。
「落合…この借りは必ず返す…」
海人は憑き物が落ちたかのように、真っ直ぐ空を見る。
美園は割れたヘアピンを病院の屋上でじっと見つめていた。
『このヘアピンから…光が溢れた。そしたら二人の変身が解除された…』
ぎゅっとヘアピンを握りこむ。
『あれ以来何も起きない…。なんなんだろう?私の体…』
言いようの無い不安が美園を襲っていた。
「お、いたいた…」
軽い声が後から聞こえた。
よう。と手を上げ夕馬が歩み寄ってきた。
「ご心配をお掛けしました」
頭を下げる夕馬。
「べ…別に心配なんかしてないよ!バーカ!」
照れ隠しで言ってみるがどうにも顔がニヤけてしまう。
『どんな体でもいい…コイツが無事なら…それでいい!』
「ん。元気そうだな。よかった。…さみーから中入ろうぜ」
と手を差し伸べてくる夕馬。
「うん」とその手を握る美園。
今日の天気は曇りだが、いつの間にか美園の心は晴れていた。
次回予告
―決心をする少女
「僕が出来る事をしっかりやろうと思う!もう逃げないよ」
―ひと時の安息
「…無能だらけですね。」
―そして迫る影。
次回【休息】
「ほぅ…アタシに向かっていってるのかい?」
先程の夕馬の言葉を反芻している秋華に恵一がココアの入ったマグカップを持ってきた。
「ん、ありがとう」
暖かいココアを受け取る秋華。
「何悩んでるんですか?珍しい」
微笑みながら自分のコンピュータの前に座る恵一。
二人はレイヴンドライバーの解析と封印解除の作業をしているのだ。
「ん~。アイ君は覚悟を決めてたよね。僕も覚悟決めなきゃいけないのかなぁ…」
ココアを一口啜る。
雨音のココアは絶品だなぁ…と思いながらレイヴンドライバーを見つめる。
「全員が笑ってなきゃ気がすまない…確かに!」
秋華の心は決まった。
第四話 【光陰】
「…どういった状況だ…?」
昨日は芳田家に泊まった。
封印開放の話をし、レイヴンのパワーアップが決まり、さあ帰るかと言った時に修也が「久々に付き合え」と酒を勧めてきた。
その記憶はある。
途中、秋華が眠ると言うので恵一が加わり3人で飲み始めた。
この記憶もある。
修也はザルだ。ザルと言うよりも最早枠だ。
いくら飲んでも酔っ払うと言う事は決して無い。
恵一も、酒なんか飲めないと言う風な顔をしているくせに、物凄く飲める。
「アメリカではしょっちゅう潰されてましたよ」
と笑顔でウイスキーをガブガブ飲んでいた。
夕馬と言えば、飲めない事も無いが、一緒に飲んだ二人に比べたら飲めないに等しかった。
修也がウォッカを取り出して、飲み始めて、飲まされて…
そこからの記憶が無い。
気が付くと、布団に居た。
布団に居るのは構わない。雨音さんに迷惑かけたなぁ…申し訳ない。くらいしか思わない。
一人だったら、その程度だ。
だが状況が違った。何故か隣で秋華が寝ている。
「…とりあえず、ズボンは穿いてるよな…」
恐る恐る布団の中を覗く。ズボンは穿いてる。
「…ふぅ。セーフだ。とりあえず。秋華を。起こすか」
。が多くなる程混乱している。
「秋華ー?起きろー。おーい」
小声で囁く様に起こす、夕馬。
「んにゃー」
寝惚けている秋華に首の後ろに手を回され、丁度今からキスをしますと言う風な体勢になる。
「ちょ…!?起きろ秋華!」
その時部屋のドアが開いた。
「もういい加減起きなさい…よ?」
ドアを開けて部屋に入ってきたのは、雨音でもなく、修也でもなく、よりによって美園だった。
「…あんた何してんの!このロリコン!!変態!!ドスケベ!!」
見事なローキックが夕馬の顔面にヒットした。
「ぐはっ!違う!これは誤解だ!」
必死に弁明をする夕馬。
違うと言えば言うほど嘘くさくなるのは何故なのだろうか。
「もう…知らないっ!」
美園は薄らと目に涙を浮かべて、部屋から飛び出していった。
秋華を文字通り叩き起こし、何故ココで寝ているか?を尋ねると
「…ふえ!?何故ココで寝てるんだろう!?」
と本気でビックリしていた。
どうやら、寝惚けて部屋を間違えたようだ。
とは言え、物凄い剣幕で飛び出していった美園にそんな真実は無意味だろう。
雨音に尋ねると「なんかプリプリしながら外行ったけど…何があったの?」とティーカップを片付けていた。
「いや、なんでもないです。ちょっと探してきます」と夕馬も外に出掛けた。
「全く、なんなのよあの変態男!ロリコンじゃない!ロリコン!」
ぷんぷん!と言う擬音がよく似合う感じで、美園は敷浪町の5丁目を4丁目に向かって歩いていた。
裏とは言え、時間は11時半。まだ'そういった’店は空いていない。
怒り心頭といった感じで歩いているせいで殆ど前を見ていない。
―ドン
案の定前から歩いてきた人にぶつかった。
「あ、すいません!考え事してて…」
美園はぶつかった人の姿を見て言葉を詰まらせた。
真っ黒いドレス、真っ黒い薔薇のコサージュ、顔は黒いヴェールで覆われている。
「あら…」
年齢は恐らく27歳前後。その割には落ち着いた雰囲気を醸している。
「前はしっかりと見ていたほうがいいわよ?前を見る為に目は前に付いているんだから」
皮肉めいたセリフを言う黒い女。
「ごめんなさい・・・」
思わずシュンとなる美園。
ふぅ…、と色っぽいため息をして女はヴェールを外した。
ヴェールの上からでもわかったが、黒い女はありえないほど美しかった。
魔性とも言える美しさだ。
「それにしても…あら?貴方…」
含みを持った言い方をする女。
「なんですか…?」
不思議に思い、マジマジと女を見ている美園。
「…貴方、近い内に大切な人が居なくなるわ。気をつけなさいね」
突然不吉なコトを言い出す女。
「なっ…?」
言葉を失う美園。
「ごめんなさいね。職業柄そういうのが分かってしまうの」
艶っぽい笑顔をして鞄から何かを取り出した。
「お詫び…って言う訳じゃないんだけど、お守りとしてこれを差し上げますわ」
取り出したのは花のモチーフの付いたヘアピン。
「え?でも…」
突然の事にうろたえる美園。
「いいのよ、遠慮しないで…お父様によろしくね」
ひらりとドレスを翻し、黒い女は立ち去っていった。
美園は「魔女みたい…」とボソッと呟き、呆然とするしかなかった。
美園と黒い女が別れてから丁度5分程度した頃に夕馬が呆然としている美園を発見した。
「美園ー!さっきのは違うんだ!…ってどうした?」
前に回って弁明しようとした夕馬が美園の様子がおかしい事に気が付いた。
「…魔女が居たの」
「ハァ?」
「魔女が居たのよ!ってロリコン!?」
いきなり失礼だ。
「ちょ、ロリコンってなんだよ!?ロリコンって!!」
「ロリコンにロリコンって言って何が悪いのよ!!」
結構本気で怒っているらしく、夕馬を見る目が怖い。
「誤解だっつってんだろ!?アレは秋華が寝惚けて部屋間違えただけなんだって!」
必死で弁明する夕馬。
こんな時、必死になればなるほど嘘臭くなるのは何故なのだろうか。
「アー、ハイハイソウデスカ」
思いっきりカタコトで聴く耳を持たない美園。
「だぁぁぁっ!めんどくせぇな!」
と美園に再び向き合う夕馬。
「ん?ヘアピン…?いいなソレ。似合ってるよ」
前後になんの脈絡も無いが、突然の褒め言葉にさっきとは違う意味で言葉を失う美園。
やっぱり顔が真っ赤になっている。
「おい!お前、体調悪いのか?顔真っ赤だぞ!?」
「直射日光のせい!」
本日の天気は曇りです。
「は?」
「…なんでもない…」
夕馬のニブさも相当のものである。
なんとか誤解も解け、芳田家に戻っている最中に異変は起きた。
昼間の4丁目のど真ん中とは言え、歩いている人の姿が異常に少ない。
と、言うよりも誰もいないのだ。
5丁目の方から一人、誰かが歩いてきた。
「おぉ!いた!アイくーん!ソノちゃーん!」
天衣無縫の完全自然培養娘。秋華だ。
「完成した!完成したよ!レイヴンドライバー改良型!」
ブンブンと手を振っている。
多分、周りに誰もいないと言う異変に気が付いていないんだろう。
「美園…なんか様子がおかしい、俺から離れるなよ?」
隣にいる美園に目をやる。若干の怯えを見せながらもコクリと頷き、夕馬との距離を詰めた。
―ガサッ
ほんの微かな何かを踏む音。
本当に小さい音。恐らく新聞紙あたりを踏んだ音であろう。
『五感強化』が施されている夕馬しか気が付かない程の微かな音を、聞き逃さなかった。
「美園ッ!」
と腕を掴んでグイっと引き寄せ、居た場所から2メートルほど離れた直後――
―ピシュン
と針の様な、槍の様な、とにかく尖った物体が物凄い速度で飛んできた。
「秋華!レイヴンドライバーをこっちによこせ!!!」
「ほえ?わかた!」
と間抜けそうな顔をしながらもレイヴンドライバーを放り投げる秋華。
パシッと右手で受け取りそのまま腰にあてる。
―realization
「出てきやがれッ!蜘蛛野郎ッ!!」
ベルトの発動と同時に叫ぶ夕馬。
―ビシュン
ともう一撃、発射された。
それを寸のトコで避け。
「チッ…美園!秋華と隠れてろ!!」
と美園に注意を促した。
「わ…わかった!秋華ちゃん!」
「りょうかい!」
と路地裏に逃げ込む二人。
安全な場所に二人が逃げたのを確認すると、夕馬は両手をベルトの前で交差させ、右手で空中に8の字を書いた。
「ハァァァ…」
―transformation phase
「変身ッ!」
―transformation
ベルトから眩い光が溢れた。
光の中から現れたのは、黒いメットに赤いアイセンサー、そして…右側が特に異彩を放っている異形の姿。
肩口は大きなアーマーがあしらわれていて、手のひらは猛禽類の爪の様であった。
「スゲェ…これならッ!」
キッと中空を睨み付ける。
3度目の射撃。
完全にレイヴンの死角からの攻撃。
「殺った!」とスパイダーは勝利を確信していた。
だが―
「そこっ!」と死角からの攻撃を右腕の猛禽類が掴むと同時にありえない速度で、射出された方向に駆け出した。
「――ッ!」
完全に勝利を確信し、油断していたスパイダーはその黒い疾風に気がついたのは目の前に拳が見えてからであった。
スパイダーが狙撃していた場所は、すぐ隣のビルの二階。
距離にして500m弱。
その距離をほんの一足で縮め、更に打撃を加えると言う神業を成し遂げた。
ゴッという鈍い音と共に落下する蜘蛛男。
「ぐっ…貴様…先日とは大きな違いだな」
地面に着地をすると、ジリジリとレイヴンと距離を取るスパイダー。
明らかに力の差を痛感し、逃げ出そうとしている。
「おいおい…"先日とは大きな違いだな”」
ぼうっとカメラアイが赤く光った。
風が吹き、ゴミ箱から缶が転げ落ちた。
カラン…その音がした直後。
レイヴンの右掌はスパイダーの腹部に突き刺さった。
「これで、終わりだッ!」
カシャっと右腕の装甲をスライドさせた。
「ライトニング…」
ぼうっとレイヴンの右掌が光った。
「…ブロウッ!!」
右掌から放出される光。
それはスパイダーの体を突き抜けた。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
パシュンと音を立てて、生身の人間に戻るスパイダー。
「グボッ…ッ」と口から機械の塊を吐き出した。
―Release
夕馬は変身を解いて、スパイダーに近寄っていった。
「グランツについて話してもらおうか」
ぐいっと襟首を掴み顔を上げさせる。
「ま、待ってくれ!話したら殺されるッ!俺はまだ死にたくない!死にたくないんだ!娘と…娘と妻がいるんだ!」
本気で怯えている。年齢的には修也と大して変わらないような男が20ソコソコの小僧に本気で怯えていた。
「ちっ…」
舌打ちをして、襟首を離す。
「何処にでも行けッ!」
そう言い捨ててスパイダーを開放する夕馬。
だが――
――パン
乾いた音が響いた。
スパイダーの右肩を銃弾が貫いた。
「おいおい…。なんで開放してるんだい…?」
声のした方を見ると、白いコートの男が銃を片手にゆっくりと歩いていた。
「あいつ…こないだの!!」
歩きながらコートの男の目は改造人間特有の緋色になっている。
「まさか…、こんなヤツに情けをかけてるのか?」
――パン
もう一度銃が火を吹いた。
今度はスパイダーの左腿を貫く。
「なぁ?…コイツはグランツの構成員なんだぞ」
――パン
三度目の銃声。
今度は左肩を撃った。
「く…クソッ!クソッ!殺すなら殺せ!さっさと殺せぇぇぇッ!!」
急所はことごとく外され、激しい痛みしか襲ってこない。
スパイダーは正気を失い掛けている。
「お前!なんのつもりだ!」
「殺されるのがお望みか…?」
――パン
今度は右腿を撃つ白コートの男。
「お断りだね」
「やめろっ!」
白コートの男に駆け寄り、銃を奪おうとする夕馬だが。
「何故やめなければいけない?」
――パン
照準がほぼ合っていないというのに今度は右胸…肺の辺りを撃った。
「がっ…」
気を失うスパイダー。
「おいおい…この程度で気を失うなよ…なぁ?」
ツカツカとスパイダーに向かって行き、傷口に爪先を捻じ込む。
「…ぐっぎゃぁぁぁぁぁぁっ」
口の端を持ち上げてにぃっと笑う白コートの男。
「痛いか?…痛いか?…ほら、痛いか?」
完全にいたぶっている。
「やめろって言ってるだろうが!!」
思いっきり白コートの顔面を殴る夕馬。
「何考えていやがる!戦意のない者をいたぶって楽しいか!?」
黒目が真っ赤になっている夕馬。
どうやら、感情が昂ぶると文字通り目の色が変わるようだ。
「楽しいと思うか…?こんなのをいたぶって楽しいと思うか!?」
――パン
今度の銃弾は額を貫いた。
ぎっ…と小さく声を上げ、スパイダーは絶命した。
「――お前ッ!!何故殺した!?」
「君がくだらないコトを聞くからだろう?」
ビクンビクンと痙攣しているスパイダーを蹴り付ける。
「そうかいそうかい…俺はお前みたいなヤツを許せない…ッ!」
懐からレイヴンドライバーを取り出す夕馬。
「気があうな。オレも気に食わないと思ってたよ」
同じく白いドライバーを取り出す白コートの男。
―realization―
「泣いて謝れ…ッ!」
「君の方がな…ッ!」
―transformation phase―
「変身ッ!」
「変身!」
―transformation―
同時に光に包まれる二人。
夕馬は先程と同じくレイヴンに
白いコートの男は…
白い装甲、青いツインアイ、背中には飛行ユニットが装備されている。
左腕の装甲がやけに厚い。武器が装備されてると見てほぼ間違いないだろう。
夕馬を鴉【レイヴン】と名付けるならばさしずめ…。
「真っ白だ!白鷺【イグレット】だね!」
路地裏から顔を出した秋華が叫んだ。
緊迫したシーンでも、しっかり空気を壊す。それが秋華と言う女の子である。
しかし、そんな秋華の声は二人には届いてなかった。
レイヴンは攻めあぐねてた。
攻撃の特性上相手に近寄らなければならない。
間合を詰めて、クロスファイトに持ち込まなければレイヴンの真の力は出せないのだ。
イグレットはヒットアンドアウェイを繰り返し、更に空中を自在に飛び回っている。
「――クソッ」
さらにイグレットの主武器はハンドガンであった。
ハンドガンと言っても生身で撃てば、反動で肩の骨が外れる程の大口径であった。
――ドゥン ドゥンと派手な音を立てて銃弾がレイヴンのすぐ横に着弾した。
イグレットも同じく攻めあぐねていた。
中・長距離からの攻撃が主体とは言え、確実に当てなければダメージになり得ない。
レイヴンのスピードは今まで葬ってきた第弐世代型とは大きく違っていた。
必然的に空中から距離を縮め、相手の距離に入らない場所から射撃をし、離脱を繰り返すしかなかった。
「――ちょこまかと…ッ」
気を抜いたら間を詰められる。
――キュン とバイザーの表面にレイヴンの爪が掠めた。
「この野郎…こうなったら――」
「――コイツで仕留めるしかない…!」
同時に足を止める二人。
レイヴンは右腕の装甲をスライドさせ、右掌にエネルギーを充電させた。
イグレットは左腕の装甲をスライドさせ、左腕に二本のレールを作り出した。
「ライトニング…」
「ブレイジング…」
二人の間の空気が歪んだ。
「ブロォォォォォォウ!!!!」
「シュゥゥゥゥゥゥト!!!!」
レイヴンの右腕からは先ほどと同じく光が放出された。
イグレットの左腕のレールはプラズマ放電している。レールガン…電磁投射砲(でんじとうしゃほう)だ。
光速 vs 光速
その衝突は丁度二人の真ん中で相殺され、その衝撃波で周りのビルのガラスが全て粉砕された。
レイヴンは、射撃直後の硬直を見逃さなかった。
ライトニングブロウを放った直後、イグレットに向かって大跳躍をしていた。
「うおぉぉぉぉぉぉっ!!!」
左手での打撃。
流石に右手は動きが鈍くなっていた。
――ゴッ!と言う鈍い音と――ドゥンと言う銃声が響いた。
イグレットもレイヴンに反応していたのだ。
「「ぐっ!」」
レイヴンは右肩、イグレットは顔に打撃を受けて同時に地に堕ちた。
美園は路地裏から姿を出していた。
流石に衝撃波の時には吹き飛びそうになったが、そこはグッと堪えた。
―「…貴方、近い内に大切な人が居なくなるわ。気をつけなさいね」
そんな言葉が脳裏をよぎった。
「夕馬…」
ケンカをしてるトコは見た事がある。
助けてもらった事もある。
だが、これはもう…喧嘩ではない。これはもう殺し合いだ。
「やめて…」
地上に降り、拳と銃で戦っている二人。
恐らく両者共に時間もないのだろう。
変身から4分弱が経っているせいか、間接の至る所が放電している。
「――もうやめて!!!!!!!」
美園が叫んだ。
その瞬間――
黒衣の女に貰ったヘアピンが七色の輝きを放った。
同時刻―芳田家。
―ガシャン
派手な音を立て割れるティーカップ。
雨音が何かを察知して、落としてしまったのだ。
「あぁ…そんな…」
音に気が付き、キッチンへと駆け寄る修也
「どうした!?ッ!――この感覚…!」
何かの異変に感づく修也。
「発動…してしまった…あの子の力が…」
ポロポロと涙を零し、床に座り込んでしまう雨音。
「私のせいで…私のせいであの子にも過酷な運命を強いてしまった…」
「雨音――」
肩を抱く修也。か細い肩が震えていた。
「…でも、泣いている訳にはいかない…私は母親」
パァンと顔を叩く雨音。
「母親なんだから――ッ」
グッと前を向き立ち上がった。もう震えは止まっていた。
「――美園。お前の母さんは強い人だよ」
修也もボソリと呟いた。
同時刻―敷浪町4丁目ビル屋上。
「あら?意外と早かったのね…」
屋上にはヘアピンを渡した黒衣の女が一人佇んでいた。
「過酷な運命の輪の中にようこそ――」
魔性の笑顔を浮かべている。
「――貴方の終わりが『バッドエンド』にならない事を祈っているわ」
バサバサとドレスの裾をはためかせている。
光は二人を包む。
―Release
変身が解除され、生身の体に戻る。
緋色の目も元の色に戻ってしまっている。
「「なっ!?」」
二人は同時に動きを止める。
光が話し掛けてくる
『はい!けんかするのはいけないとおもいます!きょくちょーも言ってました!けんかはこぶしでするもんだ!って言ってました!』
幼い喋り方…4歳か5歳くらいだろうか。
『れーかはこぶしってなにかわからないけど!』
そう言って光は消えた。
「これは…?異能…?」
秋華が不思議そうな顔で美園を見ている。
当の美園はと言うと、軽く眩暈を起こしその場に座ってしまっている。
「秋華ちゃん…止まった?二人は止まった…?」
秋華に気だるそうに尋ねる。
ふと二人の様子を見てみると、さっきまでの殺し合いの雰囲気では無くなっている。
「んー。一応大丈夫みたいよ」
美園の方を向き「殺し合いはもう終わったみたい」と無邪気に笑っていた。
殺し合いは終わった。
だが、喧嘩は続行するようだ。
「なんのつもりであんな残酷な真似をしたのか教えて貰おうか…?」
ツカツカと白コートに歩み寄る夕馬。
「残酷?奴等にはあの程度では生温い!」
向かってきた夕馬の腹部に右ストレートが炸裂する。
「ぐおっ…あの程度もその程度も…弱ってるヤツをいたぶるのが男のする事か!?」
白コートのアゴに掌底を叩き込む
「ぐっ…男だとか、なんだとか…君は失った事が無いから分からないんだ!俺の気持ちなんか分からないんだ!」
ローキックが右腿を襲う。
「お前の気持ちだ…?んなもん…わかんねーよ!」
ローキックを右足でガードし前蹴りで距離を取る夕馬。
「クッ…君には想像も出来ないだろうね。
…目の前で愛する人が犯され、殺されていくのをただ見ている事しか出来なかった男の気持ちなんてな!!!」
ダッと駆け出し、右ストレートが夕馬の顔面を捉える。
避けずに、顔で受け止める夕馬。
「わかんねーな…。わかりたくもねーな…」
ギリギリと拳を添えられたまま、押し返すように正面を向く夕馬。
「そんなご機嫌な理論はわかりたくもねぇな…!」
顔面に添えられていた右腕を掴む。
「なっ…」
ギリギリと締め付けられ、言葉を詰まらせる白コートの男。
「やられたから…。アイスルヒトを目の前でやられたから…。だからいたぶっていいだなんて理論…わかりたくもないね!」
怒りに震えた目で白コートの男を睨み付ける。
「この大馬鹿野郎がッ――!!!」
ドゴン――
物凄い重さの拳が白コートの男の顔面にヒットし1メートル近く吹っ飛んだ。
「そんなことをその人が望んだと言うのか!?俺はお前の女の事なんか知らねぇ!
だが、だからって人を傷つける様な事を望むようなヤツが何処にいる!!馬鹿かテメーは!!!」
夕馬が怒鳴る。
「――ッ!」
ビッと白コートを指差す夕馬。
「第一なぁ!俺らは力を持っちまったんだ!不本意ながら戦う力を持っちまったんだ!
だったら“自分と同じ境遇の人間を作らないようにする”ってのが男だろうが!!」
歩み寄りながら続ける夕馬
「僕は可哀相だから許されるだとか勘違いしてんじゃねーぞ!
不幸な境遇かもしれない!辛いかもしれない!だから…だからこそ前を向けよ!」
胸倉を掴み白コートを立たせる。
「そんな事…、そんな事わかっている!」
「だったらくだらない事で喚いてんじゃねぇよ!」
―ガッ
二人の顔に拳が炸裂した。
「馬鹿野郎がッ――」
「――うるさい!」
ドサッと同時にその場に倒れる二人。
「むはー。青春だねぇ…」
と懐から携帯電話を取り出し、恵一に電話を掛ける秋華。
「―あ、もしもしケイさん?大至急こっちきてくんない?
青春馬鹿が二人と健気な巨乳が一人倒れちった。うん、四丁目。よろしく~」
パタンと携帯を閉じ、シゲシゲと夕馬を見る。
「やっぱし、この人なら大丈夫だ」
満足そうににんまりと秋華は笑った。
10分ほど待っていると、恵一と修也が血相を変えて走ってきた。
「…なんでテメーもいるんだよ。この冷血バカ」
ふーっと煙を吐きながら隣に居る男に向かって言う夕馬。
「…それは僕のセリフだな。なんで君みたいなのと一緒に居なきゃいけないんだ?この熱血バカ」
同じく煙を吐きながら夕馬に吐き捨てる白コートの男…今は白コートではなく、入院着だが。
「んだと!?」
「文句があるのかい?」
売り言葉に買い言葉。またも喧嘩に発展しそうになる二人。
「いい加減におし!」
ビシッとカルテで二人の頭を叩くのは、芹沢瑠璃である。
「いいかいあんた達。ここのルールを教えてあげよう。入院中は喧嘩禁止だ!
喧嘩するようなら素っ裸で病院の外に放り出すわよ!?」
いい角度で入ったのか二人とも頭を抑えている。
「ったく…。怪我人とは思えない元気さだね、二人して!」
と言い残してその場を立ち去る瑠璃。
「瑠璃さんは怒らせるとコエーからな…。冷血バカの相手なんかしてたらいつかストリーキングさせられちまう…」
とタバコを灰皿に投げ捨て、喫煙所を後にしようとする夕馬。
「海人だ」
背後から声を掛けられる。
「古賀 海人だ。よろしくだなんて言うつもりは無いが、バカに馬鹿と言われるのは気分が悪い」
頭をさすりながら白コート…海人が言った。
「ふん…落合 夕馬だ」
右手をひらひらと動かし立ち去る夕馬。
「落合…この借りは必ず返す…」
海人は憑き物が落ちたかのように、真っ直ぐ空を見る。
美園は割れたヘアピンを病院の屋上でじっと見つめていた。
『このヘアピンから…光が溢れた。そしたら二人の変身が解除された…』
ぎゅっとヘアピンを握りこむ。
『あれ以来何も起きない…。なんなんだろう?私の体…』
言いようの無い不安が美園を襲っていた。
「お、いたいた…」
軽い声が後から聞こえた。
よう。と手を上げ夕馬が歩み寄ってきた。
「ご心配をお掛けしました」
頭を下げる夕馬。
「べ…別に心配なんかしてないよ!バーカ!」
照れ隠しで言ってみるがどうにも顔がニヤけてしまう。
『どんな体でもいい…コイツが無事なら…それでいい!』
「ん。元気そうだな。よかった。…さみーから中入ろうぜ」
と手を差し伸べてくる夕馬。
「うん」とその手を握る美園。
今日の天気は曇りだが、いつの間にか美園の心は晴れていた。
次回予告
―決心をする少女
「僕が出来る事をしっかりやろうと思う!もう逃げないよ」
―ひと時の安息
「…無能だらけですね。」
―そして迫る影。
次回【休息】
「ほぅ…アタシに向かっていってるのかい?」