「なるようにならなかったら、なるようにする…か」
先程の夕馬の言葉を反芻している秋華に恵一がココアの入ったマグカップを持ってきた。
「ん、ありがとう」
暖かいココアを受け取る秋華。
「何悩んでるんですか?珍しい」
微笑みながら自分のコンピュータの前に座る恵一。
二人はレイヴンドライバーの解析と封印解除の作業をしているのだ。
「ん~。アイ君は覚悟を決めてたよね。僕も覚悟決めなきゃいけないのかなぁ…」
ココアを一口啜る。
雨音のココアは絶品だなぁ…と思いながらレイヴンドライバーを見つめる。
「全員が笑ってなきゃ気がすまない…確かに!」
秋華の心は決まった。

第四話 【光陰】

「…どういった状況だ…?」
昨日は芳田家に泊まった。
封印開放の話をし、レイヴンのパワーアップが決まり、さあ帰るかと言った時に修也が「久々に付き合え」と酒を勧めてきた。
その記憶はある。
途中、秋華が眠ると言うので恵一が加わり3人で飲み始めた。
この記憶もある。
修也はザルだ。ザルと言うよりも最早枠だ。
いくら飲んでも酔っ払うと言う事は決して無い。
恵一も、酒なんか飲めないと言う風な顔をしているくせに、物凄く飲める。
「アメリカではしょっちゅう潰されてましたよ」
と笑顔でウイスキーをガブガブ飲んでいた。
夕馬と言えば、飲めない事も無いが、一緒に飲んだ二人に比べたら飲めないに等しかった。
修也がウォッカを取り出して、飲み始めて、飲まされて…
そこからの記憶が無い。
気が付くと、布団に居た。
布団に居るのは構わない。雨音さんに迷惑かけたなぁ…申し訳ない。くらいしか思わない。
一人だったら、その程度だ。
だが状況が違った。何故か隣で秋華が寝ている。
「…とりあえず、ズボンは穿いてるよな…」
恐る恐る布団の中を覗く。ズボンは穿いてる。
「…ふぅ。セーフだ。とりあえず。秋華を。起こすか」
。が多くなる程混乱している。
「秋華ー?起きろー。おーい」
小声で囁く様に起こす、夕馬。
「んにゃー」
寝惚けている秋華に首の後ろに手を回され、丁度今からキスをしますと言う風な体勢になる。
「ちょ…!?起きろ秋華!」
その時部屋のドアが開いた。
「もういい加減起きなさい…よ?」
ドアを開けて部屋に入ってきたのは、雨音でもなく、修也でもなく、よりによって美園だった。
「…あんた何してんの!このロリコン!!変態!!ドスケベ!!」
見事なローキックが夕馬の顔面にヒットした。
「ぐはっ!違う!これは誤解だ!」
必死に弁明をする夕馬。
違うと言えば言うほど嘘くさくなるのは何故なのだろうか。
「もう…知らないっ!」
美園は薄らと目に涙を浮かべて、部屋から飛び出していった。

秋華を文字通り叩き起こし、何故ココで寝ているか?を尋ねると
「…ふえ!?何故ココで寝てるんだろう!?」
と本気でビックリしていた。
どうやら、寝惚けて部屋を間違えたようだ。
とは言え、物凄い剣幕で飛び出していった美園にそんな真実は無意味だろう。
雨音に尋ねると「なんかプリプリしながら外行ったけど…何があったの?」とティーカップを片付けていた。
「いや、なんでもないです。ちょっと探してきます」と夕馬も外に出掛けた。

「全く、なんなのよあの変態男!ロリコンじゃない!ロリコン!」
ぷんぷん!と言う擬音がよく似合う感じで、美園は敷浪町の5丁目を4丁目に向かって歩いていた。
裏とは言え、時間は11時半。まだ'そういった’店は空いていない。
怒り心頭といった感じで歩いているせいで殆ど前を見ていない。
―ドン
案の定前から歩いてきた人にぶつかった。
「あ、すいません!考え事してて…」
美園はぶつかった人の姿を見て言葉を詰まらせた。
真っ黒いドレス、真っ黒い薔薇のコサージュ、顔は黒いヴェールで覆われている。
「あら…」
年齢は恐らく27歳前後。その割には落ち着いた雰囲気を醸している。
「前はしっかりと見ていたほうがいいわよ?前を見る為に目は前に付いているんだから」
皮肉めいたセリフを言う黒い女。
「ごめんなさい・・・」
思わずシュンとなる美園。
ふぅ…、と色っぽいため息をして女はヴェールを外した。
ヴェールの上からでもわかったが、黒い女はありえないほど美しかった。
魔性とも言える美しさだ。
「それにしても…あら?貴方…」
含みを持った言い方をする女。
「なんですか…?」
不思議に思い、マジマジと女を見ている美園。
「…貴方、近い内に大切な人が居なくなるわ。気をつけなさいね」
突然不吉なコトを言い出す女。
「なっ…?」
言葉を失う美園。
「ごめんなさいね。職業柄そういうのが分かってしまうの」
艶っぽい笑顔をして鞄から何かを取り出した。
「お詫び…って言う訳じゃないんだけど、お守りとしてこれを差し上げますわ」
取り出したのは花のモチーフの付いたヘアピン。
「え?でも…」
突然の事にうろたえる美園。
「いいのよ、遠慮しないで…お父様によろしくね」
ひらりとドレスを翻し、黒い女は立ち去っていった。
美園は「魔女みたい…」とボソッと呟き、呆然とするしかなかった。

美園と黒い女が別れてから丁度5分程度した頃に夕馬が呆然としている美園を発見した。
「美園ー!さっきのは違うんだ!…ってどうした?」
前に回って弁明しようとした夕馬が美園の様子がおかしい事に気が付いた。
「…魔女が居たの」
「ハァ?」
「魔女が居たのよ!ってロリコン!?」
いきなり失礼だ。
「ちょ、ロリコンってなんだよ!?ロリコンって!!」
「ロリコンにロリコンって言って何が悪いのよ!!」
結構本気で怒っているらしく、夕馬を見る目が怖い。
「誤解だっつってんだろ!?アレは秋華が寝惚けて部屋間違えただけなんだって!」
必死で弁明する夕馬。
こんな時、必死になればなるほど嘘臭くなるのは何故なのだろうか。
「アー、ハイハイソウデスカ」
思いっきりカタコトで聴く耳を持たない美園。
「だぁぁぁっ!めんどくせぇな!」
と美園に再び向き合う夕馬。
「ん?ヘアピン…?いいなソレ。似合ってるよ」
前後になんの脈絡も無いが、突然の褒め言葉にさっきとは違う意味で言葉を失う美園。
やっぱり顔が真っ赤になっている。
「おい!お前、体調悪いのか?顔真っ赤だぞ!?」
「直射日光のせい!」
本日の天気は曇りです。
「は?」
「…なんでもない…」
夕馬のニブさも相当のものである。

なんとか誤解も解け、芳田家に戻っている最中に異変は起きた。
昼間の4丁目のど真ん中とは言え、歩いている人の姿が異常に少ない。
と、言うよりも誰もいないのだ。
5丁目の方から一人、誰かが歩いてきた。
「おぉ!いた!アイくーん!ソノちゃーん!」
天衣無縫の完全自然培養娘。秋華だ。
「完成した!完成したよ!レイヴンドライバー改良型!」
ブンブンと手を振っている。
多分、周りに誰もいないと言う異変に気が付いていないんだろう。
「美園…なんか様子がおかしい、俺から離れるなよ?」
隣にいる美園に目をやる。若干の怯えを見せながらもコクリと頷き、夕馬との距離を詰めた。
―ガサッ
ほんの微かな何かを踏む音。
本当に小さい音。恐らく新聞紙あたりを踏んだ音であろう。
『五感強化』が施されている夕馬しか気が付かない程の微かな音を、聞き逃さなかった。
「美園ッ!」
と腕を掴んでグイっと引き寄せ、居た場所から2メートルほど離れた直後――

―ピシュン

と針の様な、槍の様な、とにかく尖った物体が物凄い速度で飛んできた。
「秋華!レイヴンドライバーをこっちによこせ!!!」
「ほえ?わかた!」
と間抜けそうな顔をしながらもレイヴンドライバーを放り投げる秋華。
パシッと右手で受け取りそのまま腰にあてる。

―realization

「出てきやがれッ!蜘蛛野郎ッ!!」
ベルトの発動と同時に叫ぶ夕馬。

―ビシュン
ともう一撃、発射された。
それを寸のトコで避け。
「チッ…美園!秋華と隠れてろ!!」
と美園に注意を促した。
「わ…わかった!秋華ちゃん!」
「りょうかい!」
と路地裏に逃げ込む二人。
安全な場所に二人が逃げたのを確認すると、夕馬は両手をベルトの前で交差させ、右手で空中に8の字を書いた。

「ハァァァ…」

―transformation phase

「変身ッ!」

―transformation

ベルトから眩い光が溢れた。
光の中から現れたのは、黒いメットに赤いアイセンサー、そして…右側が特に異彩を放っている異形の姿。
肩口は大きなアーマーがあしらわれていて、手のひらは猛禽類の爪の様であった。
「スゲェ…これならッ!」
キッと中空を睨み付ける。

3度目の射撃。
完全にレイヴンの死角からの攻撃。
「殺った!」とスパイダーは勝利を確信していた。
だが―
「そこっ!」と死角からの攻撃を右腕の猛禽類が掴むと同時にありえない速度で、射出された方向に駆け出した。
「――ッ!」
完全に勝利を確信し、油断していたスパイダーはその黒い疾風に気がついたのは目の前に拳が見えてからであった。
スパイダーが狙撃していた場所は、すぐ隣のビルの二階。
距離にして500m弱。
その距離をほんの一足で縮め、更に打撃を加えると言う神業を成し遂げた。
ゴッという鈍い音と共に落下する蜘蛛男。
「ぐっ…貴様…先日とは大きな違いだな」
地面に着地をすると、ジリジリとレイヴンと距離を取るスパイダー。
明らかに力の差を痛感し、逃げ出そうとしている。
「おいおい…"先日とは大きな違いだな”」
ぼうっとカメラアイが赤く光った。
風が吹き、ゴミ箱から缶が転げ落ちた。
カラン…その音がした直後。
レイヴンの右掌はスパイダーの腹部に突き刺さった。
「これで、終わりだッ!」
カシャっと右腕の装甲をスライドさせた。
「ライトニング…」
ぼうっとレイヴンの右掌が光った。
「…ブロウッ!!」
右掌から放出される光。
それはスパイダーの体を突き抜けた。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
パシュンと音を立てて、生身の人間に戻るスパイダー。
「グボッ…ッ」と口から機械の塊を吐き出した。

―Release

夕馬は変身を解いて、スパイダーに近寄っていった。
「グランツについて話してもらおうか」
ぐいっと襟首を掴み顔を上げさせる。
「ま、待ってくれ!話したら殺されるッ!俺はまだ死にたくない!死にたくないんだ!娘と…娘と妻がいるんだ!」
本気で怯えている。年齢的には修也と大して変わらないような男が20ソコソコの小僧に本気で怯えていた。
「ちっ…」
舌打ちをして、襟首を離す。
「何処にでも行けッ!」
そう言い捨ててスパイダーを開放する夕馬。

だが――

――パン

乾いた音が響いた。
スパイダーの右肩を銃弾が貫いた。

「おいおい…。なんで開放してるんだい…?」
声のした方を見ると、白いコートの男が銃を片手にゆっくりと歩いていた。
「あいつ…こないだの!!」
歩きながらコートの男の目は改造人間特有の緋色になっている。
「まさか…、こんなヤツに情けをかけてるのか?」

――パン

もう一度銃が火を吹いた。
今度はスパイダーの左腿を貫く。
「なぁ?…コイツはグランツの構成員なんだぞ」

――パン

三度目の銃声。
今度は左肩を撃った。
「く…クソッ!クソッ!殺すなら殺せ!さっさと殺せぇぇぇッ!!」
急所はことごとく外され、激しい痛みしか襲ってこない。
スパイダーは正気を失い掛けている。
「お前!なんのつもりだ!」
「殺されるのがお望みか…?」

――パン

今度は右腿を撃つ白コートの男。
「お断りだね」
「やめろっ!」
白コートの男に駆け寄り、銃を奪おうとする夕馬だが。
「何故やめなければいけない?」

――パン

照準がほぼ合っていないというのに今度は右胸…肺の辺りを撃った。
「がっ…」
気を失うスパイダー。
「おいおい…この程度で気を失うなよ…なぁ?」
ツカツカとスパイダーに向かって行き、傷口に爪先を捻じ込む。
「…ぐっぎゃぁぁぁぁぁぁっ」
口の端を持ち上げてにぃっと笑う白コートの男。
「痛いか?…痛いか?…ほら、痛いか?」
完全にいたぶっている。
「やめろって言ってるだろうが!!」
思いっきり白コートの顔面を殴る夕馬。
「何考えていやがる!戦意のない者をいたぶって楽しいか!?」
黒目が真っ赤になっている夕馬。
どうやら、感情が昂ぶると文字通り目の色が変わるようだ。
「楽しいと思うか…?こんなのをいたぶって楽しいと思うか!?」

――パン

今度の銃弾は額を貫いた。
ぎっ…と小さく声を上げ、スパイダーは絶命した。

「――お前ッ!!何故殺した!?」
「君がくだらないコトを聞くからだろう?」
ビクンビクンと痙攣しているスパイダーを蹴り付ける。
「そうかいそうかい…俺はお前みたいなヤツを許せない…ッ!」
懐からレイヴンドライバーを取り出す夕馬。
「気があうな。オレも気に食わないと思ってたよ」
同じく白いドライバーを取り出す白コートの男。

―realization―

「泣いて謝れ…ッ!」
「君の方がな…ッ!」

―transformation phase―

「変身ッ!」
「変身!」

―transformation―

同時に光に包まれる二人。
夕馬は先程と同じくレイヴンに
白いコートの男は…
白い装甲、青いツインアイ、背中には飛行ユニットが装備されている。
左腕の装甲がやけに厚い。武器が装備されてると見てほぼ間違いないだろう。
夕馬を鴉【レイヴン】と名付けるならばさしずめ…。
「真っ白だ!白鷺【イグレット】だね!」
路地裏から顔を出した秋華が叫んだ。
緊迫したシーンでも、しっかり空気を壊す。それが秋華と言う女の子である。
しかし、そんな秋華の声は二人には届いてなかった。

レイヴンは攻めあぐねてた。
攻撃の特性上相手に近寄らなければならない。
間合を詰めて、クロスファイトに持ち込まなければレイヴンの真の力は出せないのだ。
イグレットはヒットアンドアウェイを繰り返し、更に空中を自在に飛び回っている。
「――クソッ」
さらにイグレットの主武器はハンドガンであった。
ハンドガンと言っても生身で撃てば、反動で肩の骨が外れる程の大口径であった。
――ドゥン ドゥンと派手な音を立てて銃弾がレイヴンのすぐ横に着弾した。

イグレットも同じく攻めあぐねていた。
中・長距離からの攻撃が主体とは言え、確実に当てなければダメージになり得ない。
レイヴンのスピードは今まで葬ってきた第弐世代型とは大きく違っていた。
必然的に空中から距離を縮め、相手の距離に入らない場所から射撃をし、離脱を繰り返すしかなかった。
「――ちょこまかと…ッ」
気を抜いたら間を詰められる。
――キュン とバイザーの表面にレイヴンの爪が掠めた。

「この野郎…こうなったら――」
「――コイツで仕留めるしかない…!」
同時に足を止める二人。
レイヴンは右腕の装甲をスライドさせ、右掌にエネルギーを充電させた。
イグレットは左腕の装甲をスライドさせ、左腕に二本のレールを作り出した。

「ライトニング…」
「ブレイジング…」

二人の間の空気が歪んだ。

「ブロォォォォォォウ!!!!」
「シュゥゥゥゥゥゥト!!!!」

レイヴンの右腕からは先ほどと同じく光が放出された。
イグレットの左腕のレールはプラズマ放電している。レールガン…電磁投射砲(でんじとうしゃほう)だ。

光速 vs 光速

その衝突は丁度二人の真ん中で相殺され、その衝撃波で周りのビルのガラスが全て粉砕された。
レイヴンは、射撃直後の硬直を見逃さなかった。
ライトニングブロウを放った直後、イグレットに向かって大跳躍をしていた。
「うおぉぉぉぉぉぉっ!!!」
左手での打撃。
流石に右手は動きが鈍くなっていた。
――ゴッ!と言う鈍い音と――ドゥンと言う銃声が響いた。
イグレットもレイヴンに反応していたのだ。
「「ぐっ!」」
レイヴンは右肩、イグレットは顔に打撃を受けて同時に地に堕ちた。

美園は路地裏から姿を出していた。
流石に衝撃波の時には吹き飛びそうになったが、そこはグッと堪えた。
―「…貴方、近い内に大切な人が居なくなるわ。気をつけなさいね」
そんな言葉が脳裏をよぎった。
「夕馬…」
ケンカをしてるトコは見た事がある。
助けてもらった事もある。
だが、これはもう…喧嘩ではない。これはもう殺し合いだ。
「やめて…」
地上に降り、拳と銃で戦っている二人。
恐らく両者共に時間もないのだろう。
変身から4分弱が経っているせいか、間接の至る所が放電している。
「――もうやめて!!!!!!!」
美園が叫んだ。

その瞬間――

黒衣の女に貰ったヘアピンが七色の輝きを放った。

同時刻―芳田家。
―ガシャン
派手な音を立て割れるティーカップ。
雨音が何かを察知して、落としてしまったのだ。
「あぁ…そんな…」
音に気が付き、キッチンへと駆け寄る修也
「どうした!?ッ!――この感覚…!」
何かの異変に感づく修也。
「発動…してしまった…あの子の力が…」
ポロポロと涙を零し、床に座り込んでしまう雨音。
「私のせいで…私のせいであの子にも過酷な運命を強いてしまった…」
「雨音――」
肩を抱く修也。か細い肩が震えていた。
「…でも、泣いている訳にはいかない…私は母親」
パァンと顔を叩く雨音。
「母親なんだから――ッ」
グッと前を向き立ち上がった。もう震えは止まっていた。
「――美園。お前の母さんは強い人だよ」
修也もボソリと呟いた。

同時刻―敷浪町4丁目ビル屋上。
「あら?意外と早かったのね…」
屋上にはヘアピンを渡した黒衣の女が一人佇んでいた。
「過酷な運命の輪の中にようこそ――」
魔性の笑顔を浮かべている。
「――貴方の終わりが『バッドエンド』にならない事を祈っているわ」
バサバサとドレスの裾をはためかせている。


光は二人を包む。

―Release

変身が解除され、生身の体に戻る。
緋色の目も元の色に戻ってしまっている。
「「なっ!?」」
二人は同時に動きを止める。
光が話し掛けてくる
『はい!けんかするのはいけないとおもいます!きょくちょーも言ってました!けんかはこぶしでするもんだ!って言ってました!』
幼い喋り方…4歳か5歳くらいだろうか。
『れーかはこぶしってなにかわからないけど!』
そう言って光は消えた。
「これは…?異能…?」
秋華が不思議そうな顔で美園を見ている。
当の美園はと言うと、軽く眩暈を起こしその場に座ってしまっている。
「秋華ちゃん…止まった?二人は止まった…?」
秋華に気だるそうに尋ねる。
ふと二人の様子を見てみると、さっきまでの殺し合いの雰囲気では無くなっている。
「んー。一応大丈夫みたいよ」
美園の方を向き「殺し合いはもう終わったみたい」と無邪気に笑っていた。

殺し合いは終わった。
だが、喧嘩は続行するようだ。

「なんのつもりであんな残酷な真似をしたのか教えて貰おうか…?」
ツカツカと白コートに歩み寄る夕馬。
「残酷?奴等にはあの程度では生温い!」
向かってきた夕馬の腹部に右ストレートが炸裂する。
「ぐおっ…あの程度もその程度も…弱ってるヤツをいたぶるのが男のする事か!?」
白コートのアゴに掌底を叩き込む
「ぐっ…男だとか、なんだとか…君は失った事が無いから分からないんだ!俺の気持ちなんか分からないんだ!」
ローキックが右腿を襲う。
「お前の気持ちだ…?んなもん…わかんねーよ!」
ローキックを右足でガードし前蹴りで距離を取る夕馬。
「クッ…君には想像も出来ないだろうね。
 …目の前で愛する人が犯され、殺されていくのをただ見ている事しか出来なかった男の気持ちなんてな!!!」
ダッと駆け出し、右ストレートが夕馬の顔面を捉える。
避けずに、顔で受け止める夕馬。
「わかんねーな…。わかりたくもねーな…」
ギリギリと拳を添えられたまま、押し返すように正面を向く夕馬。
「そんなご機嫌な理論はわかりたくもねぇな…!」
顔面に添えられていた右腕を掴む。
「なっ…」
ギリギリと締め付けられ、言葉を詰まらせる白コートの男。
「やられたから…。アイスルヒトを目の前でやられたから…。だからいたぶっていいだなんて理論…わかりたくもないね!」
怒りに震えた目で白コートの男を睨み付ける。

「この大馬鹿野郎がッ――!!!」

ドゴン――

物凄い重さの拳が白コートの男の顔面にヒットし1メートル近く吹っ飛んだ。

「そんなことをその人が望んだと言うのか!?俺はお前の女の事なんか知らねぇ!
 だが、だからって人を傷つける様な事を望むようなヤツが何処にいる!!馬鹿かテメーは!!!」
夕馬が怒鳴る。
「――ッ!」
ビッと白コートを指差す夕馬。
「第一なぁ!俺らは力を持っちまったんだ!不本意ながら戦う力を持っちまったんだ!
 だったら“自分と同じ境遇の人間を作らないようにする”ってのが男だろうが!!」
歩み寄りながら続ける夕馬
「僕は可哀相だから許されるだとか勘違いしてんじゃねーぞ!
 不幸な境遇かもしれない!辛いかもしれない!だから…だからこそ前を向けよ!」
胸倉を掴み白コートを立たせる。
「そんな事…、そんな事わかっている!」
「だったらくだらない事で喚いてんじゃねぇよ!」
―ガッ
二人の顔に拳が炸裂した。
「馬鹿野郎がッ――」
「――うるさい!」
ドサッと同時にその場に倒れる二人。
「むはー。青春だねぇ…」
と懐から携帯電話を取り出し、恵一に電話を掛ける秋華。
「―あ、もしもしケイさん?大至急こっちきてくんない?
 青春馬鹿が二人と健気な巨乳が一人倒れちった。うん、四丁目。よろしく~」
パタンと携帯を閉じ、シゲシゲと夕馬を見る。
「やっぱし、この人なら大丈夫だ」
満足そうににんまりと秋華は笑った。
10分ほど待っていると、恵一と修也が血相を変えて走ってきた。

「…なんでテメーもいるんだよ。この冷血バカ」
ふーっと煙を吐きながら隣に居る男に向かって言う夕馬。
「…それは僕のセリフだな。なんで君みたいなのと一緒に居なきゃいけないんだ?この熱血バカ」
同じく煙を吐きながら夕馬に吐き捨てる白コートの男…今は白コートではなく、入院着だが。
「んだと!?」
「文句があるのかい?」
売り言葉に買い言葉。またも喧嘩に発展しそうになる二人。
「いい加減におし!」
ビシッとカルテで二人の頭を叩くのは、芹沢瑠璃である。
「いいかいあんた達。ここのルールを教えてあげよう。入院中は喧嘩禁止だ!
 喧嘩するようなら素っ裸で病院の外に放り出すわよ!?」
いい角度で入ったのか二人とも頭を抑えている。
「ったく…。怪我人とは思えない元気さだね、二人して!」
と言い残してその場を立ち去る瑠璃。
「瑠璃さんは怒らせるとコエーからな…。冷血バカの相手なんかしてたらいつかストリーキングさせられちまう…」
とタバコを灰皿に投げ捨て、喫煙所を後にしようとする夕馬。
「海人だ」
背後から声を掛けられる。
「古賀 海人だ。よろしくだなんて言うつもりは無いが、バカに馬鹿と言われるのは気分が悪い」
頭をさすりながら白コート…海人が言った。
「ふん…落合 夕馬だ」
右手をひらひらと動かし立ち去る夕馬。
「落合…この借りは必ず返す…」
海人は憑き物が落ちたかのように、真っ直ぐ空を見る。

美園は割れたヘアピンを病院の屋上でじっと見つめていた。
『このヘアピンから…光が溢れた。そしたら二人の変身が解除された…』
ぎゅっとヘアピンを握りこむ。
『あれ以来何も起きない…。なんなんだろう?私の体…』
言いようの無い不安が美園を襲っていた。
「お、いたいた…」
軽い声が後から聞こえた。
よう。と手を上げ夕馬が歩み寄ってきた。
「ご心配をお掛けしました」
頭を下げる夕馬。
「べ…別に心配なんかしてないよ!バーカ!」
照れ隠しで言ってみるがどうにも顔がニヤけてしまう。
『どんな体でもいい…コイツが無事なら…それでいい!』
「ん。元気そうだな。よかった。…さみーから中入ろうぜ」
と手を差し伸べてくる夕馬。
「うん」とその手を握る美園。
今日の天気は曇りだが、いつの間にか美園の心は晴れていた。



次回予告
―決心をする少女
「僕が出来る事をしっかりやろうと思う!もう逃げないよ」
―ひと時の安息
「…無能だらけですね。」
―そして迫る影。

次回【休息】

「ほぅ…アタシに向かっていってるのかい?」
「ハァ…ハァ…」
何かに追われる様に走る2人の影。
「もう…無理…」
一人、女の声が、限界を告げる。
「ここまで来たんだ!諦めるな!!」
もう一方の影が手を掴む。
男女の二人組が路地に入る。
「居たぞ!捕まえろッ!」
別の男の声が遠くから聞こえて来る。
「絶対…」
「…絶命?」

第3話 【理由】

あの日から。改造されてから3日。
生まれ変わってから、3日が経った。
最初こそ戸惑いもしたが、3日も経てば力の使い方も理解し始めていた。
「よし、と」
当分はBarも休業すると修也から連絡があったのが昨日。
行く必要はないのだが、晩飯を入れてもらったタッパーを返却しに、芳田家に向かう事にした。
ふと、腕時計に目をやる。
「この時間なら喫茶店を閉める時間くらいには着くか」
時計の針は16時半を刺していた。


敷浪町は、大きく分けて3つに分かれている。
1丁目から3丁目を「表」と呼び、4丁目から6丁目を「裏」と呼んだ。
「表」はその名の通り、表である。
大手チェーン店が立ち並び、居酒屋、ファミレス、ファーストフード店…
普通の人が歩き回っていても何の問題もない区画。
「裏」は敷浪の下半身の事情を賄う地区。
風俗店、個人経営のバー、キャバクラ、ホストクラブなど、夜になると賑わい出す区画である。
そして最後の区画。
7丁目から9丁目の事を「闇」と呼ぶ。
金さえ積めば核爆弾だろうが、麻薬だろうがなんでも手に入る一番物騒な区画。
夕馬が住んでいるのは敷浪町7丁目。所謂「闇」地区である。
とは言うものの、7丁目と6丁目の境に住んでいるので「闇」区画の現在の事情は何も理解していない。そもそも興味が無いのだろう。
大体人間誰しも、物騒だと言われているところに飛び込むはずがない。
そんな稀有な人間は、切羽詰っているか、何かから逃げているかのどっちかだ。

「居たぞ!捕まえろ!」
夕馬が部屋の鍵を閉めてると、背後から怒声が聴こえた。
2人が先行し、それを追うのが2人。
随分と盛大な鬼ごっこだ。
追われているのは、チェックのスカートにブレザーを着た少女。
それと、ブルーのパーカーにジーンズの男。
追っているのは、黒服にサングラスと言った、いかにもな男達。
ヤクザに金を借りる方が悪い。
「大方、妹でも売ろうとして怖くなって逃げたんだろうな」
と溜息混じりに、冷静な判断を夕馬は下した。
「ま、首突っ込む必要もないだろ」
そのまま部屋の鍵を閉め、芳田家に向かおうとしたその時。
-パシュッ!パシュッ!
その音を聞いて夕馬の顔色が変わった。
普通の人間にはまず聞こえなかったであろう音。
-パシュッ!パシュッ!
合計4回の音。
改造され、聴覚が鋭敏になっている夕馬には簡単に察知できた。
考えるよりも先に、夕馬は黒服の男達を追いかけていた。


無法地帯とは言え、ルールは存在する。
法律は通用しないが、ルールは存在する。
至ってシンプルなルールが。

「やっと追い詰めた…。さぁ、さっさと戻るんだ」
黒服のリーダーらしき男が、2人組に詰め寄る。
敷浪町8丁目の路地裏。つまりは「闇」のど真ん中。
助けを呼ぶだけ無駄である。
雰囲気で察したのか、覚悟を決めたのか、はたまた何も考えていないのか。
2人組は声一つ上げずに、黒服を睨み付けている。
「僕達を殺す事なんてできないでしょう!?」
パーカーの男が少女を庇うように前に出て、黒服に言った。
「僕達を殺したら、アレは完成できないですよ!?」
だが、黒服の男はニヤニヤと笑いながら黒い塊を男に向けた。
「だから今は、殺されないと?確かに君らは優秀だ。だが…」
―パシュッ!
黒い塊から放たれたのは鉛の弾。
サイレンサーで音は消してあるが、ソレは拳銃であった。
「何も、怪我一つ無く連れて来いって言う命令はうけてないんでね」
放たれた鉛弾はパーカーの男の右肩を掠めた。
「グッ…!」
右肩を抑え屈み込んでしまうパーカーの男。
「ケイさん!!――何てことするんですか!!」
今度は少女の方が男を庇う様に前に出る。
「痛めつけられようとなんだろうと、僕はあんた達についていかないよ!」
キッと睨み付けるが、恐怖で足が震え顔は青ざめている。
「お嬢さんの意思は関係ないんだ。これもオジさんの仕事でねぇ」
黒服の男が今度は銃口を少女に向ける。
「はい、そこまで」
いつの間にか黒服の背後に夕馬が立っていた。
「おっさん。あんた「闇」のルール知らないのか?」
タバコを燻らせ、悠々と歩いて黒服に近寄る。
「なんだお前は!?…なんでここに居る!?見張りはどうした!?」
「あっちでゆっくり眠ってるよ」
くいっと顎を上げる夕馬。
「そんなコトよりだ、おっさん」
ふぅ…と煙を吐き出しタバコを地面に擦り付ける。
「ここの、「闇」地区のルール…知らねぇのか?」
黒服の腕を掴み、捻り上げる。
「玩具は使用禁止だ。それくらいのルール知っておけ」
ギリッと捻り上げられ、銃を地面に落とす黒服。
「お前…ッ!」
顔を見てぎょっとする黒服。
夕馬の目が赤いのだ。
白目が赤いのでは無く、黒目の部分が真っ赤になっているのだ。
「まさかお前も…お前も改造人間か!!」
そう言うとサングラスを外す黒服。
その目も、やはり真っ赤であった。
捻り上げていた腕はあっさりと振り解かれ、2人組のコト等忘れたかのように、夕馬を見る黒服。
「その背格好…?お前が例の「第参世代型」か」
上着を脱ぎ捨て向かい合う黒服。
「お前とそこの二人を連れて帰れば、俺の昇進は間違いないな!」
カッと目を見開き、気合を入れる黒服。
すると、背中から腕が4本生えてきた。
みるみる内に、体が変化していく黒服。
「第弐世代型改造人間、S型『スパイダー』」
その名の通り手足合わせて、8本の異形に黒風は変わり果てた。
「…改造人間!?てめぇ、芦田の関係者か!」
素の姿では太刀打ちできない事を本能で理解したのか、躊躇無く懐から、先日と同じくドライバーを取り出し、腰に装着する。
もっとも何をするでも夕馬に躊躇いなどあった例は無いのだけど。

―realization

「こっちの質問に答えて貰うぜ!変身!!」

-transformation

光に包まれるとそこには、3日前に修也と激闘を繰り広げた漆黒の異形の戦士が立っていた。


黒いメットに黒い装甲。
腰にはドライバーが変形したベルト。
それ以外の武装は全く無い。
どこか未完成な雰囲気の漂うその姿に少女は違和感を覚えていた。
「あれが参世代型…?なんか…変」
傍らで脂汗を出して蹲っている男よりも参世代型に意識を持っていかれている。
「アレじゃ弐世代型の方が完成されているなぁ。それに…」
やや、ぼうっとして異形の二人を見つめている。
「くっそ、いてぇ…。あれ…?改造人間同士?でもありゃ…」
右肩を血で赤く染めたブルーのパーカーの男も二人を見る。
やはり感じる違和感。
「「動きが…ぎこちない?」」
息がぴったりなのは良く分かる二人だ。

右を避けてもさらに右がくる。
左を避けてもさらに左がくる。
夕馬の予想以上に6本腕と言うのは戦いにくい。
それ以上に反応速度が遅く思うように動けていない。
もしかすると変身前の方が動きがいいかもしれない。
お陰でいい様に攻撃を食らっている。
「対した事無いな!所詮は出来損ないの参世代型か!」
蜘蛛型のマスクで覆われている為表情は分からない。だが、恐らくは笑っているのだろう。
「うるせぇよこの蜘蛛野郎。今から本気だッ!」
ドンッと地面を蹴り一気に加速し、右拳に力を込める。
だが…
その渾身の一撃さえもヒラリとかわされ、カウンターを腹に食らってしまう夕馬。
「が…は…」

―Release

黒い装甲は解除され、生身になってしまった。

「フハ…フハハハハハ!!!惨めだな!第参世代!こんな出来損ない連れて帰るに値しない!ここで殺してくれよう!」
右上の腕が鋭利な刃物に変質し、夕馬に突き刺さるその瞬間。

―バシュッ!バシュッ!

はるか上空からの銃撃で、スパイダーの右上の腕が吹き飛んだ。
「グッ!上空…!?まさかType-Eか!?手を組んでいたとは…!」
変身を解除し、上空を見ながらスパイダーは後退した。
「次会った時が貴様等の命日だ!覚えておけ!!」
そう言い捨て、スパイダーは後退した。
「助かった…のか?」
腹を抑えながら起き上がる夕馬。
「よう、同類」
どこからともなく声が聞こえる。
「あんな情けない改造人間にやられたとあっちゃ、俺の名も堕ちてしまう。みっともない真似は晒さないでくれよ?」
何処からともなくと言うよりは、夕馬にしか聞こえていない。
「どしたんですか?」
少女が不思議そうに夕馬を見つめている。
「いや、なんでもない」
空を見上げ、バツが悪そうな顔をしていた。

追われていたのがヤクザではなく、芦田の手の者だったせいもあり、
夕馬は二人をHeven's Doorに連れて行くことにした。
少女の方は「鈴峰 秋華」年齢は16歳。
男の方は「今野 恵一」年齢は23歳。
どうやら兄妹では無く、ワケアリの二人のようだ。
それ以上のコトは店に着いてから聞こう。と、とりあえず名前だけを聞いた。

「ちわーっす」
カランカランと入り口のカウベルを鳴らし喫茶店営業の閉め作業をしているHeven's Doorに入る3人。
「あら、夕君。いらっしゃい。…その方々は?」
雨音はいち早く二人に気がつき目をやる。
「細かい説明は…後でします。マスターいますか?」
「あの人なら奥で瑠璃ちゃんと話してるわよ。呼ぼうか?」
「お願いします」
と申し訳なさそうにうなだれる夕馬。
「元気だしなさい男の子」
そう言いながら雨音は、奥に修也達を呼びに行った。

喫茶店はクローズの看板が掛かっている。
だが店内にはコーヒーの匂いと紅茶の匂いが充満している。
恵一の腕の怪我はたまたま食事に来ていた瑠璃が見てくれた。
渡りに船とはこの事だ。
幸いにして掠めただけだったので簡単な消毒と治療ですんだ。
「さて、と」
修也が自分のコーヒーカップを置き、夕馬に目を向けた。
「で?何があった?」
静かな、落ち着いた口調で夕馬に説明を求める。
「はい、実は…」
さっき起きた事を全て話した。
追われてた二人のコト。
蜘蛛型改造人間のコト。
そして、敗北のコト。

全てを話し終わった時に手にしていたココアを置いて秋華が立ち上がった。
「あの、えと、改めまして!」
一斉に秋華に視線が集まる。
えへへとはにかむ秋華。
「はじめまして!」
キョトンとする一同。
恵一さえもキョトンとしてる。
「鈴峰 秋華です!」
いきなりの自己紹介。
一瞬場の空気が凍った。
「バカッ!どう考えてもそんな空気じゃないでしょう!?」
焦って恵一が立ち上がり、秋華を座らせる。
「プッ…アハハハハハハハ」
瑠璃が盛大に笑い出した。
「いいねぇ!いいねぇ!ぷははっ、初めまして、芹沢 瑠璃だよ」
秋華に右手を差し出し、握手を求める瑠璃。
それをやはりはにかみながら握る秋華。
ちょっと機嫌が悪そうな美園。
「まぁ、自己紹介は重要だな。うん」
修也が続けて自己紹介をし、それに続けて雨音、美園、夕馬と続けた。
「今野 恵一です。ハーバード大学でロボット工学を専攻してました」
「あ、僕もだよ!」
突然話に割り込む秋華。
「でね。夕馬君だっけ?君の持ってるドライバーを見せて欲しいんだ!」
目をキラキラさせながら、夕馬に顔を近付ける秋華。
ムッとした顔をする美園。
呆然と立ち尽くす恵一。
だが、慣れたものですぐに切り替え秋華に向き直った。
「アキ!今は僕が話してるんだよ?そのことについては後回しだよ!後回し!まずは皆さんに説明しなきゃいけないことがあるだろう!?」
「はうっ!ケイさんが怒った!なんだいつも通りだ!」
飄々としている秋華。
定例の流れなのだろう。
「失礼しました。僕達はハーバード大学でロボット工学を専攻してました。そこの…超天才の元で、あるロボットを開発してたのです」
「あるロボット…?」
怪訝な顔で恵一を見る夕馬と美園。
一度座り、紅茶を一口飲み、恵一は続けた。
「はい、災害用救難ロボット、通称『ブルーバード』という物です」
恵一は鞄からなにやら資料を取り出し、テーブルに置いた。
その資料には青い鳥の様なシルエットをしたロボット、と言うよりも飛行機に近いモノが写真で載っている。
「『ブルーバード』は人間では立ち入れない、人間では探しきれない場所の救助に向かう為、人工知能を搭載しています。
 その人工知能は自分で判断し、自分で行動すると言う完全自立型のAIでして…」
また紅茶を一口飲む恵一。
「ふむ…聞いた事があるな。そのスタッフが失踪してしまった。と言うニュースでだけれども、ね」
厳しい目で恵一と秋華を見る修也と雨音。
「…はい。貴方達の思っている通りだと思います。僕達二人は…Dr.芦田の元、グランツに居ました」

―『グランツ』
主に日本で活動している謎の超武装集団。
正義を掲げる訳でもなく、思想を声高に叫ぶ訳でもなく。
ただ、破壊を続けるテロ組織。
新富(しんとみ)ビル爆破事件や、枷谷(かせや)駅爆破事件等
悪質な破壊行為を行う集団。
だが、報道は一部制限がされていると言う謎が多い組織である。

「薄々はそうじゃないか、と思っていたが…。芦田は『グランツ』のメンバーだったか…」
全てに納得がいったかのように修也がタバコに火をつけた。
「はい。Dr.芦田は…あの男はグランツの主要メンバーでした。
 何が原因かはよく知らないのですが、何かが原因でそのポストを下ろされ…戻ろうと躍起になっていました」
伏目がちに恵一が続ける。
「そこであの男が目に付けたのが我々の研究していた…」
「ブルーバードだったんだ!」
ココアをテーブルに置いて秋華が続けた。
「ブルーバードは平和の為に、皆が笑える為に作ったモノだったのに…芦田は軍事利用しようとしていた。
 だから嫌になっちゃって僕はあそこを飛び出したんだ…!」
ぐっと力を込め、震えている。相当悔しいのだろう。
その目を見て、その表情を見て、信じるに値する。とその場に居た誰もが判断した。

芳田家の地下の部屋が空いてるらしく、恵一と秋華は、そこに匿ってもらう事になった。
匿うと言うよりも、その部屋を好きに使っていいと言われていた。
恵一はともかく、秋華はまだ10代の女の子なので、雨音が上の部屋を一室あけてくれた。
当の秋華は殆ど気にしていなかったが…。
瑠璃は「いつでも診療所に遊びにおいでなさい」と言い、ニッと笑うと診療所に戻っていった。
そして地下室には、夕馬・美園・恵一・秋華の四人がそれぞれ机や椅子に腰掛けていた。
夕馬はタバコを吸いながら、美園と恵一は紅茶、秋華は何だか変なゴーグルを頭に乗っけてココアを飲んでいる。
「凄く不思議なことがあるんだよ」
静寂を破ったのは、秋華。だが、当の本人は、ふーふーと手に持ったココアに息を吹きかけていた。どうやら熱いらしい。
「不思議なこと?」
秋華を見やりながら、タバコを燻らせる夕馬。
「うん。そのアイ君が持ってるドライバー」
どうやら、落合だからアイ君らしい。
「ちょ、アイ君って…!馴れ馴れしくない!?」
過剰に反応する美園とは違い、特に抵抗無く受け入れている夕馬。
「そんな反応するトコか?…まぁ、いいや。で、このドライバー?って言うのか?この装置の何が不思議なんだ?」
「うん。その装置なんだけど…めんどうだからレイヴンドライバーって名付けるね!」
物凄くマイペースだ。
無視され、相手にされない美園は少しいじけている風もあったが、ぐっと持ち直す。
「不思議って…まぁ、変身するんだもん。不思議だよ」
「う~ん、弐世代型も変身するから、参世代型が変身するのは不思議じゃないんだけど。
 なんて言うんだろう…無理矢理抑えられてるって感じがするんだよね…」
全く付いていけなくなってきている美園。
「無理矢理抑えられている?」
「うん。むりやり」
鼻の頭をポリポリかきながら考えている。
その様子を見て夕馬は『リスみたいだなぁ…』と変な感想を持った。
「変身って強くなる為にするんでしょ?それを無理矢理抑え付けるってのはないんじゃないかなぁ?」
紅茶を一口飲み、喉の渇きを潤し、気を入れなおし食い付く美園。
必死である。
「そうなんだよねぇ…。何かおかしいんだよねぇ…」
今度は自分のこめかみを親指でグリグリと押している。
その様子から『リスって言うか…小動物か?』と考えを改める夕馬。どうでもいい。
「一度見せてもらうってのはどうでしょうか?」
奥で鞄から何やら色々と取り出している恵一が、話に入ってきた。
「僕も、芦田博士の研究成果には興味があります。なんだかんだ言っても研究者ですからね。僕も、アキも」
と、パソコンの様なモノをテーブルの上に置き、恵一がいった。
「うん。だからレイヴンドライバー見せて!」
また目をキラキラさせている。忙しい子だ。
「その前に一ついいか?」
タバコの火を消し、携帯用灰皿に吸殻を捨てて、夕馬が秋華に向き直った。
「レイヴンってなんだ?」
「真っ黒かったから鴉みたいでしょ?だからレイヴン!カッコいい名前じゃん!」
「あ、そう…ならいいや」
「え!?受け入れちゃうの!?」
もはや美園は只の突っ込み役に成り下がっている。
ヒロインです。一応。
夕馬は懐からレイヴンドライバーを取り出し、秋華の前に滑らせた。
「好きに見てくれて構わない。別にそんな大事なもんじゃないしな」
秋華は顔をぱぁっと輝かせ、レイヴンドライバーをシゲシゲと見つめている。
「ケイさん!僕のバイザーとツール取って!」
「アキ…その頭に乗っかってるのはバイザーじゃないのか?」
「うにっ。そうだった!ツールは?」
「右手に持ってるのは?ツールじゃないのかい?」
「むお!いつの間に…!?まさかこの部屋には妖精が!?」
いつの間にでは無く、最初から持っていた。
「では、気を取り直して…」
レイヴンツールを手元に持っていき、ゴーグルのスイッチを入れる。
―ヴンと言う音と共にゴーグルが起動する。
「アレは、アキが開発した超高性能デバイスとツールなんですよ」
不思議そうな目で見ている美園と夕馬に恵一が小声で言った。
「大抵の機械はアレで解析できてしまいます」
さらっと言っているが、それはとんでもない技術の塊である事が、素人である夕馬と美園にも理解できた。
「ふにー。ケイさん!これ見て!凄いよ!」
ドライバーからは目を逸らさず、恵一を呼ぶ。
「どれ…」
とさっき置いたパソコンを見る。どうやらゴーグルと同期しているようだ。
「っ!?コレは…!凄いもんだな…」
解析結果が、続々とコンピューターのモニターに流れてきている。
「ナノサイズまで圧縮しているのかなぁ…これ自体がナノマシンの塊って事なのかな?」
「どうでしょう…。中まで見ないとわからないですね。でも、これは凄いですよ」
もはや話に付いて行くとか、付いていかないとかのレベルではなく。
人間の言葉じゃないんじゃないか?と言う感想を持っている美園と夕馬。
「アイ君、これ…」
「あー、オレにはさっぱりわかんねぇから、好きにしていいよ。壊したって構わないんだからな」
ひらひらと手を振って階段を上る夕馬
「終わったら呼んでくれ、俺はちょいとマスターと話してくる」
「私もいく!」
美園も夕馬の後を、その場から逃げるかのようについていった。

2時間くらいして恵一が上にあがってきた。
思いのほか解析に手間取っているらしく、疲労が見えた。
「物凄いテクノロジーの塊ですよ。装甲をナノサイズまで圧縮して、装着者の遺伝子情報とナノマシン情報で圧縮を解除してるみたいで…」
説明をしてくれてるのはわかるのだが、夕馬も修也もなんの事だかさっぱりわからないと言った顔をしている。
「とにかく、もう少し時間は掛かるみたいですね…」
説明しても無駄だと察したのか、恵一は飲み終わったティーカップを下げると、また地下室に戻っていった。

「わかったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
と、地下室から大声が聞こえたのは、およそ地下室に篭って4時間が経った頃だった。
もう外は暗くなり、日を跨ごうとしている時間だった。
寝る準備をしていた美園は、パジャマ姿で下りて来た。
「な、何!?」
ピンクのチェックのパジャマ。18歳にしては少々子供っぽい感じがするが、ふくよかな胸のせいで変に色気があった。
「これは、これで…なかなか…」
夕馬がシゲシゲと見ていると、修也が「殺すぞ?」と笑顔で囁いてきた。
「ハハ…」
と引きつった笑顔をした頃に、秋華がリビングに駆け込んできた。
「わかったよ!あれ!凄い!封印されてるんだ!封印が!うおー!これは凄い!ぬはー」
興奮していて、何を言ってるのか全くわからない。
「ぬおっ!ソノちゃんは隠れ巨乳か!パジャマがエロい!」
ぐっと親指を立てている秋華。その気持ちには、夕馬も同意せざるを得なかった。
その仕草で、やっと自分がパジャマ姿な事を思い出し、顔を真っ赤にして上着を羽織る美園。
「ちょっと興奮しすぎですよ…解析が終わりました」
恵一は冷静に、解析結果の紙を夕馬と修也の前に置いた。
「うな!私はそんなにソノちゃんのパジャマに興奮してたのか!?」
会話の流れが全く掴めていない様だった。
そんな秋華に恵一は「そうじゃないでしょう?」と冷静にとツッコンでいた。
「人が増えると賑やかね。ちょっとうるさいけど」
風呂あがりの雨音もリビングに入ってきた。
「解析の結果。あの装置…レイヴンドライバーには意図的に封印されている箇所がありました。
 両腕と駆動系は出力が75%までカットされています」
自分の胸と美園の胸を見比べ肩を落として「神様は不公平だ」と呟いている秋華を尻目に、恵一は説明を続けた。
「駆動系と右腕の解除はできそうですが…左腕の方は、明らかにチップが足りないんです」
申し訳無さそうに頭をかく恵一。
「そこの解除はできるんだな?」
夕馬はコーヒーを啜り、恵一に向き直った。
「はい、可能です。ですが…」
言い難そうに視線を秋華に移す恵一。
「封印の解除をすると、アイ君にかかる負担は今の比じゃないよ?」
いきなり真面目モードに入る秋華。
「細かく言うと長いから簡単に言うけど、体の至るトコに痛みが走ると思う。Gに耐える訓練もしてないから、結構くると思うよ?
 多分その為の封印なんだと思う」
一瞬の沈黙。
「構わない」
ドサッとソファに身を沈め、夕馬は決心を決めた。
「なるようになるさ。なるようにならなかったら、なるようにする」
ふぅ…と溜息をつく修也。
「いいの?体がボロボロになるかもしれないんだよ?死んじゃうかもしれないんだよ?そこまでする理由はなんなの?」
秋華が意外そうにたずねる。
ここまで言われれば、封印の解除は諦めると踏んでいたのだろう。
「そんなの簡単だ。第一、理由が必要なのかよ」
ふぅ…とため息をつき、夕馬は秋華に向き合った。
「体がボロボロになっちまったら?そんなの、なった時にどうすればいいか考えればいい。
 死んじゃうかも知れない?上等だ。オレはただじゃ死なない」
「…」
押し黙る秋華。夕馬は美園が辛そうにしている事に気がつかない。
「オレは皆が笑えればそれでいい。欲張りなんでね…目に止まる人じゃなく、全員が笑ってなきゃ気がすまないんだよ」
ニッっと無邪気な笑顔を見せ、親指を突き立てる夕馬。
その笑顔、その仕草に、秋華は一つの決心を決める。



次回予告
―開放される力
「これで…終わりだッ!!!」
―向き合う二人の戦士
「気があうな。オレも気に食わないと思ってたよ」
―運命の歯車は動き出す。

次回【光陰】

「この大馬鹿野郎がッ――!!!」
研究所―跡地。もはや建物があるだけで人の気配は全く無い。
深夜と言うには朝に近く。早朝と言うには夜に近い。
東雲刻…。
ガコンと盛大に音を立て白い戦士が瓦礫の中から飛び出てきた。
「派手にやってくれたもんだ。だが、これで動きやすくなったか」
白い戦士は建物を一瞥し敷浪町に向かって飛び立った。
「桐江…すぐ戻るよ」
バイザー越しでうっすらとしか分からないが、その目は悲しみに満ちていた。

第2話 【激動】

白い戦士が飛び立つ3時間程前。向かい合っている男と異形の戦士。
男の名は芳田修也。
異形の戦士の名は…落合夕馬。正確には「恐らく落合夕馬であろう者」
声や背格好は夕馬であるのだが、目に精気が無い。その目も今やバイザーの向こう側でよく見えないのだが…
「やれ!Type-R!その男を無残な肉塊に変えてみせろ!」
異形の戦士の向こう側にいるヨレヨレの白衣を着ている男。芦田 雄介が叫んだ。
「イエス マスタ…」
「お前にとってのマスターは俺だけだろうがッ!」
そう吼えながらマスター…修也は距離を縮めた。言葉遣いが落ち着いた紳士のソレとは、かけ離れている。
疲弊しているのは明らかだった。それもその筈。
もうかれこれ20分以上、一撃で体が消し飛ぶレベルの攻撃を避け続けているのだ。
風圧でやられたのだろうか、修也の体にはいくつも擦り傷が出来ていた。
「いい加減目を覚ませッ!夕馬ッ!!!」
初めて攻撃に転じた。右の肘鉄は、異形の戦士の顔を確実に捉えた。だが。

―ブオン

確実に捉えたはずの肘は空を切った。それと同時に異形の戦士の右拳が襲ってくる。
同じくブオンと音を立て右拳も空を切った。修也に攻撃は当たらない。
「くそ…このままじゃ永遠に続いてしまう…。」
なんとかしなければ…。
「Dr。もうそろそろですが」
芦田の隣に居る女が耳打ちをした。紺城 サユリ、芦田の助手兼サンプル回収係をしている女性。
いつの間にか右手には試験管の様な物を握っていた。
「全く!Type-R!さっさとケリをつけろッ!!」
何かに追われる様に、何かに焦る様に芦田が異形の戦士に命令した。
「いエす まスター」
何かがおかしい…。動きが段々と鈍くなっているのだ。異形の戦士の動きがつい先程と今とでは随分と差がある。
よくよく見れば間接部分からは微かに放電もしている。
「ここで賭けるしか…ないな。」
そう言うと修也は脚を止め、右拳に力を込めた。脚を止めた瞬間を、異形の戦士が見逃すわけが無かった。
一気に終わらせる気なのであろう。異形の戦士もまた、右拳に力を溜め。真正面から突っ込んできた。
「頼む…!大河ッ!國靖ッ!力を貸せェェェェェェェェェッ!!!」
修也の右腕が黄金に光った。

一閃。

異形の戦士の全力の右拳に交差法での一撃。かつての宿敵が愛用していた技。今はいない親友が愛用していた技。極限まで力を溜めた右拳。
それは「唯我独尊」を決め込み「神を殴る」一撃。
「ぐはっ…」
その拳は異形の戦士の装甲を突き破り腹に深々と突き刺さった。
「元に…戻れぇっ!!!!」
金色の光が異形の戦士を包んだ。
「何!?」
「くっ!」
眩い光は拳と踏み込みでクレーターだらけになった元研究所を包んだ。そして数十秒の後
光が消えた後そこに居たのは、間違いなく夕馬だった。
「マスター…すんま…せん」
どさっと音を立て崩れ落ちた。
「ひゃはははは!まぁいい…私は確実にあの場に行くのだからな!」
人に戻った夕馬を一瞥し芦田は高らかに笑った。
「そのガラクタはもう用済みだ。そのサンプルの血液に、さらに君の血液を手に入れる事が出来たのだからな。
 しかし、実験体とは言え止めもさせんとは、データを修正する必要があるか」
 サユリから受け取った試験管を満足そうに眺めている。
「…鴫と同じだな。クズめ…」
怒りを隠そうともしていない。修也がこれほどまでに明確に、怒りをあらわにする事は有り得ないことであった。
「そのガラクタは君にくれてやろう。精々大事にするんだな」
そう言うと芦田は何かのボタンを懐から取り出し押した。
「逃がすかッ!」
 芦田を捕えようとした修也だったが。

―タァン

駆け寄ろうとした時にサユリの銃が火を吹いた。
「グッ…」
修也が右足を撃たれたのだ。
「ひゃはははははは!無様だな芳田修也!!最強の異能が聞いて呆れる!」
高らかに笑い何処から持ってきたのか、アタッシュケースを持ち上空から降りてきたヘリに乗り込んだ。
「さようならだ!芳田修也!サンプル君!そのツールはくれてやろう!そんな出来損ない私には必要ない!」
好きに使いたまえ。そう言い残し芦田は暗闇に消えていった。
「くっ…」
修也は飛び去っていくヘリを睨み付けていた。


「ここは…?」
見渡すと病院の様な雰囲気の部屋…。病院というよりも保健室の方がしっくりくるかもしれない。
「いてぇっ!いてぇよっ!」
ドアの外から男の声がする。
「うるさいわね!たかが銃弾が脚に当たっただけでしょ!?極道ならそんくらい我慢しなさい!」
物凄く乱暴な物言いの女の声がする。
「あぁ…芹沢診療所か」
敷浪町の裏の住人なら誰もが知っている診療所。浮浪者だろうと、極道だろうと表の病院に行けない人々の面倒を見てくれる診療所。
むくりと体を起こすとほぼ同時に、白衣を着た女性が入ってきた。
芹沢瑠璃。年齢不詳。恐らくは修也と同じくらいだとは思うのだが、夕馬と同じ年と言われても遜色は無いほどであった。
「ありゃ?もう動けるの?立派な体になったもんだねぇ」
ニカッと笑いタバコを差し出してくれる。
「ありがとう瑠璃さん…。俺の体…」
タバコを受け取り咥える。
「その話は別室でだね。ここは一応禁煙だからな」
じゃあなんで差し出したんだこの人は…と言う顔をしたのであろう。
「文句あんのかい?」
その顔はすぐに見破られた。

別室、と言っても隣の部屋に通された。部屋に入ると右足に包帯を巻いたマスター…修也が待っていた。
「もう起き上がれるのか?見事なもんだ」
と紫煙を燻らせている。普段は問診等に使われている部屋なのだろう。レントゲン写真を貼る為のものの様なボードがある。
「コーヒーでいいね。まぁ、コーヒーしかないんだけどね」
と瑠璃はコーヒーメイカーからコーヒーを注いで夕馬と修也に差し出した。
「さて、早速だが本題に入らせてもらうよ」
と何やら紙を二人の前に出した
「これは…?」
「…」
紙に目をやるとなんだかわからない記号やら数字やらが載っている。
「こいつは夕馬…アンタの血液を調べた結果だ」
とコーヒーを口に運ぶ。
「全ての数値が常人の5~6倍ある」
コーヒーを口に運びながら淡々と続ける。
「更には血液中に未知の成分が含まれていた。表の病院に連れて行かなくて正解だよ」
パサッと紙をテーブルに置き、
「これは人間の血液じゃない。あんた…何された?」
ショック…と言うよりも『あぁ…そうか』と言う感想しか抱いていないようだった。
「変な注射を打たれたよ。確かナノサイズのメカが何とかって言ってた」
現実を受け入れると人間…いや、もう人間ではないのだが、は冷静になるみたいだ。思いのほか夕馬は落ち着いていた。
「…なるほど。ナノマシンによる人体改造ってトコか」
ふぅ…と瑠璃はため息をつく。
「私はそういったコトの専門家じゃないから何とも言えないが…」
言葉を選ぶように続ける瑠璃。
「アンタの体の至るトコロにナノマシンってのが行き渡っているんだろうね。この結果を見ると」
またため息を付いて夕馬の目を見た。
「ま、大丈夫だとは思うよ、無理しなけりゃね。」
釘を刺すように言った。
「やっぱりお前に見せて正解だったよ。…さて、帰るか」
松葉杖を持って修也が立ち上がった。
「…無理するなってのが無理ですよ」
ぼそりと夕馬が呟いた。
「俺は知ってしまった。この敷浪町で、この国でこんなコトが起きているって事を知っちまった」
キッ、と目に力を入れて瑠璃を見返す。
「人体実験だとか。改造人間だとか、そんなコトは許されちゃいけないことでしょう!?そんなコトで泣くような人が居ちゃいけないんだ!」
ぐいっと瑠璃が夕馬の胸倉を掴む。
「だったらどうする?復讐でもするつもりかい?こんな体にしてッ!と恨みでもぶつけるつもりかい?だとしたらとんだお笑い種だよ!」
「俺は…俺が守るって決めた事を揺るがしたくないッ!!だから…戦うんだ!」
胸倉を掴まれたまま、夕馬は瑠璃に啖呵を切った。やれやれ、と頭を振る修也。
「こういう男だ。無理はさせんよ。第一、何と戦うのかも分からないのが現状だからな」
俺たちのようにはならないよ…と小さい声で修也が呟いた。
「300秒」
掴んでいた胸倉を離し、プイっとそっぽを向いて瑠璃が言った。
「300秒以上は体組織が持たない。全力を出せるのは300秒だけだ」
向こう側を見たままコーヒーを口に運ぶ。
「…ありがとう」
頭を下げ修也と夕馬の二人は部屋から出て行った。

-Bar Heven's Door-
夜は通常のバーとして営業し、昼は喫茶店として営業している。昼は美人親子が営業していると言うことで中々繁盛していた。
-カラン
入店を告げるカウベルがなると「いらっしゃいませ~!」と女性の声が聞こえる。
「あら、おかえり」
女性が…多分母親であろう女性が、入ってきた二人に向かって言った。
「パ、パパ!?どうしたの!?」
松葉杖で夕馬に連れられて入ってきた修也に、少女…と言っても十八前後の女の子が駆け寄ってきた。
「なんでもないよ美園。心配しなくてもいい」
くしゃと美園と呼ばれた少女の頭を撫でてカウンターに修也は座った。
「ふーん…美園。クローズの看板かけて」
修也の表情。夕馬の表情を見て入り口付近に居た美園に言った。美園は「はぁい」と返事をし、OPENのボードをひっくり返しCLOSEDに変えた。
「夕君も座りなさいな」
夕馬に座ることを促す女性。
芳田 雨音。修也の奥さんで美園の母親。新世界の始まりで終わり。
「コーヒーでいいかしら?修也は紅茶にする?」
「あ、ああ…」
若干上の空で応える修也。
「…で、結局なんだったの?凄い勢いで飛び出していったけど」
修也に紅茶、夕馬にコーヒーを出しながら雨音は続ける。
「なんでもないさ…心配かけてす…」
「なんでもなくはないわね。怪我して帰って来て、なんでもないはないんじゃないかな?」
追撃。良く見ると修也の額にはうっすらと汗が滲んでいる。
「夕君の顔色もいまいち優れない感じだし…何があったか全部話してくれないかな?」
さらに追撃。二人の背中は今や汗でぐっしょりと濡れている。
「そんな思いつめた顔してるのは"あの時”以来じゃないかしら?…何があったの?」
「やれやれ…」
そう呟いて少し頭を振り、
「君には何年経っても敵わないな…」
半ば諦めたような、決心したような面持ちで、修也はこの二日間の出来事を淡々と語った。最初はどうでも良さそうに聞いていた美園も、次第に真剣な面持ちに変わり。修也が話し終わる頃には目にうっすらと涙を浮かべていた。
「ふぅん…なるほど、ね」
雨音は、カチャッ、と自分のティーカップを置き、美園と夕馬の方に目を向けた。
「美園?夕君と上に行ってなさい」
笑顔が恐怖であり、一瞬鳥肌が立った。
「は、はい…」
美園もその言葉に従うしかなかった。
「それと…夕君」
 夕馬の目を真っ直ぐと見据えると雨音は、
「辛かったわね」
最後に一言だけそう言った。同情でもなく、哀れみでもなく、心からの優しさ。
思わず涙が零れそうになるのを必死で耐え、夕馬は頷く事しか出来なかった。
実の母親ともう一人の母親。
どちらも大切な母親だ。

Heven's Doorの二階は居住スペースになっている。勿論、芳田家が暮らす為にだ。
敷浪で自宅兼飲食店と言うのは土地的にも立地的にもかなり凄いことだ。
かといって凄くお金持ちか?と聞かれると「普通」としか言えなかった。
以前、なぜこんな大きな土地を持っているのか?と修也に聞いたことがある。
だが、「昔の友達に貰ったのさ」と、細かくは教えてくれなかった。
その居住スペースのリビング、美園はソファに、夕馬は椅子に座っていた。
「それにしても…凄いね」
ポツリと美園が零した。
「ん?…あぁ」
殆ど上の空で夕馬が受け応える。
「なんかさ、カイゾウニンゲンとか漫画とかテレビの話だと思ってたよ」
なるべく明るく勤めようとしているのが良く分かる。美園の優しさだろう。
「美園…オレは別に気にしちゃいないんだ。改造人間だか何だか知らないが、なっちまったもんはなっちまったで良いんだよ」
「まぁ…そだね」
「なっちまった事にウダウダ言ったって仕方ないんだよな。きっとどうにかなるし、どうにかならなかったらどうにかする」
「どうにかって…」
別に悲壮的になっているわけでもなく、開き直って受け入れているわけでもない。落合夕馬と言う男はこういう男なんだ。と再認識させてくれた。
「そんなコトよりもさ、雨音さんはスゲーよな」
自分の体のコトをそんなコト呼ばわりだ。
「そんなことって…ったく。ママの何が凄いのよ?」
半ばと言うよりも殆ど呆れて美園は、1/4位残っているペットボトルのジュースを飲んだ。
「いや、料理とかスゲーなぁっ、て思ったんだよ」
「…は?」
確かに雨音は昔から料理は得意だった。なんせ男二人を食わせていたんだから、上手くもなるはずだ。
「こないださ、マスターに分けて貰ったんだよ。ロールキャベツ…一昨日、いや3日前か」
「ぶっ」
口に含んでいたジュースを吹きそうになる美園。心なしか顔が赤らんでいる。
「どした?」
「な、なんでもない」
美園の様子に気にもしないで、夕馬は続ける。
「流石だよなぁ…「マスターの嫁さん!」って感じだし、あのロールキャベツはマジ絶品だったわ」
夕馬はロールキャベツをべた褒めする。そのべた褒めを聞く度に赤くなる美園。
それもそのはずである。3日前のロールキャベツは美園が作ったのだ。
「そ、その内また、食べられるんじゃないかなぁ…」
蚊の鳴くような声で美園は呟いた。
「ん?どうした…?お、お前顔真っ赤だぞ!熱でもあるんじゃねぇのか!?」
「あ、赤身マグロのせい!」
「…は?」
「なんでもない…」
意味不明な言葉を投げ、美園はテーブルに視線を落とした。
「変なヤツ…」
夕馬はそう言ってコーヒーを啜った。

その後も夕馬は、美園と下らない事を話したり、一緒に夕方の再放送のドラマを見てたりしていた。2時間くらい経って雨音が満足そうに上がってきた。
「夕君、晩御飯食べていくでしょ?」
後を通ったげっそりしている修也の姿は、見なかった事にした。
「雨音さんの手料理ですか!嬉しいなぁ。あ、でも、残念ですけど今日は帰ります。」
「あら、そう?じゃあなんか適当に作るから持って帰りなさい!カップめんばっかじゃ栄養にならないわよ」
見透かされている。いくらマスターの家だからと言ってあんまり長い事居座るのはなんだか悪い気がしたので早く帰ろう。
帰りにコンビニで適当に買って帰ればいいだろ、と思ってる事がどうやら雨音には見透かされていたみたいだ。
「全く、どうせなら食べていけばいいのに…」
美園がボソッと呟いたが、夕馬は全く気が付いていない。雨音はキッチンで何か作りながら「美園~手伝って~」と声を掛けた。
せっかく「作ってくれる」と言うのでここで遠慮するのもおかしな話だろう…と、椅子に腰掛け修也と一緒に夕方のニュースをボケっと眺めていた。
『続いてのニュースです。
敷浪神隠し事件の続報をお伝えします。
 行方不明者の数は合計24人にのぼり、本日また新たな行方不明者が発覚しました。
 行方不明者の名前は【今野 恵一さん24才】【鈴峰 秋華さん16才】
 二人はアメリカの研究チームから派遣されたメカニックで、昨日から行方が分からなくなっている。との通報で本日…』
―ブツン
修也がテレビを消した。怒りに震えている、夕馬も同じような顔をしていた。

「じゃあ晩飯、ありがとう御座いました」
玄関口まで見送りに来てくれているのは雨音と美園だった。修也は『疲れたから横になる』とソファでごろ寝してしまったのだ。
それもそうだろう。なんせ昨晩からずっと起きているのだから。タッパーにおかずを何種類か詰めて貰った。
「気をつけて帰りなさいね」
「ま、また…ね」
二人に手を振り芳田家を後にする。まだ夕方だと言うのに人でごったかえす敷浪町。その人込みの中で何故か視線を感じる。
視線の先に目をやると、其処には男がいた。
チンピラや極道の類とは違う。白いコートを羽織っている男。特に珍しい格好と言うわけではないのだが、妙に気になる。
気になると言うよりも「惹かれている」のだ。
「よう、同類」
コートの男は冷めた声で、夕馬に話し掛けてきた。
「挨拶だけしておこうと思ってな。人込みの中でも分かる物だな」
キョトンとしている夕馬に向かって淡々と続ける。
「礼位は言っておこう。君のお陰でオレは随分動きやすくなった」
「誰だテメェ…?」
キッと男を睨み付ける夕馬。返事の変わりに男は懐から機械を取り出した。
機械と言うよりも、ベルトのバックルの様な物。夕馬が持っている物と同じような形をしている。
「精々オレのジャマだけはしないでくれよ」
くるりと振り返り、男はまた人込みに消えていった。
「アレは、ドライバー?まさか、芦田の部下か!?」
追いかけようとしたが、既に遅く、白いコートは人ごみに紛れて姿を消していた。

――夕馬の運命は大きく動きだしていた。

「チィッ…なんだってんだよ」
追う事は諦め面倒そうにタバコを咥え家路に着く。

――当事者である夕馬はそんな事には全く気が付かずにいる…




次回予告
―動き出す事件
「はじめまして!」
―迫りくる追っ手
「コレは、凄いもんだな…」
戦う理由は…?

次回【理由】

「そんなの簡単だ。第一理由が必要なのかよ」