「ついに…ついに成功した――!」
無精髭の男…芦田雄介は、嬉しさの余り身を震わせていた。
「おめでとうございます。Dr」
傍らの女…紺城サユリが、淡々と言った。
「ひゃは…ヒャハハハハハハ!!!!」
下卑た高笑いが木霊した。

第6話 【 過去 】

――芳田 美園――
食卓には美園、雨音、修也の3人が神妙な面持ちで座っている。
食卓の真ん中に“あのヘアピン”が置いてある。
“あのヘアピン”すなわち、光を放ったヘアピンだ。
悩んだ挙句、雨音と修也に相談する事にした。
自分の体に何が起きているのか?
何故二人の変身を解除できたのか?
そもそもこのヘアピンはなんなのか?
聞きたい事は沢山ある。
ありすぎるくらいだ。
「――このヘアピンは…」
修也が重い口を開いた。
「敵組織の幹部が使っていた物だ」
敵組織の幹部。
すなわち――
防衛庁・特殊人災対策課「特人課」
20年前に死闘を繰り広げた組織。
その中で一番苦戦した敵だったので、よく覚えていた。
天真爛漫≪ハッピーバースディ≫――異能力を全てキャンセルする異能。
どうやら、ナノマシンも異能と判断したようだ。
しかし…何故美園がその異能を発動させたのか――
「……美園。お前に言わなければいけない事がある――」
神妙な面持ちで美園を見る修也。
「な…何?」
ごくりとツバを飲み込み、姿勢を正す美園。
「俺と母さんは…俺と母さんは昔、異能と言われる力を持っていた」
世界の敵≪ヒーロー≫、特異点≪シンギュラリティー≫
この力のせいで、雨音は狙われ続けた。
あの男――紅花國靖に…。
紅花の強さは規格外だった。
あの男に勝てた――と言う事はいくつもの奇跡が重なったとしか思えなかった。
事実――いくつもの偶然が重なっての勝利だった。
世界の敵≪ヒーロー≫を持ってしても辛勝。
それほどの規格外であった。
「異能力?何、それ…」
美園は息を呑んだ。
「20年前の話を少ししようか…」
眼前にあるティーカップに目を落とす修也。
思い出すように、思い出したくないように、ポツポツと自分の過去を話し始める。
曰く――日常の崩壊
曰く――新たな出会い
曰く――仲間の死
曰く――宿敵との決着…。
20年前に瑠璃と蜂蜜狩りに出会ったと言う事も教えてくれた。
「森谷…樹さん…」
瑠璃の恋人…いや、元恋人。
美園は瑠璃の辛い過去を知って、瑠璃の強さが眩しかった。
「それで、…そのヘアピンを渡してきた人はどんな人だったの?」
落ち着いた口調で、雨音が美園に尋ねてきた。
「えと…。真っ黒い人だった…。全身真っ黒」
はっとした顔をし、納得して視線を美園に戻す雨音。
「終焉の魔女≪バッドエンド≫…。まぁ、用心しなくても大丈夫ね…。基本的には無害な人だから…」
いつもの様に微笑む雨音。
「私は…どんな能力なんだろう…?」
不安を押し殺し、重い口を開く美園。
「分からない…。だが――」
真っ直ぐに美園の目を見る修也
「お前の力はお前の力…誰のものでもない。上手く付き合っていきなさい」
世界の敵≪ヒーロー≫としてではなく、バーのマスターとしてではなく、一人の父親としての精一杯のエールだった。

――古賀 海人――
『Heven's Door』の近くの喫茶店…
喫茶店と言うよりもカフェと表現した方がいいであろう。
少し洒落た雰囲気がするカフェで、エスプレッソを飲みながら本を読む眼鏡の青年がいた。
絵になっている。
眼鏡の青年――古賀海人は逡巡していた。
『俺は、桐江の復讐の為だけに動いていた――しかし、復讐の小ささを落合に突きつけられてしまった』
じっと本の文字を見つめる。内容は殆ど頭に入っていない。
『桐江。…俺はどうすれば――』
海人はあの時を思い出していた。
あの時――目の前で愛する人が犯され、殺されていく様を見せ付けられた時を――

「もう少しでクリスマスね!」
クリスマスムードに染まり始めていく町並みを満面の笑顔で歩いている女性がいた。
隣には海人が居る。この女性が――因幡 桐江である。
派手なメイクではなく、しかし地味ともいえない。
ナチュラルメイクと言うヤツであろう。大人の女性の雰囲気を醸している。
「そんなに慌てると転ぶよ?」
ニコニコと笑顔で桐江の横を歩く海人。
何処にでも居る幸せそうなカップル。
何処にでもある日常的な風景。
それが一人の女の出現で全て壊された――。
桐江が飲み物を買いに行ったその瞬間に、女が目の前に立った。
「――?なんですか貴女は…?」
と、言った直後に海人の意識は遮断された。
薄れゆく意識の中で「海人!?なんなの貴女は!!」と言う桐江の叫び声を聞いた。
次に目が覚めた時は拘束具で雁字搦めにされていた。
目隠し、猿靴、手錠に足枷…体は柱に縛られているようだった。
「もが…ぐっ…」
上手く声を出せない。
すると突然視界が開け猿轡が外された。
「やぁ…サンプル君。長い眠りだったねぇ?」
目の前には髪の毛がボサボサで黄ばんだ白衣を着た男がいた。
「おはよう。…さて、実験だ」
部屋の扉が開き、男が4人――
桐江を連れてきた。
「桐江!!」
薬物を投与されているのか、桐江の目は虚ろだった。
精気が無いと言うよりも、生気が無いといった感じであった。
「実験さ。…崇高な実験だ。私はね…サンプル君。人間の感情も条件の一つじゃないかと考えているのだよ」
頭をガシガシと掻きながら男は淡々と続けた。
「人間の感情って言うのは時に物凄い力を発揮するそうだ。――例えば…大切な物を守る時だ」
部屋に入ってきた男の中の一人を一瞥する。
「やれ」
冷たく…だが、何処か楽しんでいるような声で白衣の男は指示をした。
――ビリビリッ
男が力任せに桐江の衣服を破いた。
桐江の美しい裸体が――何も衣服を纏わない姿が――海人の目の前にある。
「桐江!桐江!!」
ガタガタと体を揺すり、前に進もうとするが、体はきつく柱に縛られていて一向に動かない。
「あら?…裸って事は抱いてくれるのかしら――誰でもいいわ――抱いて」
清純な――自然に美しい桐江は…もういなかった。
「ひゃは――ヒャハハハハハハ!!!!どうするかね?サンプル君」
醜悪な笑いを海人に向けてする白衣の男。
「どうする?どうするんだい?フハハハハハハハハ!!」
ギリギリと奥歯をかみ締める海人。
嬉しそうに男の陰茎を咥える桐江。
さっきまでは幸せだった。
さっきまでは――
「桐江!やめろ!!桐江!!」
叫んでも――桐江には届かない、届いていても…もう聞こえていない。
男は桐江を押し倒し、強引に挿入する。
「―――あはっ。気持ちぃ――」
理性を完全に失い、ヨガリ狂う桐江は――もはや海人の知る桐江ではなかった
「貴様…。貴様ァァァァァァァ!!!!」
白衣の男に向かって怒鳴ったその時――
――プシュ
首筋に何かを注射された。
「ぐ?…うがぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
獣の様な叫び声。
「どうした?サンプル君、助けたいのだろ?守りたいのだろ?ほら、君の愛する女は雌に成り下がっているよ?ほら、どうした?」
挑発するように、煽るように…白衣の男は海人に言った。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
もはや反応する事も無く、ただ叫び声を上げる海人。
ヨガリ狂い、男達から欲望の限りに犯される桐江。
5分程度――絶叫は続いた。
「――隣の部屋でモニターでもさせてもらうかね」
叫び続ける海人に興味を失ったかのように一瞥する。
「もういい。そんな雌のヨガリ声なぞ、聞くのも不愉快だ。黙らせたまえ」
そう言うと、脇にいた先程の女性に指示を出す。
懐から拳銃を取り出し
――パァン
桐江の額を打ち抜く。
「ひぐっ――」
因幡 桐江は絶頂を迎えると同時に口から血を流し絶命した。
そんな様子を気にもせず、男は部屋から出て行った。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!」
絶命の瞬間に――命の最期に――
一際大きな絶叫をし「キ…リ…」と最期まで愛する女性の名を呼び、古賀 海人も絶命した。
次に目が覚めた所は――腐臭がした。
一度死んだはずなのに――腐臭の中で目が覚めた。
最初の誕生は父や母の祝福に包まれていた。
二度目の誕生は――20体を超える死体に包まれていた――。
気がつくと全てを理解していた。
ナノマシンが完全に同化しているのだろう。
記憶中枢までも――ナノマシンの影響は及ぼされていた。
不適応だった、ナノマシンはこの体は不適応と判断したはずだった。
最後に脳に達した時。…脳の一部の細胞がナノマシンに適応したのだ。
脳から体、体から手足――全身にナノマシンを行き渡らせる為に仮死状態にしたのであろう。
だが、白衣の男はそれに気がつかなかった――。
否、気がつくつもりが殆ど無かった。
全身のナノマシンが教えてくれた――。
戦う力を、戦う術を――。
ドォンと派手な音がする。
大砲か、何かが炸裂した音――断続的に続くその音に紛れ、ある武器保管庫に辿り着いた。
2つの箱――1つは空であったが、もう一つにはベルトのバックルのようなモノが装飾されている。
「これが――これがあれば――」
ナノマシンの導くままにそのベルトを持ち、この音が消えたら脱出しよう。と最初の死体置き場に戻り身を潜めた。
その後はと言えば――
片っ端から復讐をしていった。
凄腕の情報屋【輝き猫】から情報を手当たりしだい買い、グランツに関係していると言う事を知った。。
そして、グランツに関わった全て、グランツに加担した全てを破壊し、殲滅していった。
――そして、夕馬に出会った。

『桐江。俺は間違っていた…。復讐は何も育てない――』
ぐっと唇を噛み締める。
『――それでも…俺は戦う。同じ境遇の人を作らない為に――』
古賀海人は心を決めた。

――鈴峰 秋華――
鈴峰秋華には記憶がない。
両親を交通事故で失い、そのショックから記憶を全て消してしまった。
そうでもしなければ自己を保てなかった――のだろう。
それは秋華にしか分からない。
ゆえに秋華の記憶は3年前から始まる。
アメリカの選抜された子供たち――『恐るべき子供計画』
大層な名前が付いているが、何の事はない天才をしかるべき教育で育てる。と言うだけの計画だ。
そこでも秋華の才能は余すところなく、発揮された。
15の時に『人工知能』の開発に成功。
昨年――16歳の時からブルーバードの開発・研究に着手した。
故に――秋華の記憶は研究室以外はないのだ。
だからこそ、夕馬等の存在は秋華にとって掛け替えのない物であった。
『記憶が無い事は皆には黙っていよう』秋華は心に決めていた。
心配されたくない、そんな――そんな他人行儀は嫌だ。だから、明るく振舞う事に努めている。
「ふぃー」
先日運び込まれたスーパーコンピューターにレイヴンのデータ。イグレットのデータ。夕馬の血液データを打ち込み、
ブルーバードの設計図を書き直す作業が大方終わった。
ブルーバード改に必要なパーツは香が探してくれた。
まさか、敷浪町でジェットノズルが買えるとは思っていなかった。
香曰く『敷浪ではお金を出しさえすれば何でも手に入ります。――そんな事も知らずに敷浪に潜伏していたとは。ホント無能ですね』だそうだ。
そこで一悶着あったのは、言うまでも無いであろう。
「残すは形にするだけか…。ふむ――なんとかなるかな!」
誰に言うわけでもなく、自分に言い聞かすように――傍らのココアを飲み干した。
「やっぱし雨音ママのココアは絶品だ!」
よし!と気合を入れなおし、再びコンピューターに向き合い、カタタカタと軽快にキーボードを叩いた。

――落合 夕馬――
「アンタの動きは無駄が多すぎる」
敷浪町に唯一ある公園で落合夕馬と落合碧羽は向き合っていた。
「そんな動きじゃこれから先――アンタはいつか命を落とす」
すっ――と右拳を胸の高さまで上げ、胸元に引いた。左腕はだらんと垂れている。
「姉ちゃん――いつまでもガキ扱いすんじゃねぇよ。俺はもう――只の小僧じゃない!」
ダッと駆け出し碧羽に飛び掛る夕馬。
「石神流古武術――専守の型…孔雀≪くじゃく≫」
ぶわっと左腕が円を描き、夕馬の拳をいなした。
「石神流古武術――打突の型。雀≪すずめ≫!」
引いた右拳をやや捻りながら、夕馬の胸に打ち付ける。
ぐおっ、と小さく唸り、夕馬の体は吹っ飛んだ。
「足運びが悪い、攻撃が素直過ぎる、牽制を混ぜろ、力に頼るな、速度に頼るな」
ふぅ…、と息を吐き、夕馬に言い放つ碧羽。
「ぐっ――」と体を起こした夕馬に歩み寄り、一瞥し
「改造人間だか、サイボーグだかなんだか知らないけどねぇ――」
ガッと肩口を踏みつけた。
「――自惚れるんじゃない。そんな力なくても人間はとんでもないんだよ」

ここで話は2時間前に戻る。
「ういー!姉ちゃんだよー」
突然、碧羽が夕馬のアパートを訪れてきた。
「な――姉ちゃん!来るなら連絡くらいしろよ!」
突然の夜中の来訪者に不審がりながらも扉を開け、開けた先に居たのは姉だった。
文句の一つも言いたくなる。
「だってなー。姉ちゃんは携帯電話を持ってないんだぞー。どうやって連絡するんだ!?狼煙か?狼煙を上げればよかったのか!?」
酔っ払っている訳ではない。これが平時なのだ。
「ったく――携帯くらい持てよ。原始人じゃあるまいし」
扉を完全に開け、姉を室内へと導く。
「原始人ではないな!古代人かもしれないけどな!」
と笑いながら部屋に入ってくる。
…何処が面白いのかさっぱり分からない。
普通の姉なら弟の一人暮らしの部屋に入ったときの第一声は「意外と片付いてるじゃん」とか「汚いわねー掃除してるの?」と言うはずだが、碧羽の場合は違った。
「夕馬ー?酒!」
傍若無人もここまで来るといっそ清々しい。
「ねーよ!コーヒーで我慢してくれ」
とインスタントのコーヒーを差し出す。
慣れたものだ。
「姉ちゃんはコーヒー飲めないぞ!牛乳入れろ牛乳!」
好きにやってくれといわんばかりに冷蔵庫を指差す夕馬。
「…面倒だからこのまま飲むか」
飲めるんじゃん!
「で、何の用だよ…」
コーヒーを飲みながら夕馬が本題に入った。
この姉は、傍若無人ではあるが、何も用事が無い時には何もしないと言う性格だ。
尋ねるという事は何かがある。そう踏んだのだ。
「何か用が無かったら可愛い弟を訪ねちゃいけないのかい?」
懐から煙管を取り出し、煙草を詰め、火をつける。
「――と、まぁご挨拶はいいとして…アンタ、体どうした?」
ふぅ――と煙を吐き出して真剣な目で夕馬を見つめた。
見つめたと言うよりも鋭い目で射抜いた。と言うほうが正しいだろう。
「――ッ!」
瞬間、夕馬は言葉を詰まらせた。
自分が改造されたと言う事は、碧羽は知らないはずだ。
誰も言ってないはずだ。あの秋華でさえ何も言わなかった。
「何が?」と誤魔化そうとしたが、真剣な目の前では嘘をついても仕方ない。と言う事を夕馬は経験上知っていた。
「何で――なんで分かった?」
コン――と灰皿に灰を落とし、煙管をしまいながら碧羽は言う
「歩法、身のこなし、体の作り…。全てがアタシの知ってるあんたと違う」
落ち着いた雰囲気でコーヒーカップに口を付け、一口飲んだ。
「体の作りや身のこなしは訓練次第でどうにでもなる。
 だが、普段の歩法ばっかりは訓練じゃどうにもならない――特にアンタの場合は――」
コーヒーカップをテーブルに置き、頬杖を付く。
「何か制限して――故意的に力を入れないようにしているんだよな。
 …まるで全力を出したらあっという間に壊れると知っているような感じだ」
違うかい?と鋭い視線を再び夕馬に向ける。
「…」
沈黙が走る。
沈黙は肯定である。
「…詳しく話してごらん」
ふっと微笑み、碧羽はコーヒーを飲んだ。
「実は――」
夕馬は、全てを打ち明けた。
芦田により改造された事を――
秋華と恵一を助けた事を――
ドライバーの封印を解除した事を――
解除した力でスパイダーを撃破したこと――
話し終えた辺りで碧羽は、再び煙管を取り出し火をつけた。
「ふぅん?…随分と難儀な目にあってるみたいね。だが――」
紫煙を燻らせながら、夕馬に向かった。
「アンタ…なにそんなにビビッてるんだい?」
コォン――と強く灰皿を叩いた。
「どれ、稽古してやろうか。確か公園があったね…?そこに行こうか」
すっと立ち上がり、玄関に向かう碧羽。
「姉ちゃん――」
「っと、…この格好じゃ流石に失礼だね。着替えてくる。30分後に公園だ」
夕馬の言葉を遮る様に、碧羽は言い放ち、外に出て行った。

そして30分後――
薄碧の着流しでは無く、白い胴着に袴。
高下駄ではなく、草鞋。
赤い番傘も鼈甲の簪もしていない。
長く美しい髪は、一つに纏められていた。
「落合碧羽としてではなく、石神流古武術“第十八代目・石神武心”として、アンタと向き合おう」
普段の碧羽の美しさとは違う、石神武心としての、凛とした美しさがあった。

肩を踏み付けている右足を掴み持ち上げようとした。
だが、一向に動く気配が無い。
「ぐっ――!」
改造され常人の6倍と言う力で持ち上げようとしているのに、一向に動かないのだ。
「何度も同じ事言わせんじゃあ――ないよ?力に頼るな。力だけでどうにかなるってもんじゃないんだよ。…戦闘ってヤツは――」
突然肩を蹴り飛ばし距離を取る碧羽。
両手を腰まで引き、掌を上にし、前傾姿勢をとった。
「石神流古武術――瞬撃の型…軍鶏≪しゃも≫!」
前傾姿勢のまま一足で夕馬との距離を詰める。
「チィッ――!」と亀の様にガードを固める夕馬。
「甘い――ッ!!」
「瞬撃接続――蹴撃の型…鳶≪とんび≫!」
前傾姿勢からの突撃のまま右足で踏み切り、宙高く舞う碧羽。
そのまま、強烈な浴びせ蹴りを肩口に食らわせる。
「素直にガードしてどうする!この馬鹿タレ!攻撃はいなせ!捌け!」
ふわりと着地し、肩を押さえる夕馬に言い放つ。
「クソッ――!」
いい様にあしらわれ、一向に攻撃が出来ない状況に夕馬は苛立っていた。
「ストリートの喧嘩だったらそれで充分だろう…。だが、お前がやっているのは喧嘩か?闘争か?」
キッと目を鋭くし、夕馬を射抜く。
「…本気でいく」
ぼう――と“夕馬の目が赤く光った”
「後悔しても――しらねぇぞ!!!!」
その構えは先程、碧羽が見せた構え。
瞬撃の型――軍鶏だった。
その踏み込みは鋭く、その速度は碧羽の何倍もあった。
公園に一筋の紅い光が走る。
「ふん――やりゃあ出来んじゃないか。…だが、甘いッ!」
右足を後、左足を前にして腰を落とした。
「石神流古武術――交差蹴当の型…大鴉≪おおがらす≫!!!」
夕馬の突進が当たる直前に、碧羽の蹴りが夕馬の顔を振りぬいた。
しかし突進は止まらない。
「チッ――蹴撃接続――大鵬≪たいほう≫!」
振りぬいた右足を軸に左足での回し蹴り。
今度は確実に仕留めた。
「ぐおっ――」
と夕馬の意識は遮断された。

どうやら10分くらい気を失っていたようだ。
碧羽はゆったりと紫煙を燻らせていた。
流石に外では煙管では無いようで、紙巻の煙草をぷかーっとふかしていた。
「ってぇ…」
と頭を振る夕馬。
「お!もうお目覚めか!流石だな改造人間!」
一本貰ったぞ~、と夕馬に煙草を見せた。
「姉ちゃんは――化物なのか?」
夕馬は真剣な目で碧羽を見る。
「…ていっ!」
と手刀で――所謂チョップで頭をドツく碧羽。
結構本気で痛い様で頭を抑え蹲る夕馬
「誰が化物だ!…さっきも言ったけどね、戦いは速度や膂力でやるもんじゃあないんだよ」
煙草を地面に押し付け、火を消し携帯灰皿へと吸殻を捨てた。
「歩法、呼吸法、身のこなし、氣、…様々な要因を必要とするんだ――覚えておきな」
パンパンと叩き立ち上がる碧羽。
「ホントは―アンタに石神流を叩き込むのが一番早いんだけどねェ…」
申し訳なさそうに頭を掻く碧羽。
「訳あってアンタに石神流を教えるわけにはいかねーんだ」
こういった実戦稽古ならいつでも相手になるけどな。と続けた。
「…なるほどね」
呟いて夕馬も砂埃を叩いて立ち上がった。
「やっぱり姉ちゃんは化物だ」
無邪気な笑顔を見せる夕馬。
「コノヤロ」
似たような笑顔で応える碧羽。
「…夕馬。一つだけ覚えておいてくれ」
碧羽は一転して神妙な顔付きになった。
「皆を守る。皆の笑顔を守る。立派な事だ―実にお前らしい」
真剣な眼差し、真剣な顔。
「だが、アタシや修也さん、その他周りの人間からすりゃ――皆ってのは夕馬、アンタも入ってるんだ」
「…」
黙ってしまう夕馬。
「アンタも笑えなきゃいけないんだ――その為に強くなれ」
グッと拳を握り夕馬の胸板に軽く打ち付けた。
「…あぁ。分かってる――」
唇を噛み締め、真っ直ぐに碧羽を見る。
「わかってるならいーんだけどさ」
とまた無邪気に笑う碧羽。

「そういえば親父がな」
アパートに戻る帰り道で碧羽が口を開いた。
「ん?」
先を歩いていた夕馬が振り返った。
「親父が―もう帰ってこなくていいとさ」
「ふぅん…」
特に興味が無いわけじゃなかった。むしろちょっとショックを受けているくらいだ。
落合夕馬と落合碧羽には兄弟があと一人居る。
16歳になったばかりの弟――落合恭平と言う弟が。
夕馬と碧羽は…母親の連れ子だ。
だからと言って、親から差別を受けていたわけではない。
むしろ同等以上に扱ってくれていた。
だが――結局は血なのだ。
血が繋がっている方が――やはり大事なのだろう。
碧羽が19で家を出た時も、夕馬が23で家を出た時も――親父は一切反対しなかった。
それは結局血が繋がっていないから―と言う事にした。
その方が夕馬も碧羽も都合が良かったのだ。
いつまでも血の繋がっていない子供を養わせるのは、悪い。
そう思っていた。
だから自分の力で生きてみたい等と奇麗事を言って家を飛び出した。
「まぁ…仕方ないんじゃないか?」
「まぁ、仕方ないな」
と血の繋がった兄弟はお互い納得した。
家を出た時から既に覚悟はしていた。
「これ以上親父に迷惑かけるのもヤダしな」
星空を見上げ、そう零す夕馬。
満天の星空――と言うわけではないが、オリオン座は輝いていた。
「親父も同じ空の下にいるんだ。死ななければいつかまた会えるさ」
センチメンタリズムに駆られている夕馬の肩を碧羽はポンと叩いた。
「親父――いや、父さん」
覚悟を決めた様に、決心をした様に
「僕は僕の道を行きます」
と、夕馬は星空に誓った。

―コポ…
薄暗い部屋。
部屋の真ん中に大きなホルマリン漬けのようなものがある。
「気分はどうかね?」
ホルマリン漬けの前で芦田雄介は煙草をふかしていた。
「兵隊も用意した。…まぁ――明日性能テストを行うのだがね…」
――ゴボ…
「ふふふ…。君の力と私の頭脳があれば――ヒャハ…ヒャハハ…ヒャハハハハハハ!!!」
芦田の下品な笑い声が木霊した。

「大至急Heven's Doorにきてください!」
碧羽と共に屋台でラーメンを食べていた夕馬の電話に香から着信があった。
あまりにも余裕の無い、香らしくない電話を受け、大急ぎでHeven's Doorに向かった。
尚、この時夕馬は碧羽を置いていくつもりで全力で駆け抜けたのだが。
あっさりと併走されてしまった。
『やっぱし、姉ちゃんは化物だ』と再認識した。
店に到着すると店内に全員が揃っていた。
「夕馬さん!これ見てください」
到着早々香が自分のモバイルパソコンを見せてきた。
「さっき…“とある研究所”をハックしたんです。芦田雄介の研究所を」
芦田の名前に文字通り目の色を変える夕馬。
「なんだ…?なんだこれは!!」
モバイルパソコンに映された映像は――
300人を超えるレイヴンとイグレットの姿だった――



次回予告

―敷浪町史上最大の事件
「クソッ!クソッ!!どうなってやがる!!」
―長い一日が始まる
「瑠璃さんッ!!」
―それは…
「白猿≪ホワイトアウト≫の淳…いや、硝煙≪ガンスモーク≫の淳とでも名乗るかね――」
―世界の終わりの始まり

第7話 【 信頼 】

「――だったら立ちなさい。まだ“あんよ”は着いているんだろ――?」
レイヴン

駄文倉庫-レイヴン 駄文倉庫

鈴峰秋華

駄文倉庫-鈴峰秋華
芳田美園

駄文倉庫
イグレット

駄文倉庫 駄文倉庫

古賀 海人



駄文倉庫


今日は小説の更新なしの代わりにキャラ絵をうpしましたw
公開してるのは5話までですが実はもう最終話の10話まで書いてあります…。
ところが10話が曲者で…

うんうんと頭を捻らせているのです…OTL

無い頭は使うもんじゃないね!←

公開分は折り返し地点!
次話から長くなりますのでどうぞお付き合いください!

――カラン…コロン…
小気味のいい下駄の音が敷浪町に響いた。
赤い番傘に赤い高下駄。
薄碧の着流しの裾には大きく牡丹の柄が入っている。
何より異彩を放ったのは、狐面を被っていると言う事だ。
「さぁって…アイツは何処にいるのかねぇ…」
敷浪町に一人の女が到着した。

第5話 【休息】

何処にも異常は無く、ほんの数日の入院で済んだのはやはり体内のナノマシンのお陰なのだろう。
落合夕馬はぼんやりと窓際でタバコを燻らせていた。
流石に仕事しなければ来月暮らすのもままならない。
改造人間とはいえ人間なのだ。
飯も食うし、夜は寝る。
「アパート、戻らなきゃな…」
退院して3日間。
未だにアパートに戻っていない。
雨音の好意で、芳田家に寝泊りしているのだ。
雨音曰く「しっかり栄養取れる状況に居なきゃユウ君はご飯適当に済ませるからね」だそうだ。
全く持ってその通りだと思う。
事実「退院しても別にカップめんで食いつなげばいいか」と思っていた。
ぼんやりしていると、窓の外から賑やかな声が聞こえてきた。
「おぉ!アイ君久しぶりー!!」
久しぶりって昨日も会ってるだろうが…と突っ込むのをグッと堪え、窓の外の少女…鈴峰秋華に手だけで応えた。
「アイ君!もう大丈夫なら仕事しない?」
渡りに船とはこの事だ。
Heven's Doorは現在休業中。
他で掛け持ちしていたバイトは、首になっていた。
そりゃ…3回も無断で欠勤すればクビにもなるだろう。
少しでも金は必要だった。
「ん?仕事だって?なんの仕事だ!?」
窓の外に居る秋華に話し掛ける。
「じゃあ地下室降りてきてー!みんな居るからー!」
無駄に声がデカイ。なんだかいつもよりテンションが高い気がする。
「あいよ」と声を掛け、下に降りていった。

地下室。
ここは秋華と恵一の居住スペース兼研究スペースになっている。
もはや研究スペースのみで、居住空間は皆無ではあるのだが…
「おぉ!アイ君、はよー!」
どうやら下に降りてきたのは夕馬が最後のようだ。
雨音も、修也も、美園もいた。
「大発表をします!」
全員が揃ったのを確認して、秋華が口を開いた。
「僕は、ブルーバードの開発・研究・製造をここで行いたいと思います!」
全員が唖然とした。
ブルーバードとは、秋華がアメリカで開発研究をしていた人工知能搭載型の特殊救助用ロボットのことだ。
「そこで…コンピュータが必要になっちまいました!」
唖然とした空気を無視して、秋華は続けた。
「今から秋場原に今からいきますので、誰か来てくだしゃい!噛んだ!」
ようするに仕事とは、荷物もちの事のようだ。
「…さて、とレイヴンドライバーの解析結果とイグレットの戦闘データを纏めておくかな」
んーっと伸びをしながら恵一は席を立った。
「あ、そうだ!今日は出かける予定だった!」
と逃げる様に席を立つ美園。
「あら…開店準備しなくちゃいけないわね…ごめんね、秋華ちゃん」
と席を立つ雨音
「…」
「…」
特に用事が思いつかない修也と夕馬。
その二人を縋る様な目で見る秋華。
夕馬は『やっぱこいつ小動物みてぇ…』と変な感想を持っていた。
「アイ君!しゅーパパ!お付き合いしてください!」と頭を下げる。
確かに金は必要だった。
研究成果で特許を取ったりしてるから、秋華は金を持っている。
相当持っている。だからお駄賃は相当弾むだろうと予想している。
だが…
正直な話、秋華を連れて秋場原に行くのは恐怖でしかなかった。
「なんだろあれ!?」「ぬおー!すっげー!」と言いながらあっちこっちに行くのが目に見えてるからだ。
恐らくそれを察知して3人は逃げたのだろう…雨音は別としても。
「…よし。分かった。俺に任せておけ!」
と修也が胸を張った。
ついて行く決心を決めたのかと思ったが
「昔の知り合いに工面できないか聞いてやろう!」
人任せであった。
「で、どんなのが必要なんだ?」
秋華に尋ねる修也。
「マスターそれ自殺行為ですよ…」
そんな言葉が修也に届く前に秋華がつらつらとスペックを話し始めた。
CPUがなんだとか、電源はなんだだとか…
はっきり言って修也と夕馬には呪文以外の何者でもなかった。
「夕馬…わかるか?」
秋華が一生懸命に分かりやすく、噛み砕いて説明してくれるが、夕馬にも修也にもやっぱりわからなっかった。
「あー!もう!どうしてわかんないかなー!!!」
ついに秋華が爆発した。
「よし!わかった!今からそいつに電話するからどんなスペックがいいのかソイツと話してくれ!」
必死になっている修也。
もうどうでもいいやとタバコを燻らす夕馬。
「大丈夫なんですかね?」
恵一が隣でコーヒーを飲んでいる。
「何が?」
ピコピコっとタバコを咥えたまま上下させて夕馬が応える。
「いや…アキの能力に見合ったコンピューターって相当のモノですよ…アメリカに居た時も作ってましたから――」
自作パソコンってヤツなんだろうか?よく聞く話だが…
「――基盤から。全部。」
ぶっとタバコを落としそうになる夕馬。
いくら機械に関して素人の夕馬でもそれは流石に分かった。
「そうだった。アホな感じだが、コイツはれっきとした“超天才科学者”なんだった。」と自分の考えを改めた。
多分修也は気がついていない。
指摘しようとしたが、時既に遅し。
携帯電話を取り出し、何処かに電話を掛けている。

相手と繋がったらしく、スピーカーに接続し、皆に声が聞こえるようにした。
もちろん秋華が。修也はなんの事だか分かっていない。
「あーもしもし、久しぶりで悪いんだが――」
『ふぅ…僕の予想より20時間ほど遅かったね』
男の声がスピーカーから聞こえる。年齢は30代前半か中盤だろう。
少し…いや、かなり皮肉な語調で男が続ける。
『用件を当てようか?大方、「コンピューターが必要になったから何か工面してくれ」だろ?』
「え…?なんでわかるんだ?」
『なんでかって?落合夕馬君。この世界は情報で左右されているんだ。情報は武器なんだよ』
声だけで夕馬と分かる。なんだコイツ…と言う顔をしているが、修也は慣れたものだった。
「まぁ…そういう事だ。なんかないか?」
『使用用途にもよるけど、美園ちゃんの遊び程度ならすぐに用意できる。だが…』
一瞬、言葉を詰まらせる電話の男。
『不出の天才児。ハジマリの鈴≪ビギニング・ベル≫に見合ったモノとなると、どうにも時間は掛かるよ。』
「びぎにんぐ…べる?」
初めて聴く単語に戸惑う夕馬
「アキの…鈴峰秋華の別名ですよ」
と恵一が耳打ちをする。
「そこまでわかってるのか…お前の情報網はいったいどれだけ広いんだ…」
『修也――さっきも言ったけどね、情報は武器だ。特にハジマリの鈴レベルの存在の現在地は何処か?なんてのは知っておくべき情報だよ――』
まぁ、君の近くにいるって事でこの情報は何処にも売ってないけれどもね。と続ける男。
「で、だ。用意できるのか?」
「って言うか用意してください!」
突然秋華が口を開いた。
『―初めまして…と言うのもおかしいのかな?ハジマリの鈴―こうして話すのは初めてですね』
「やっぱし…」
顔見知り…と言うか、何だか因縁があるようだ
『おっと、名乗ってませんでしたね。貴方の予想通りだとは思いますが…蜂蜜狩り≪ハニー・ハント≫です。以後お見知りおきを』
「むきー!!蜂蜜マン!」
いきなり怒り出す秋華。しかし蜂蜜マンって…
「ちょっとした因縁ですよ。アキが作った壁を悉く突破し、研究成果を盗もうとしたハッカーが居ましてね…その名前が蜂蜜狩りだったんです」
解説役の恵一が修也と夕馬に小声で言った。
「とにかくだ。用意は出来るんだな?」
なにやら「僕はまだ負けてないぞ!」「僕の壁は108式まであるんだぞ!」と騒いでいる秋華の口を塞ぎながら修也が言った。
『そうだな…条件をつけてもいいかい?その条件を飲んでくれるなら…今回の件と、落合君の居場所の件の料金は免除しよう』
なにやら含みのある言い方をする蜂蜜狩り。
「条件?」と不思議な顔をする修也。
「そう言えば―夕馬の居場所を教えてもらった時の報酬はまだ払っていなかった」と今思い出す修也。
『簡単な条件さ、僕の弟子を君に預かって欲しい』

商談…と言うよりも話が終わった頃には昼過ぎになっていた。
なんでも『優秀すぎて僕は近くに置けないんだよ。なんせ商売敵になりかねないからね。僕は凡才だから天才が傍に居るのは気に食わないってのもあるけどもね』らしい。
その程度で報酬がチャラになるなら、問題ないだろう。秋華も恵一も居る。食客が一人増えたトコで何の問題もないだろうと、修也は二つ返事で了解した。
報酬額3600万円がチャラになるのはデカイ。
『オーケイ。ならばすぐにでもそっちに向かわせるよ。今夜には着くだろう』
上機嫌になる蜂蜜狩り。
「コンピューターはどうなるのさ!?」
秋華は、宿敵に噛み付く。
『モノはもう既に手配してあるよ。君が修也のトコに居ついたくらいの頃に用意しておいた。決心するのが随分遅かったみたいだがね』
と最後に皮肉を言って『じゃあ、また』と電話を切る蜂蜜狩り。
「むがー!ムカツクー!」と騒ぎ散らす秋華をなだめる方が大変だった。

―敷浪町3丁目
「あーお兄さん?この辺にヘブンズドアってバーないかい?」
着物姿の女が営業回りと思わしき男性に声を掛けている。
身長的には男性の方が大きいと言うのに、何故か女性の方が大きく見える。
高下駄のせいだけではないだろう。
「へ?…ちょっとわかんないです…」と足早に立ち去っていく会社員。
割と失礼な行動にもニカッと笑い「あんがとよー!」と背中に向かって言う女。
「参ったなぁ…場所がわかりゃしない…」
目立つ女は迷子になっていた。

時刻は18時を回り、喫茶店の閉店作業も終わり、恵一と秋華以外は店内でダラダラとしていた。
二人は地下室に篭り何やら作業をしている。
人工知能がなんとかと言ってたが、さっぱり分からないので放っておいた。
19時ちょっと前に入店を告げるカウベルが鳴り響いた。
「あら、ごめんなさい…今日はもう―」
雨音が入り口に目を向けると大きな鞄を背負った少女が居た。
「…こんばんわ。師匠がここに行けって言ってたんですが…」
ぐるりと見回す少女
そこに秋華が入ってきた。
「どーん!完成したー!…って誰だ!?」
シタッと少女に向かい構える秋華。
空気読め。
「…無能だらけですね」
ボソリと言う少女。
「うなっ!?なんと!?」
小声で秋華くらいにしか聞こえていなかったのか、周りは何の反応もしていない。
「初めまして…師匠…蜂蜜狩りの弟子です。深谷 香と言います」
ペコリと頭を下げる。
「お…女の子!?」
驚きを隠せない…と言うよりも隠す気がないのは夕馬だった。
「女の子で悪いですか?」
ギロリと睨み付ける香。
「う…スマン」
15歳の女子の迫力に気圧されあっさり謝ってしまう23歳の改造人間。
情けなさ全開である。
「ま…まぁまぁ…落ち着いて、ね?」
香をなだめる美園。
「子ども扱いしないでください」
一閃。
温度が一気に下がる。
「君は実に失礼なヤツだな!」
そんな空気にも動じない、さすが秋華である。
「…これだから無能な人間は…」
と、嘯く香。
「んなっ…僕が無能だとぉぉぉ…!ケイさん!僕の研究成果をこの生意気な少女に自慢するんだ!」
「いや、みっともないからやめておこうな?」
恵一が秋華を後から抑えながら言った。
「くぅぅぅぅぅ…よし!アイ君!こいつぶっ飛ばそう!」
「あのなぁ…それはもっとみっともないぞ?」
やれやれと頭に手をやる夕馬。
「ほんっと世の中無能ばかりです」
ニコニコと笑っている雨音。
殆ど動じていない修也。
この辺りは大人の貫禄である。

深谷 香 15歳。
天涯孤独の身で孤児院に預けられていたトコロを偶然蜂蜜狩りに拾われる。
5つの頃にはその才覚を表し、10を過ぎる頃には既に蜂蜜狩りと同等の仕事をしていた。
別名『輝きの猫≪ルミナス・キャット≫』
秋華曰く「蜂蜜マンよりはマシだけど同じくらい嫌な感じで攻めてくる」だそうだ。
超が付くほどの皮肉屋である蜂蜜狩りに育てられたせいか、言いたいコトをズバズバと言う。
ズバズバと言うというよりも、どちらかと言えば辛辣な事を言いのける。

――カラン、カラン
香が到着して10分後に再びカウベルが鳴り響いた。
「あ、すいません。今日の営業は終わってるんです――」
美園が気を取り直して入り口を見た。
そこには――
赤い番傘に赤い高下駄。
薄碧の着流しに牡丹の刺繍。
髪には鼈甲のかんざし。
そして狐面を被っている女性がいた。
「っと…来るのが遅かったかね…?いやーここは分かりにくい!道に迷っちまったよ」
狐面のせいで表情は読み取れないが、カラカラと笑っている。
入り口から離れた所に居たせいで夕馬、秋華、恵一、香の4人は入店に気がついていない。
未だギャーギャーと不毛な言い争いをしている。
「ちょっとお尋ねしたいんですがねぇ…こちらに落合夕馬ってのはお世話になってませんかね?」
一瞬美園と修也、雨音に緊張が走る。
見ず知らずの――しかもこんだけ派手な格好をしている人から夕馬を尋ねられる。
隠すべきか否か――その判断次第で未来は大きく変わってしまう…。
修也と雨音はこのタイプの重圧を昔受けた事を思い出していた。
「え――?姉ちゃん!?」
微かに聞こえた声に振り向き狐面の女に向かって言う夕馬。
「よ!」と右手をシュタっと上げ、狐面を外す女。
想像を遥かに超える美女が軽い感じで挨拶した。

落合 碧羽 26歳。
夕馬の実の姉で、地上最強の女。
武芸百般に通じ、扱えない武器は無いとまで言われている。
実際は武器が扱えなくても強い。
石神流古武術と言う流派を使う。
100人が100人振り向く美貌だが、その美しさを鼻にかけず、誰とでもわけ隔てなく接する。
その雰囲気から、恐れ戦く人物も少なく無い。
夕馬曰く「閻魔様は敵に回しても勝てる気がするが、姉ちゃんは絶対に敵に回したくない」

「――で、だ。なんなんだよ突然来て!」
と、動揺を隠せないまま夕馬が碧羽に詰め寄った。
当の碧羽はと言えば、修也に出してもらったウイスキーをグビグビ飲んでいる。
「おい、姉ちゃん!…っとにこのクソ姉貴は…」
物凄く小さい声で言ったはずだが――
「ほぅ…アタシに向かっていってるのかい?」
と、しっかりと聞こえていた。
ゆらぁと席を立ち、夕馬に向き直る碧羽。
「10歳まで一人で寝れなかったヘッポコユウちゃんが、このアタシに向かって、クソ姉貴と言うか…」
ぶっとコーヒーを吹く夕馬。
「他にも…最後におねしょをしたのが8歳だったかな?小学校2年生でみっともない…」
「姉ちゃん!!」
「ん~?謝るのが先じゃねぇのかい?」
カランといい音を立てグラスを置く
「兄さん――もう一杯だ」
修也が碧羽のグラスにウイスキーを注ぐ
「夕馬、お前の負けだ」
そういいながら口元が笑っている。
「姉ちゃんはな――お前が心配で心配でここまで来たんだよ」
懐から煙管を取り出し、慣れた手つきでキザミ煙草を詰める。
「だと言うのにご挨拶だねぇ…夕馬、火」
煙管の先を夕馬に差し出し、火付けを促す。
ったくと頭を掻きながら店のマッチで火をつけ、煙管に火を灯す夕馬。
「まぁ――親父に言われてね。様子を見に行けとさ」
ふぅ~っと紫煙を燻らせて、ウイスキーをあおった。
「――親父が?」
不思議だった。
下の弟のコトは心配するが夕馬と碧羽の事なんか殆ど興味を示さない親父が、自分を心配してる。と言うのが不思議だった。
そもそも碧羽が、親父の言う事を聞いている事も不思議だと言うのに
「まぁ…親父には感謝しているよ。アタシ等をここまで育ててくれたんだからね…」とグラスの氷を弄んでいた。

碧羽は当分敷浪にいるらしく、今から住処を探すらしい。
芳田家はもう一杯なので「ごめんなさいね…」と呟く雨音に「最悪夕馬んトコに転がるから問題ないですよ。お気遣い有難う御座います」と深々と頭を下げている。
「じゃ、また来るよ」としこたま飲んだのにも関わらず、顔色一つ変えずに夜の敷浪に消えていった。
夕馬は「我が姉ながら…敷浪が似合う女だ…」とボソリと言うと隣の恵一も「全くですね…」と呆けていた。
嵐が過ぎ去った後は全員静かになっていた。
修也と雨音は片付けの後、上に戻り就寝の準備をしている。
秋華と香と恵一の3人ははなんだかんだと言いながらコンピューターを地下室に運んでいる。
夕馬も大きなコンピュータを運んだりしているが、配線になるとさっぱりであった。
一通りが終わり、コンピュータを起動させる頃には12時半を回っていた。
「しかし…なんで突然ブルーバードをここで作ろうと?」
夕馬は配線だらけになった地下室の机に腰掛け、煙草に火を付けながら秋華に尋ねた。
「んー」と鼻頭を掻きながら照れ臭そうにしている。
「アイ君のせいかなー。アイ君が必死に戦ってるのに僕は逃げてるだけで何もしていない…だから」
ぐっと前を向き夕馬に向かった。
「僕が出来る事をしっかりやろうと思う!もう逃げないよ」
ふぅん…と決心させた自覚が全く無い夕馬。
「ブルーバードを実戦向きに改造する事にしたんだ。そんでその戦闘支援用のAIもさっき組んだよ!レイヴンのお供に出来る日はそう遠くないかな!」
あれほど嫌がっていた戦闘利用を、まさか自ら言い出すとは…と一番驚いているのは恵一だった。
当の秋華はでへへ…と笑っている。

次回予告
――それぞれの思い
「異能力?何、それ…」
――それぞれの物語
「僕は僕の道を行きます」
――そして明かされる過去
「20年前の話を少ししようか…」

第6話 【過去】

「ひゃは…ヒャハハハハハハ!!!!」
そして――日常は崩壊する。