『ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!』
薄暗い部屋の中から、空気を裂くような叫び声がこだました。断末魔の叫びと言うのは今のような声のことを言うのだろう。
『キ…リ…』
意味が理解できない声を最後に、それ以降何の物音も聞こえなくなった。
モニターが十個程並ぶ部屋の中央に、大きなコンピューターが置いてある。そのコンピューターからは配線が伸びており、その傍らに鎮座している、ベットとも手術台ともとれる台に接続されていた。
「ち、また失敗か…」
無精髭に、黄ばんでよれよれになった白衣を着た男が、頭をガシガシと掻きながら席を立つ。
「片付けておけよ」
隣に立っていた銜えタバコの男が、近くに居た研究員らしき男に言い捨てその部屋から出て行った。
第一話 【変身】
日本で一・二を繁華街-敷浪町。『眠らない街』『不夜城』『合法都市』と、様々な異名を持つこの街は、合法・非合法問わず賑わっていた。
週末ともなれば、会社帰りのサラリーマンが快楽を求め彷徨い、大学生と思わしき集団が居酒屋を求めて徘徊する。
清濁混ぜ合わせた混沌とした街。その街の一角にあるBar『Heven's Door』。金曜の夜だと言うのに、客は白いスーツを着込んだ軽薄そうな男だけだった。
「はぁ…暇だな…」
グラスを拭いていた青年がため息混じりに呟いた。
「こらこら…仕事中に暇と言うのはいただけないな」
オールバックに口髭、服装はベストに蝶ネクタイ。いわゆるバーテンダーと言う格好をした初老と言うには若く、青年と言うには少々歳を取りすぎている男が青年を小突いた。
「あ、すいませんマスター」
マスターと呼ばれた男は。まぁ事実暇だがな、と微笑んだ。
「よし、夕馬。今日はもう上がっていいぞ」
「え?」
マスターはグラスを棚に戻しながら、青年に向かって言った。
「客も居なくなったしな」
ふとカウンターに目をやると、白いスーツの男が財布を取り出し、会計を促していた。
「会計頼む」
男は伝票をカウンターに置きマスターに目をやった。
「じゃ、じゃあお疲れ様でした」
夕馬は拭き終わったグラスを置きカウンターから出る。マスターは目だけで挨拶をしスーツの男の会計を続けた。
「うおっ!流石に寒いな…」
突き刺さるような冷たい風に晒されながら、店から出た夕馬は腕時計に目をやる。時刻は午前二時半。『今からなら歩いて帰っても三時には家に着くなぁ』等と思いながら取りあえず近くの自動販売機で缶コーヒーを買った。
『さすがにそろそろダウンジャケット必要かな。取りあえず明日はバイト休みだし、一日寝てよう』なだと思いつつ、温かい缶コーヒーのプルタブを開けようとしたその時。
「やめて下さいっ」
切羽詰った女性の声が聞こえてきた。大方三・四人にナンパでもされて困っているのだろうと冷静に振り向く。
「ほらな…」
夕馬の予想通り、静かそうな女性とガラの悪いいわゆるチンピラと言うような男が四人、言い争いをしていた。物騒な事に一人はナイフのような物をチラつかせている。
『全く…、女性を口説く時に光物はねぇだろ…』
夕馬は至って冷静だった。それもそのはず、ここ敷浪町ではこんなものは日常茶飯事だからだ。女が一人で歩いていれば男が群がる。それが敷浪町の住人の習性だ。
「やめて下さいって言ってるでしょ!?」
「ひゅー怖い怖い。オレ等は夜道は危ないから送ってやろうって言ってるんだぜ?純然たる善意なわけですよ?」
「大丈夫です!放っておいてください!」
女の方を見ていると、いかにも気弱と言う感じだった。思わず守ってあげたくなるような雰囲気を醸し出している。
『これなら絡まれても仕方ないな…』などと缶コーヒーを飲みながら夕馬はなりゆきを見守っていた。
「おいおい…つれない事言うなよ~。なぁ?痛くしねーからよ?」
そう言いながら男の一人がナイフをチラつかせた。
「あー、お兄ちゃん等?ナイフはいけないよナイフは」
普段ならば放っておくのだが、今日の寒波のせいで夕馬は気が立っていた。言わばただの八つ当たりだった。
「あ?んだてめぇ!坊ちゃんは引っ込んでろや!」
男の一人が夕馬の方にツカツカと歩み寄ってきた。
「女口説くのにナイフはないだろ…ナイフはさ」
手に持った空になった缶コーヒーを足元に投げ付ける。目も前の男が右脚を上げそれを避ける。
そのまま一足で近付き、勢いに任せて思いっきり顔面に拳の腹を叩きつけた。男は片足ではバランスを上手く取れず、地面に叩きつけられる。
一瞬の静寂の後、「なんだてめぇ!」「やんのかコラ!?」等と叫びながら残りの男が一斉に夕馬を見る。
「てめぇと言われてもな…、店の前で暴れられるは、こっちとしても困るんだ。それにほら、寒いしな」
ホレ、かかって来い。とでも言うように男達に向けて、指先をちょいちょいと動かし挑発する。良い具合に激昂する男たち。今夜も敷浪町は賑わっている。
落合夕馬は至って普通の青年だった。歳は二十三歳、大学卒業と同時に家を出たが、別に親と不仲だとか、家庭の事情だとかと言った理由は一切ない。
強いて言えば就職していない事が気まずいと言う位のもので、実際はそれよりも一人の力で生きたいと言う思いが大きかった。
父親からも「好きにやれ」とだけ言われただけで、それ以来ろくに連絡も取っていなかった。それでも夕馬に取っては、父親が賛成してくれたと感じていた。
時折本当に父親が賛成していたのか疑問に思うこともあったが、大丈夫だと自分に言い聞かせ、カバンだけ背負い敷浪町に来た。敷浪町に着いてから半年後に今のマスターに拾われ他のだが、それまでの半年間が壮絶だった。
敷浪町のルール「奪い・奪われ」の繰り返しで生活していた。腕っ節だけはその半年間で相当上がった。元々弱い方ではなく、むしろ地元のチンピラから恐れられていた程だった。
そしてその半年間で更にその技術を向上させた。つまり、“べらぼうに強い”のだ。
「で、だ」
タバコに火を付け、一息ぐっと吸い込んだ。
「まだやるか?」
先程までナイフをちらつかせていた男達は、地面をベットにぐっすり眠っていた。
「全く…この程度でこの辺うろつくなよな…」
地面にタバコを押し付け自動販売機に向かう。
「見つけた…」
「ん?お、そうだ。怪我無い…か…」
女の子を助けた事を思い出し、振り返って気遣った夕馬だったが。バチッ、と言う音と共に「ぎっ」と小さい声を上げ、そのまま地面に倒れ付した。意識は完全に断たれていた。
夕馬の背後に立った女の子の手には、テレビのリモコンの先に針金を付けたような物が握られている。いわゆるスタンガンだ。
「今度こそ」
女はポケットから携帯電話を取り出す。
「私です。…はい。四人。一人は期待できます。はい。お願いします。Dr芦田」
十五分後には争った形跡など一切分からなくなっていた。自動販売機には百二十円が入ったままだった。
夕馬が目覚めるとそこは何処かだった。何処かが分かっていれば『何処か』等と言う狂言は使わない。知らない天井に知らない壁。そして知らない拘束具。
「こりゃ…手錠?何でだ?」
足枷・手錠、ご丁寧に分厚い革のベルトまで使用されていた。どうやらベッドに縛り付けられている。
「そういう趣味は無いんだけどな…」
そんな事よりタバコが吸いたい。そう続けて言おうとしたが、独り言は言ってても虚しくなるので止めた。それよりも自分の置かれている状況が知りたかった。
『ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!』
突然耳を劈くような叫び声が響いた。どこかで聞き覚えのある声だ。
「あぁ…さっきのか…」
叫び声が途切れると部屋のドアが開いた。
「予想以上に早い目覚めですね」
先程助けようとした女と、ボサボサ頭にヨレヨレの白衣の男が部屋に入ってきた。
「助けてやったのに随分手厚い歓迎だな…お礼の手料理はまだかい?」
「これは思ったよりも期待が出来そう」
女は夕馬の言葉にまったく反応する様子が無かった。
「コイツが期待できるサンプルか…確かに良い素材だ」
ボサボサ頭が夕馬ににじり寄る。年齢は30歳程だろうか、マスターより若いが夕馬よりは歳をくっているようだ。
「始めましてサンプル君。私は芦田と言う者だ」
少々低いが、ねっとりと絡みつくような口調で、下卑た感じが神経に触る。
「どうも落合夕馬だ。趣味はバードウォッチング。何処にでもいる好青年だ。もちろん嘘だけどな」
「フフフ…良いねぇ、その目」
実験動物でも見るかのような目つきで夕馬を見回し、頭をガシガシとかく。まるで品定めでもしているかの様に。
「君はこれから人間を辞めてもらうよ。いや、人間から逸脱してもらうと言った方が正しいか…。サユリ君、準備はイイかね?」
「はい、いつでもどうぞ」
さっきと打って変わって冷淡な瞳でサユリと呼ばれた女は芦田に注射器を手渡した。注射器を受け取った芦田は、拘束されている夕馬の首筋にそれを乱暴に突き刺し、スイッチを押した。
―プシュ
中に入っていた液体が夕馬の体の中に侵入してくる。体の中を異物が駆け巡る感覚が夕馬を襲った。
「てっ、何しやがった!?」
十秒か十五秒か経って、一瞬、体の感覚が消えたかと思うと、全身の血が逆流するかのような感覚が襲ってきた。
「ぎっ…ぐぅあぁぁぁぁぁぁぁぁ…っ!!!」
人間のものとは思えないような絶叫。まるで獣のような咆哮を上げる夕馬にもはや意識は無かった。五分以上絶叫は続き、液体を注入されてから10分程過ぎた時、声が止んだ。
夕馬の口からは血が垂れ流れ、白目を剥いて痙攣していた。
「なんだ?期待していたのだがね。また失敗か」
芦田は興味を失ったのか今なを痙攣し続ける夕馬に背を向けた。
「この研究さえ成功すれば…私も…」
ボソリと何かを呟き、懐からタバコを取り出し火を付けようとした時。
ガコン…
背後から物音が聞こえた。助手であり、サンプル調達係のサユリは隣にいる。他の研究員は別室で待機している。先程の実験体は失敗に終わった。だとすれば、今この部屋の中に生きた者は芦田とサユリのだけの筈だ。
手にしたタバコを取りこぼしながらも芦田は恐る恐る振り返った。
「まさか…」
徐々に高鳴る胸を抑え、まるで少年のような瞳で芦田が振り向いたそこには、手錠や足枷で拘束されていた筈の夕馬が立っていた。
「成功だ…ひひっ…成功だぁ!!!ひひひっ、ひゃはははははは!!!!」
下卑た笑い声が研究室内に響き渡った。
『第参世代型改造人間』
ナノ単位のメカを体内に注入し、人間の限界値を圧倒的に超える超人を作り出す。科学者としては一度落ちぶれた芦田にとっては最後の賭けに近かった。
自分の為に他人がどうなろうと知ったことではない。そんな事よりも、自分がどうすれば"あの席”に戻れるかが重要だった。丁度いい事に近くにサンプル収集にうってつけの街があった。敷浪町で人が消える事など、日常茶飯事も良い所だ。
もう二ダース分はサンプルを使っただろう。若い男、若い女、年老いた男、年老いた女、子供…。失敗すれば次を運べばいい、次を運ばせればいい。そうして栄えある二十五人目で見事当たりを引いた。
落合 夕馬。最高のサンプルだ。
このサンプルの体内にはナノマシンに対する抗体が出来ている。失敗してもこの抗体を打ち込めさえすれば、ナノマシンの活性化を抑える事が出来る。つまり、一人成功すれば後はいくらでも量産がきくわけだ。
これで”あの席”に戻ることが出来る…。
などと陰湿な微笑を浮かべながら芦田は自室に篭っていた。何やら巨大なコンピューターに何だか分からない様な数式を打ち込んでいる。
「完璧だ…完璧だ…完璧だ!私の頭脳は完璧だ!!!!」
気が狂ったかの様に芦田は甲高い声で笑い続けた。
「た、大変だ!侵入者!侵入者だ!」
芦田が自室に篭り五分と経たない内に警報が鳴り響いた。敷浪町と大分離れた山中の研究室に侵入者等と有り得ないはずだった。第一表向きは「食品会社の研究所」であるココに侵入する理由なんて物は無い。
セキュリティーは万全だが、表には出ない様に細工をしてある。
「侵入者…?何かの間違いだろう…そんな事よりもサンプルの血清を抽出する作業の方が大事だ」
軍の1個大隊が攻撃を仕掛けてきても撃退できるだけの戦力がココにはある。芦田は、今や国連軍にでも勝てるがな、と隣室に目を向けた。
「HQ(本部)!なんだコイツは!?人間じゃ…ぐあーーーーーー!!!」
先程から無線からはそんな声ばかり聞こえる。確実に侵入者は芦田の研究室に向かっている。
『全くようやく面白くなってきたと言うのに、騒がしい奴らだ』
十回目の無線を聞いても芦田はその程度の感想しか持たなかった。研究意外の事柄に全く興味が無いらしい。
「Dr、どうやら侵入者のようです。ここは危険かもしれませんので避難いたしますか?」
緊急事態だというのにサユリは至って冷静に芦田にそう伝えた。
「何があったんだねサユリ君?」
サユリの報告でようやく興味を示したのか、芦田はそんなのんきな事を聞いた。
パラララララ…
直ぐ近くで銃声が聞こえる。直ぐ近くと言う事は直ぐ傍に侵入者が居るのだ。
「おかしな人間が単独でここに乗り込んできました。私としては避難する事よりも捕獲する事をお勧めします」
淡々と聞かれた事に答えるサユリ。その背後に男が立っていた。
オールバックに口髭、服装はベストに蝶ネクタイ。
いわゆるバーテンダーと言う格好をした初老と言うには若すぎ、青年と言うには少々年を取っている男だ。
「うちの従業員がここでお世話になっているみたいだが…知らないかね?」
Heven's Doorのマスターである。1個大隊を相手に出来る兵力を物ともせず。銃声と銃弾が飛び交う中に居るバーテンダーと言うのも奇妙な光景だ。
「誰だね君は?」
億劫そうに芦田は男を見る。
「誰だもクソも私の方が聞いているんだが?うちの従業員は何処に居るんだい?」
そんな芦田の様子に興味も見せずマスターはタバコをふかしている。
「この部屋では私が法だ」
パン!
乾いた銃声が響いた。いつの間にか芦田の右手には拳銃が握られていた。
「…そんなものは私には当たらないよ…“私に銃弾は当たらない”。それよりもうちの従業員は何処だね?」
マスターの足元に鉛玉が打ち込まれていた。
パン・パン!
今度は二発。芦田とサユリが同時に発砲した。
だがマスターの言葉通りに銃弾が当たらなかった。銃弾に意思があるかの様にマスターを避けたのだ。
「ひゃはっ!面白いな!一体どういう仕組みだ?」
芦田が嬉しそうに言い放つ。まるで新しいおもちゃを手に入れた子供の様に。
「ただのバーのマスターさ…」
悠々と紫煙を燻らせている。
「いいかい?三度目の質問だ。うちの従業員は何処に居るのかね?」
眼光はただのバーのマスターのそれとは違った。戦士の眼。それも数多の戦いを経た戦士の眼だった。
「今だッ!ってぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
指揮官と思われる男の号令でマスターの背後に隠れていた十名ほどの兵士がアサルトライフルを乱射した。しかし結果は同じであった。
銃弾がマスターを避けるのだ。
「なるほどなるほど、君は異能か」
芦田が何かに納得したように頷く。
「だが…異能は二十年前に滅んだはず。全て無くなったと記憶していたが?しかし…まさかッ!」
マスターは相変わらず紫煙を燻らせている。
「そうか、当たらない銃弾…、君は、芳田…芳田修也か!」
ピクリと眉を動かしマスターはタバコを地面に捨てた。
異能力者
人々の願いが形になった者達。20年前に起きた大規模な戦闘で殆どの異能者はその力を失い、一般人として生きている。だが、異能の中にも例外がいた。
強力すぎる力は一切が消えると言うことはなかった。
強力すぎる力…想いの力は消えなかった。
ある少年が居た。
その少年は新たな世界と少女を天秤に掛けた。少年は少女を選び世界は元に戻った。だが少年は少女を守ると言う想いを持ち続けた。そこに神に近いものが気まぐれを起こしたのだ。
少年の能力は消さずにいた。
少年が「世界の敵」になるか「世界の味方」になるか…。
気まぐれだった。
少年…修也の能力。思った事を現実にする能力。想いの力。
「まさかこの力を再び使う時がくるとはね。皮肉な物だ。無くなってほしかった力が今役にたっているのだからな」
やや自嘲気味にマスターは呟いた。
「芳田修也、君さえ余計なことをしなければ、Typeシリーズの完成は十五年は早かっただろう」
芦田は世間話でもするかのように語りだした。
「まぁ聞きたまえ、これは私個人の只の苦労話だよ…。君が無意味な抵抗をしてくれたお陰でね、十五年も無駄ともいえる時間を過ごしたのだよ。よりにもよって鴫博士を殺すなんて大罪を犯してくれるとは。
私一人ではTypeシリーズの完成にこんなにも時間がかかってしまった」
芦田は額に指を当て、これまでの苦労を思い出すかのように話を続ける。そんな芦田から一切眼を逸らさずマスターは睨み続けた。
「鴫…」
「あの方の頭脳は素晴らしかった。この私が唯一自分よりも上と認めた、あの方さえ生きていれば…我々の勝利は確実の物となっていただろう」
興奮して息がだんだんと荒くなっていく。
「しかし、そんな事はもう水に流そう。なにせ君自ら私の元にやってきてくれたのだからね!」
芦田は狂ったかのように笑い出すと懐に手を入れた。
「あの方の最後の研究…人工的に異能者を作り出す研究を私は受け継いだ。大いなる研究だ!」
そして懐から取り出した何かのスイッチを
「見たまえ!あの方と私の研究成果を!」
押した。
カチリッ
乾いた音の後、芦田の背後にある鉄製の扉が「ガコン」と音を立てて開いた。扉の向こうには,夕馬が立っていた。
「夕馬…!?いや、違う!?」
マスターは眼を疑った。そこに立っていたのは精気を失った夕馬だった。夕馬を知るものであれば、誰もが夕馬の形をした人形が居るのかと疑っただろう。
「ひゃははははッ!流石の「世界の敵」とは言えコイツには勝てないだろう!勝つどころか手を出すことも出来まい!」
芦田は相変わらずの下卑た笑い声を上げるとマスターを一瞥した後。
「さぁっやれ!Type-R!目の前の男は貴様の敵だ!!」
と夕馬に命じた。
「イエス マスター」
返事と同時に床が抜けるんじゃないかという勢いで、地面を蹴りマスターとの間合を詰めた。
「クッ!気が付け!夕馬!俺だ!!」
マスターの叫び声も虚しく夕馬は激しく攻め立てている。
「…」
無言。無視とかそういった雰囲気ではない。聴こえてない、認識してない。と言った感じであった。そして先程からの夕馬の攻撃は容赦がなかった。
眼・鳩尾・心臓・金的…急所を確実に狙っている。
『コイツ…ホントに夕馬なのか!?』と全ての攻撃を捌きながら思考を巡らせる。拳は当たらないと想っている。だから攻撃は全て見えている。
だが見えていてもかわすのが精一杯。人間の速度を超えていた。
「ちぃっ…!」
前蹴りで夕馬の体を押し出し、距離を取って様子を伺う。
精気は無いが眼だけギラギラしている。初めて夕馬と会った時のようだった。マスターと向き合うと懐から何かを取り出した。ベルトのバックルにも見えるがやけに大きかった。
「マスター の ジャマ ハ させナい」
そう言うと夕馬はヘソの下辺りにその大きなバックルを沿えた。
―realization
とバックルから音声が聞こえてくる
同時にバックルから金属のベルトの様なモノが伸び、腰を一周させて装着された。すると夕馬はバックルの丁度真ん中で腕を交差させ、ゆっくりと右手を上げ空中で8の字を書いた。
―transformation phase
またもベルトから音声が鳴りベルトの真ん中が光り始めた。3回光った所で左手を右上に上げながら右手を腰まで下ろし叫んだ。
「ヘンシン…ッ!!」
―transformation
ベルトが光り、体全身が発光した。
そして光が止まるとそこには黒い装甲、赤いバイザーの様な物、首には赤いマフラー。謎の強化兵が立っていた。
「夕馬…くそっ!」
「ひゃははははははっ!絶望しろ!芳田修也!!やれ!Type-R!」
まるで映画やドラマを見るように芦田が叫ぶ。
「イエス マスター」
芦田が叫び終わるか終わらないかの所で、夕馬の声をした黒い戦士はマスターとの距離を詰めた。
一撃でおわらせる為に…。
一瞬で終わらせる為に…。
次回予告
-激化する戦闘。
「いい加減目を覚ませッ!夕馬ッ!!!」
-交錯する意思
「フハハハ!まぁよい…私は確実にあの場に行くのだからな!」
夕馬の行方は…?
次回 【 激動 】
「俺は…俺が守るって決めた事を揺るがしたくないッ!!だから…戦うんだ!」
薄暗い部屋の中から、空気を裂くような叫び声がこだました。断末魔の叫びと言うのは今のような声のことを言うのだろう。
『キ…リ…』
意味が理解できない声を最後に、それ以降何の物音も聞こえなくなった。
モニターが十個程並ぶ部屋の中央に、大きなコンピューターが置いてある。そのコンピューターからは配線が伸びており、その傍らに鎮座している、ベットとも手術台ともとれる台に接続されていた。
「ち、また失敗か…」
無精髭に、黄ばんでよれよれになった白衣を着た男が、頭をガシガシと掻きながら席を立つ。
「片付けておけよ」
隣に立っていた銜えタバコの男が、近くに居た研究員らしき男に言い捨てその部屋から出て行った。
第一話 【変身】
日本で一・二を繁華街-敷浪町。『眠らない街』『不夜城』『合法都市』と、様々な異名を持つこの街は、合法・非合法問わず賑わっていた。
週末ともなれば、会社帰りのサラリーマンが快楽を求め彷徨い、大学生と思わしき集団が居酒屋を求めて徘徊する。
清濁混ぜ合わせた混沌とした街。その街の一角にあるBar『Heven's Door』。金曜の夜だと言うのに、客は白いスーツを着込んだ軽薄そうな男だけだった。
「はぁ…暇だな…」
グラスを拭いていた青年がため息混じりに呟いた。
「こらこら…仕事中に暇と言うのはいただけないな」
オールバックに口髭、服装はベストに蝶ネクタイ。いわゆるバーテンダーと言う格好をした初老と言うには若く、青年と言うには少々歳を取りすぎている男が青年を小突いた。
「あ、すいませんマスター」
マスターと呼ばれた男は。まぁ事実暇だがな、と微笑んだ。
「よし、夕馬。今日はもう上がっていいぞ」
「え?」
マスターはグラスを棚に戻しながら、青年に向かって言った。
「客も居なくなったしな」
ふとカウンターに目をやると、白いスーツの男が財布を取り出し、会計を促していた。
「会計頼む」
男は伝票をカウンターに置きマスターに目をやった。
「じゃ、じゃあお疲れ様でした」
夕馬は拭き終わったグラスを置きカウンターから出る。マスターは目だけで挨拶をしスーツの男の会計を続けた。
「うおっ!流石に寒いな…」
突き刺さるような冷たい風に晒されながら、店から出た夕馬は腕時計に目をやる。時刻は午前二時半。『今からなら歩いて帰っても三時には家に着くなぁ』等と思いながら取りあえず近くの自動販売機で缶コーヒーを買った。
『さすがにそろそろダウンジャケット必要かな。取りあえず明日はバイト休みだし、一日寝てよう』なだと思いつつ、温かい缶コーヒーのプルタブを開けようとしたその時。
「やめて下さいっ」
切羽詰った女性の声が聞こえてきた。大方三・四人にナンパでもされて困っているのだろうと冷静に振り向く。
「ほらな…」
夕馬の予想通り、静かそうな女性とガラの悪いいわゆるチンピラと言うような男が四人、言い争いをしていた。物騒な事に一人はナイフのような物をチラつかせている。
『全く…、女性を口説く時に光物はねぇだろ…』
夕馬は至って冷静だった。それもそのはず、ここ敷浪町ではこんなものは日常茶飯事だからだ。女が一人で歩いていれば男が群がる。それが敷浪町の住人の習性だ。
「やめて下さいって言ってるでしょ!?」
「ひゅー怖い怖い。オレ等は夜道は危ないから送ってやろうって言ってるんだぜ?純然たる善意なわけですよ?」
「大丈夫です!放っておいてください!」
女の方を見ていると、いかにも気弱と言う感じだった。思わず守ってあげたくなるような雰囲気を醸し出している。
『これなら絡まれても仕方ないな…』などと缶コーヒーを飲みながら夕馬はなりゆきを見守っていた。
「おいおい…つれない事言うなよ~。なぁ?痛くしねーからよ?」
そう言いながら男の一人がナイフをチラつかせた。
「あー、お兄ちゃん等?ナイフはいけないよナイフは」
普段ならば放っておくのだが、今日の寒波のせいで夕馬は気が立っていた。言わばただの八つ当たりだった。
「あ?んだてめぇ!坊ちゃんは引っ込んでろや!」
男の一人が夕馬の方にツカツカと歩み寄ってきた。
「女口説くのにナイフはないだろ…ナイフはさ」
手に持った空になった缶コーヒーを足元に投げ付ける。目も前の男が右脚を上げそれを避ける。
そのまま一足で近付き、勢いに任せて思いっきり顔面に拳の腹を叩きつけた。男は片足ではバランスを上手く取れず、地面に叩きつけられる。
一瞬の静寂の後、「なんだてめぇ!」「やんのかコラ!?」等と叫びながら残りの男が一斉に夕馬を見る。
「てめぇと言われてもな…、店の前で暴れられるは、こっちとしても困るんだ。それにほら、寒いしな」
ホレ、かかって来い。とでも言うように男達に向けて、指先をちょいちょいと動かし挑発する。良い具合に激昂する男たち。今夜も敷浪町は賑わっている。
落合夕馬は至って普通の青年だった。歳は二十三歳、大学卒業と同時に家を出たが、別に親と不仲だとか、家庭の事情だとかと言った理由は一切ない。
強いて言えば就職していない事が気まずいと言う位のもので、実際はそれよりも一人の力で生きたいと言う思いが大きかった。
父親からも「好きにやれ」とだけ言われただけで、それ以来ろくに連絡も取っていなかった。それでも夕馬に取っては、父親が賛成してくれたと感じていた。
時折本当に父親が賛成していたのか疑問に思うこともあったが、大丈夫だと自分に言い聞かせ、カバンだけ背負い敷浪町に来た。敷浪町に着いてから半年後に今のマスターに拾われ他のだが、それまでの半年間が壮絶だった。
敷浪町のルール「奪い・奪われ」の繰り返しで生活していた。腕っ節だけはその半年間で相当上がった。元々弱い方ではなく、むしろ地元のチンピラから恐れられていた程だった。
そしてその半年間で更にその技術を向上させた。つまり、“べらぼうに強い”のだ。
「で、だ」
タバコに火を付け、一息ぐっと吸い込んだ。
「まだやるか?」
先程までナイフをちらつかせていた男達は、地面をベットにぐっすり眠っていた。
「全く…この程度でこの辺うろつくなよな…」
地面にタバコを押し付け自動販売機に向かう。
「見つけた…」
「ん?お、そうだ。怪我無い…か…」
女の子を助けた事を思い出し、振り返って気遣った夕馬だったが。バチッ、と言う音と共に「ぎっ」と小さい声を上げ、そのまま地面に倒れ付した。意識は完全に断たれていた。
夕馬の背後に立った女の子の手には、テレビのリモコンの先に針金を付けたような物が握られている。いわゆるスタンガンだ。
「今度こそ」
女はポケットから携帯電話を取り出す。
「私です。…はい。四人。一人は期待できます。はい。お願いします。Dr芦田」
十五分後には争った形跡など一切分からなくなっていた。自動販売機には百二十円が入ったままだった。
夕馬が目覚めるとそこは何処かだった。何処かが分かっていれば『何処か』等と言う狂言は使わない。知らない天井に知らない壁。そして知らない拘束具。
「こりゃ…手錠?何でだ?」
足枷・手錠、ご丁寧に分厚い革のベルトまで使用されていた。どうやらベッドに縛り付けられている。
「そういう趣味は無いんだけどな…」
そんな事よりタバコが吸いたい。そう続けて言おうとしたが、独り言は言ってても虚しくなるので止めた。それよりも自分の置かれている状況が知りたかった。
『ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!』
突然耳を劈くような叫び声が響いた。どこかで聞き覚えのある声だ。
「あぁ…さっきのか…」
叫び声が途切れると部屋のドアが開いた。
「予想以上に早い目覚めですね」
先程助けようとした女と、ボサボサ頭にヨレヨレの白衣の男が部屋に入ってきた。
「助けてやったのに随分手厚い歓迎だな…お礼の手料理はまだかい?」
「これは思ったよりも期待が出来そう」
女は夕馬の言葉にまったく反応する様子が無かった。
「コイツが期待できるサンプルか…確かに良い素材だ」
ボサボサ頭が夕馬ににじり寄る。年齢は30歳程だろうか、マスターより若いが夕馬よりは歳をくっているようだ。
「始めましてサンプル君。私は芦田と言う者だ」
少々低いが、ねっとりと絡みつくような口調で、下卑た感じが神経に触る。
「どうも落合夕馬だ。趣味はバードウォッチング。何処にでもいる好青年だ。もちろん嘘だけどな」
「フフフ…良いねぇ、その目」
実験動物でも見るかのような目つきで夕馬を見回し、頭をガシガシとかく。まるで品定めでもしているかの様に。
「君はこれから人間を辞めてもらうよ。いや、人間から逸脱してもらうと言った方が正しいか…。サユリ君、準備はイイかね?」
「はい、いつでもどうぞ」
さっきと打って変わって冷淡な瞳でサユリと呼ばれた女は芦田に注射器を手渡した。注射器を受け取った芦田は、拘束されている夕馬の首筋にそれを乱暴に突き刺し、スイッチを押した。
―プシュ
中に入っていた液体が夕馬の体の中に侵入してくる。体の中を異物が駆け巡る感覚が夕馬を襲った。
「てっ、何しやがった!?」
十秒か十五秒か経って、一瞬、体の感覚が消えたかと思うと、全身の血が逆流するかのような感覚が襲ってきた。
「ぎっ…ぐぅあぁぁぁぁぁぁぁぁ…っ!!!」
人間のものとは思えないような絶叫。まるで獣のような咆哮を上げる夕馬にもはや意識は無かった。五分以上絶叫は続き、液体を注入されてから10分程過ぎた時、声が止んだ。
夕馬の口からは血が垂れ流れ、白目を剥いて痙攣していた。
「なんだ?期待していたのだがね。また失敗か」
芦田は興味を失ったのか今なを痙攣し続ける夕馬に背を向けた。
「この研究さえ成功すれば…私も…」
ボソリと何かを呟き、懐からタバコを取り出し火を付けようとした時。
ガコン…
背後から物音が聞こえた。助手であり、サンプル調達係のサユリは隣にいる。他の研究員は別室で待機している。先程の実験体は失敗に終わった。だとすれば、今この部屋の中に生きた者は芦田とサユリのだけの筈だ。
手にしたタバコを取りこぼしながらも芦田は恐る恐る振り返った。
「まさか…」
徐々に高鳴る胸を抑え、まるで少年のような瞳で芦田が振り向いたそこには、手錠や足枷で拘束されていた筈の夕馬が立っていた。
「成功だ…ひひっ…成功だぁ!!!ひひひっ、ひゃはははははは!!!!」
下卑た笑い声が研究室内に響き渡った。
『第参世代型改造人間』
ナノ単位のメカを体内に注入し、人間の限界値を圧倒的に超える超人を作り出す。科学者としては一度落ちぶれた芦田にとっては最後の賭けに近かった。
自分の為に他人がどうなろうと知ったことではない。そんな事よりも、自分がどうすれば"あの席”に戻れるかが重要だった。丁度いい事に近くにサンプル収集にうってつけの街があった。敷浪町で人が消える事など、日常茶飯事も良い所だ。
もう二ダース分はサンプルを使っただろう。若い男、若い女、年老いた男、年老いた女、子供…。失敗すれば次を運べばいい、次を運ばせればいい。そうして栄えある二十五人目で見事当たりを引いた。
落合 夕馬。最高のサンプルだ。
このサンプルの体内にはナノマシンに対する抗体が出来ている。失敗してもこの抗体を打ち込めさえすれば、ナノマシンの活性化を抑える事が出来る。つまり、一人成功すれば後はいくらでも量産がきくわけだ。
これで”あの席”に戻ることが出来る…。
などと陰湿な微笑を浮かべながら芦田は自室に篭っていた。何やら巨大なコンピューターに何だか分からない様な数式を打ち込んでいる。
「完璧だ…完璧だ…完璧だ!私の頭脳は完璧だ!!!!」
気が狂ったかの様に芦田は甲高い声で笑い続けた。
「た、大変だ!侵入者!侵入者だ!」
芦田が自室に篭り五分と経たない内に警報が鳴り響いた。敷浪町と大分離れた山中の研究室に侵入者等と有り得ないはずだった。第一表向きは「食品会社の研究所」であるココに侵入する理由なんて物は無い。
セキュリティーは万全だが、表には出ない様に細工をしてある。
「侵入者…?何かの間違いだろう…そんな事よりもサンプルの血清を抽出する作業の方が大事だ」
軍の1個大隊が攻撃を仕掛けてきても撃退できるだけの戦力がココにはある。芦田は、今や国連軍にでも勝てるがな、と隣室に目を向けた。
「HQ(本部)!なんだコイツは!?人間じゃ…ぐあーーーーーー!!!」
先程から無線からはそんな声ばかり聞こえる。確実に侵入者は芦田の研究室に向かっている。
『全くようやく面白くなってきたと言うのに、騒がしい奴らだ』
十回目の無線を聞いても芦田はその程度の感想しか持たなかった。研究意外の事柄に全く興味が無いらしい。
「Dr、どうやら侵入者のようです。ここは危険かもしれませんので避難いたしますか?」
緊急事態だというのにサユリは至って冷静に芦田にそう伝えた。
「何があったんだねサユリ君?」
サユリの報告でようやく興味を示したのか、芦田はそんなのんきな事を聞いた。
パラララララ…
直ぐ近くで銃声が聞こえる。直ぐ近くと言う事は直ぐ傍に侵入者が居るのだ。
「おかしな人間が単独でここに乗り込んできました。私としては避難する事よりも捕獲する事をお勧めします」
淡々と聞かれた事に答えるサユリ。その背後に男が立っていた。
オールバックに口髭、服装はベストに蝶ネクタイ。
いわゆるバーテンダーと言う格好をした初老と言うには若すぎ、青年と言うには少々年を取っている男だ。
「うちの従業員がここでお世話になっているみたいだが…知らないかね?」
Heven's Doorのマスターである。1個大隊を相手に出来る兵力を物ともせず。銃声と銃弾が飛び交う中に居るバーテンダーと言うのも奇妙な光景だ。
「誰だね君は?」
億劫そうに芦田は男を見る。
「誰だもクソも私の方が聞いているんだが?うちの従業員は何処に居るんだい?」
そんな芦田の様子に興味も見せずマスターはタバコをふかしている。
「この部屋では私が法だ」
パン!
乾いた銃声が響いた。いつの間にか芦田の右手には拳銃が握られていた。
「…そんなものは私には当たらないよ…“私に銃弾は当たらない”。それよりもうちの従業員は何処だね?」
マスターの足元に鉛玉が打ち込まれていた。
パン・パン!
今度は二発。芦田とサユリが同時に発砲した。
だがマスターの言葉通りに銃弾が当たらなかった。銃弾に意思があるかの様にマスターを避けたのだ。
「ひゃはっ!面白いな!一体どういう仕組みだ?」
芦田が嬉しそうに言い放つ。まるで新しいおもちゃを手に入れた子供の様に。
「ただのバーのマスターさ…」
悠々と紫煙を燻らせている。
「いいかい?三度目の質問だ。うちの従業員は何処に居るのかね?」
眼光はただのバーのマスターのそれとは違った。戦士の眼。それも数多の戦いを経た戦士の眼だった。
「今だッ!ってぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
指揮官と思われる男の号令でマスターの背後に隠れていた十名ほどの兵士がアサルトライフルを乱射した。しかし結果は同じであった。
銃弾がマスターを避けるのだ。
「なるほどなるほど、君は異能か」
芦田が何かに納得したように頷く。
「だが…異能は二十年前に滅んだはず。全て無くなったと記憶していたが?しかし…まさかッ!」
マスターは相変わらず紫煙を燻らせている。
「そうか、当たらない銃弾…、君は、芳田…芳田修也か!」
ピクリと眉を動かしマスターはタバコを地面に捨てた。
異能力者
人々の願いが形になった者達。20年前に起きた大規模な戦闘で殆どの異能者はその力を失い、一般人として生きている。だが、異能の中にも例外がいた。
強力すぎる力は一切が消えると言うことはなかった。
強力すぎる力…想いの力は消えなかった。
ある少年が居た。
その少年は新たな世界と少女を天秤に掛けた。少年は少女を選び世界は元に戻った。だが少年は少女を守ると言う想いを持ち続けた。そこに神に近いものが気まぐれを起こしたのだ。
少年の能力は消さずにいた。
少年が「世界の敵」になるか「世界の味方」になるか…。
気まぐれだった。
少年…修也の能力。思った事を現実にする能力。想いの力。
「まさかこの力を再び使う時がくるとはね。皮肉な物だ。無くなってほしかった力が今役にたっているのだからな」
やや自嘲気味にマスターは呟いた。
「芳田修也、君さえ余計なことをしなければ、Typeシリーズの完成は十五年は早かっただろう」
芦田は世間話でもするかのように語りだした。
「まぁ聞きたまえ、これは私個人の只の苦労話だよ…。君が無意味な抵抗をしてくれたお陰でね、十五年も無駄ともいえる時間を過ごしたのだよ。よりにもよって鴫博士を殺すなんて大罪を犯してくれるとは。
私一人ではTypeシリーズの完成にこんなにも時間がかかってしまった」
芦田は額に指を当て、これまでの苦労を思い出すかのように話を続ける。そんな芦田から一切眼を逸らさずマスターは睨み続けた。
「鴫…」
「あの方の頭脳は素晴らしかった。この私が唯一自分よりも上と認めた、あの方さえ生きていれば…我々の勝利は確実の物となっていただろう」
興奮して息がだんだんと荒くなっていく。
「しかし、そんな事はもう水に流そう。なにせ君自ら私の元にやってきてくれたのだからね!」
芦田は狂ったかのように笑い出すと懐に手を入れた。
「あの方の最後の研究…人工的に異能者を作り出す研究を私は受け継いだ。大いなる研究だ!」
そして懐から取り出した何かのスイッチを
「見たまえ!あの方と私の研究成果を!」
押した。
カチリッ
乾いた音の後、芦田の背後にある鉄製の扉が「ガコン」と音を立てて開いた。扉の向こうには,夕馬が立っていた。
「夕馬…!?いや、違う!?」
マスターは眼を疑った。そこに立っていたのは精気を失った夕馬だった。夕馬を知るものであれば、誰もが夕馬の形をした人形が居るのかと疑っただろう。
「ひゃははははッ!流石の「世界の敵」とは言えコイツには勝てないだろう!勝つどころか手を出すことも出来まい!」
芦田は相変わらずの下卑た笑い声を上げるとマスターを一瞥した後。
「さぁっやれ!Type-R!目の前の男は貴様の敵だ!!」
と夕馬に命じた。
「イエス マスター」
返事と同時に床が抜けるんじゃないかという勢いで、地面を蹴りマスターとの間合を詰めた。
「クッ!気が付け!夕馬!俺だ!!」
マスターの叫び声も虚しく夕馬は激しく攻め立てている。
「…」
無言。無視とかそういった雰囲気ではない。聴こえてない、認識してない。と言った感じであった。そして先程からの夕馬の攻撃は容赦がなかった。
眼・鳩尾・心臓・金的…急所を確実に狙っている。
『コイツ…ホントに夕馬なのか!?』と全ての攻撃を捌きながら思考を巡らせる。拳は当たらないと想っている。だから攻撃は全て見えている。
だが見えていてもかわすのが精一杯。人間の速度を超えていた。
「ちぃっ…!」
前蹴りで夕馬の体を押し出し、距離を取って様子を伺う。
精気は無いが眼だけギラギラしている。初めて夕馬と会った時のようだった。マスターと向き合うと懐から何かを取り出した。ベルトのバックルにも見えるがやけに大きかった。
「マスター の ジャマ ハ させナい」
そう言うと夕馬はヘソの下辺りにその大きなバックルを沿えた。
―realization
とバックルから音声が聞こえてくる
同時にバックルから金属のベルトの様なモノが伸び、腰を一周させて装着された。すると夕馬はバックルの丁度真ん中で腕を交差させ、ゆっくりと右手を上げ空中で8の字を書いた。
―transformation phase
またもベルトから音声が鳴りベルトの真ん中が光り始めた。3回光った所で左手を右上に上げながら右手を腰まで下ろし叫んだ。
「ヘンシン…ッ!!」
―transformation
ベルトが光り、体全身が発光した。
そして光が止まるとそこには黒い装甲、赤いバイザーの様な物、首には赤いマフラー。謎の強化兵が立っていた。
「夕馬…くそっ!」
「ひゃははははははっ!絶望しろ!芳田修也!!やれ!Type-R!」
まるで映画やドラマを見るように芦田が叫ぶ。
「イエス マスター」
芦田が叫び終わるか終わらないかの所で、夕馬の声をした黒い戦士はマスターとの距離を詰めた。
一撃でおわらせる為に…。
一瞬で終わらせる為に…。
次回予告
-激化する戦闘。
「いい加減目を覚ませッ!夕馬ッ!!!」
-交錯する意思
「フハハハ!まぁよい…私は確実にあの場に行くのだからな!」
夕馬の行方は…?
次回 【 激動 】
「俺は…俺が守るって決めた事を揺るがしたくないッ!!だから…戦うんだ!」

