デザインは筋肉だ -8ページ目

デザインは筋肉だ

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関心を寄せすぎると離れていき、聞きたくなれば蓋を準備する。

「他人」を受け入れたくない。
「自分」を受け入れるスペースがなくなるから。

自分でいっぱいの人間は、他人を受け入れられない。逆も然り。
話してもわからないなら、どうすればいいのか。という考えがそもそも無理難題で、話したところでわかることはないのだから、話すだけ無駄なのだ。というわけでもなく、無意識には覚えていることがあるから一概にその時間は無駄ではない。と言い始めたらキリがない。

悩みとは、落とし所のない思考の濁流なのだ。
雨が降っていた日々で、心の流れが激しくなる。
雨が止んでは降り、止んでは降り、今止んでいたとしてもきれいな川には流木が落ち葉が溜まり、流れが堰き止められていく。こんなんじゃなかったのにと、その川を愛せなくなる。

親の心子知らずとはよく言ったもので、親が子を思う気持ちはデフォルトだが、子が親を思う気持ちはない。子は親を頼る気持ちだけ持ち合わせている。無償の愛が前提で生まれてくるからだ。子から、頼りたいときに頼る、その「頼る」気持ちを奪ってはならない。

大人は子を思うが、子は親を頼るのだ。それを「甘え」と認識するのは、子が頼ってきた時に親に余裕がない状態だったり、子の勝手・わがままだったり、程度によるだけで。


「関心」がなくなれば、人は、終わる。

関わり合いを持とうとせずに、話そうとせずに、理解し合おうとせずに、多様性だから個性だからと放っておくと、孤独になる。

自分を愛するために、他人がいる。逆も然り。
一人では言葉が育たない、意味が生まれない。それに気づかないから、孤独になる。