デザインは筋肉だ

デザインは筋肉だ

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レジは、お金をもらって働く社員/アルバイト/パートが、お店に来てくれたお客さんの買う商品を計算し、スムーズな買い物を提供する仕事

セルフレジは、お店に来てくれたお客さんが、自分自身でまとめて計算するためのシステム。大型商品やバーコードのわかりにくい、または無い果実類も多く、未だに混むことがある。

レジは従業員が動かし、セルフレジはお客さんが動かす。
買い物に来たお客さんをしれっと働かせている。そうでなくても、お客さんを動かしている。

そしてその先にあるのは、「人との触れ合いが減る」こと。

AIに頼り人を雇うことを減らし、傷つくからと言葉を制し、発信源がわからないコンプライアンスに従い、目の前の1人の声より画面越しの1万人のいいねが「正しい」ことに慣れてしまっているから、人との触れ合いが減っていることに気づかない。

人間は人間と関わらないようになったら「関わり方」を忘れる。そうしていい大人がスマホしか見なくなり内に内にこもるようになり、子供らの手本になれない。子供(未来)の手本になれないなら、未来(子供ら)は何を目指せばいいのかわからない。スマホを見ている大人を見て、子供らもスマホを見る。AIを使う、傷つけてしまうかもと怖気付いて人との関わり合いは減り、誰得かわからない謎のコンプライアンスに従う。そして、表現の自由の幅が狭まれていることに気づかない。

愛想悪いレジの人が多いから避けているのかもしれないが、セルフレジに行列ができるようになったら、人との関わり合いが減っている証拠。

インバウンドの対応、バーコードを通してない商品がないかチェック、接客対応、空きレジの案内、整列の声がけ、まるで警備員のようなセルフレジ出入口付近に立つスタッフは、ことごとく不機嫌な人が多い気がする。

効率を求めたのは、非効率をなくすため。
「○○がしたいんだけど、非効率な部分を改善しないとできない!」という、非効率をなくしたかったのは、「どうしてもしたいこと」があったから。
「どうしてもしたいこと」がないのに、ただただ合理的を目指すだけの現代。
だから「何がしたいのかわからない」まま、あらゆるものが効率的になっていく合理化の波に呑まれ、「どうしてもしたいこと」が埋もれていく。



「どうしてもしたいこと」、、、って、なんだったけ









わざわざ足を運んでくれた人に、従業員には「お金を払っている仕事」をタダで『しれっ』とさせている。セルフレジで1000人使うとして、有料袋が5円10円としても、最高10,000円でしかいかないなら、セルフレジで人件費が浮いた分、セルフレジを利用していただいたお客さんにはレジ袋代をタダにするなどしてもいいはず。
税金然り、SDGs然り、企業側の利益ばかり優遇される仕組みに誰もが「そのくらいいいんじゃない?」と思考停止に追いやられていることに気づかず、フェアな精神を持つ企業も少ないから、消費者が損をしている…というより、得をしていない。レジ袋の有料、物価高、時給は上がってもAI
に仕事が移るから人を雇うのは最小限に留まり人件費の痛手はほぼない、ホワイトカラーは得をしている。