東京で被災したいち個人としては、思い出そうとしなければ思い出せないほど当時の記憶は薄れている。当時の福島原発事故の様子をドラマ化した内容が地上波で流れている。
15年目という歳月が、無情にもその時の不安や恐怖を記憶を薄れさせていることは否定できない。
放射線の風評被害、「ご安全に」で原発へ向かう日雇い得の方、ヘリから原発へ放水される海水、テレビには出ないネットに散見するご遺体の画像、当時の映像を交えたドラマを1、2分目にしただけで思い出す。
福島原発の建設は沖縄の基地問題のように雇用が絡んでいて似たような印象があったような、東電の初動にいいイメージがなかったような、原発へ向かう自衛隊車両に子供が大声で感謝を伝えながら見送っている画があったような、何が正しくて何が間違っているかなんてわかるはずもない前代未聞の災害に、誰もがあれは違うこれは違うこれでいいのかあれがよかったんじゃないかと「これがベストだ」と決定したあとも自問自答を繰り返しながら行動をしていたような。目の前の未曾有の災害にただただ唖然としていた。それでも人は動かずにいられなかった。「何か自分にできることはないか」と、誰もが思った。福島では未だに住めない地域があるという。しかし、原発事故を最小限の被害に抑え、今、住める地域があることが凄いのだと思う。
人は、変わったのだろう か。
と感じてしまうのは、自分が変わっていないからなのだろう。