男が働き、女が家庭を守る。
↓(①位置を代えてみる)
女が働き、男が家庭を守る。
↓(②概念を取ってみる)
1人が働き、1人が家庭を守る。
・
一見して「認められにくい」ものごとは、『こうあるべきだ』という根付いた価値観のせいだ。
「男は外で働き、女は家庭を守る」という価値観の上で、往々に“男性の本能(理性・戦う)”を引き合いにし、議論が進んでいく。議論の段階ですでに『男性目線』であることが伺える。
例えば、女性がデキる主夫を目の当たりにすると思う事
男のクセに…嫌悪・嫉妬
男性もできるのね…承認
これが、男性だとすると
男のクセに…嫌悪
男でもできるんだ…承認
抱く感情が違ってくる。
「主婦」という仕事がナメられているから、『主夫』が仕事として男性に受入れられていない。
つまり「主婦」が、炊事・洗濯・買物・育児・地域コミュニケーション…いろんな能力を駆使する家事が、仕事ではないと言い張りその仕事は=女性のものと決めつけている『男性目線』がある。もちろん女性でもそう思っている人はいるだろうが、それはつまり『こうあるべきだ』という価値観のせいだ。
・
有名な動画だが、まずはこちらを見てみる
母親の「仕事」の大変さ偉大さをおおよその人が痛感するだろう。
しかし、
・・・・・・・・
お金に換算しないとわからない、というところがとてもさびしい。
家事を「仕事」として見たとき、誰もが(…そうだ)と納得した。
逆にいえば、家事が「仕事」として、世界的にみても、これほどまで浸透していないのかという事実。
太古より当たり前に行われすぎていた女性に多い仕事が「家事」。
しかし、そんな大昔から根付いた価値観も今や枯れ始め、この動画のように新しい芽が出始めている。
DNAがこうだ…本能で…データでは…と、『こうあるべきだ』と説明する際の全ては、過去の理由。
人間の価値観とは、理詰めの論文を積み重ねたものではなく、感情の経験が積み重ねってできたもの。
価値観というオブジェを言われた方向に移動してみたら、さっきまで菱形だったのに星の形に見えた。
価値観を変えるとは、視点を変えること。きっとそれだけのこと。