「両思い」の考え方を少し曲げてみる。水で作ったレンズから覗くように | デザインは筋肉だ

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大抵の人は、最初は「好き」の『片想い』で付合いはじめる。

時とともに「好き」な相手は、私「好かれてる」と『想う』。

「好き」という片想いに、「好かれてる」と想いはじた瞬間。

お互いの感情が同じ、「好き」⇄「好き」である必要はない。




『両思い』とは、互いに「思いやる」気持がある状態のこと。

好き・嫌いの感情論のないその『両思い』に、「愛」が宿る。




愛がなくなった・恋が終わっただなんだというのは、どちらかに「思いやる」気持がなくなっただけ。
『思いやり』をなくしてしまうほどの環境下・状況下に置かれていた・状態にあったのなら仕方ない。
「私はこんなに好きなのに」と思いをぶつけていても…「思いやる」気持が欠けているのはどちらか。
「あなたが好きだといった」と思いを受けてばかりで…「思いやる」気持が欠けているのはどちらか。
世界一好き同士の恋人たちでも、認め合った夫婦でも、親友でも、『両思い』でなければ、続かない。









互いに「思いやる」の気持があれば、そこに『愛』はある。

(愛がある)(愛されている)と感じたなら『両思い』だ。