紛失したつもりが…
今朝の目覚めは最悪でした。昨日某所で作った書類をPCにコピーしようとしてバッグのポケットを開けたのですが、あるはずのUSBメモリが、、、ない。
そんな、ぼけぼけのクセに所有欲だけは人一倍だから、傘やUSBメモリのような「忘れ物の定番」に限っては絶対に置き忘れたりはしないのに。
そう思いながらも、服のポケットや部屋をもう一度探してメモリがないのを確認してから某所に行って、事情を話しました。幸い受付をしていたのがとっても親切なおばさんで、忘れ物ボックスや、引き出しをあさってみたりしてくれましたがありません。(まあ、ないわけです)
おばさんはメモ用紙を出してきて、「見つかったら連絡するわ」と言って、名前と住所と電話番号を控えてくれました。丁重にお礼を述べて今帰ってきたところです。
だらしなさがたたって、そのUSBディスクには便利なほどいろいろなものが入っていて、たとえば昔の研究計画書とか、学位証明書のスキャン画像なんかも入っていて、いざというとき役立つはずでした。そんな大切なものをなくしてしまったことが悔やまれました。
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USBディスクは、バッグの一番外側のポケットに入れることになっていました。部屋に帰ってきてからもそのポケットを20回くらい探りましたが、やはりありません。
ところで、バッグの内側にもポケットがあって、そこも見たはずだと思いながらも、もう一度開けてみると、パスポートが入っていて、そっか、パスポートはここに入れてたのか… と思ったその瞬間、意外なことに、幸いなことに、あれほどなくしたと信じ込んでいたUSBメモリがありました。
救われました。
知らぬ間にバッグの内側の、一番大切なものを入れるポケットに収納していただけだったのに、何とひどい狂言を演じてしまったのでしょう。今からでもおばさんに電話したほうがいいかどうしようか、悩みます。親切にしていただいたのに申し訳ない。まあ、来週になったら知人が届けてくれたと、申し出ておきましょうか。
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ここまで書いてふと、深層心理というものを少し考えました。
USBディスクを本当にPCに差したまま忘れてきたと確信していたら、これほど部屋やバッグの中を捜さなかったように思います。おばさんには、「ここに忘れたのは確かなのですか?」と尋ねられて、「はい、おそらくそうだと思います。さもなければ道で落としたとか…」と言ったのですが、部屋に戻ってきてからも、部屋にあるかもしれないという気がかすかにしていたのはたしかで、だからこそ探し続けていたのです。
人は、悩んでいるときに、人はじつはすでに答えを知っていて、答えを知っているからこそ悩むのだというようなことをフロイトが言っていたと思います(かなりアバウト)。
すると、人が捜しているとき、人はじつはすでに在処を知っていて、在処を知っているからこそ捜すのだとも言えるかも知れません。
まあ、屁理屈はさておき、ほんとにあってよかった、そう思います。