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ルーブル(その2)

外性をテーマに、2人の画家の絵を紹介したい。

ずはファン・カレーニョ・デ・ミランダ『三位一体修道会創設のミサ』 (Juan Carreno de Miranda, la Messe de fondation de l'ordre des Trinitaires, 1666)三位一体修道会の創設者でマタの聖ヨハネと呼ばれる12世紀フランスの聖人が、ミサ中に天使の幻視を見るシーン。そのシーンによって彼が修道会を創設するに至るなかなか重要な場面。だが、ただただ厳かなだけではない。

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しいし、神聖なる絵画だが、そう思いながらよく見てみると、下のほう(右の写真)には、お料理の支度をする天使とともに、曲がりくねった大根なんかが地面に転がっていて司祭たち(左の写真)の真剣な表情とは好対照な緩さがなんとなくおもしろい。上の方は聖なる天使、下のほうは豊かな恵みという配置で、天のいと高きところから地にも誉れがもたらされるという図なのかもしれないけれど、神聖なるシーンに大根が描かれているそんなセンスが好きだ。宗教画や歴史画の片隅に、ペットのイヌが配置されていたりするセンスとなにか似ていると思う。

いてこちら。以下はジョヴァンニ・パオロ・パニーニ(Giovannni Paolo Pannini)の作品なのだが、何か遠近法に違和感を感じて写真に撮ってみた。というかただそれだけなんだけれど。

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応遠近法に基づいて描かれているように見えるが、なんかどうも乱視気味というか(むしろこの自分が乱視なのかも知れないけれど)、歪んで見えるし、リアリスティックというよりも、デザイン画のような独特の立体感だと思う。

だ、そうした“歪み”が、絵に躍動感を与えているのは事実で、既成の遠近法とは異なるビジョンへのいざないであるととらえれば、乱視の疑いなどという次元の低い考察は論外だと思う。

し調べてみたらこのパニーニさん、画家としてのお仕事は宮殿の装飾係としてだまし絵を描くことから始まったそうだ。たしかに、だまし絵を描くには立体感を誇張するテクニックを使うとあって、上の右側2枚の作品なんかは、額縁の中にさらにまた小さな額縁のいくつも乱立するような立体感が浮き彫りにされていることに気づく。

(つづく)