P. Nizan - 現在・今
過去の時制が文章構造に重層性を与えるならば、人は過去のことしか語りえないということなのか?
たしかにナラティヴという形式をとる文学作品、なかでも小説は、ほとんど過去を語りの対象とする。フランス文学の起こりは『聖女ユーラリの続誦』(881)をはじめとする聖人伝であった。
なるほど、生きられた体験を契機とする以上、過去・記憶・思い出・回顧は書記行為の本質なのだろう。
今日はポール・ニザンのいわずと知れた名文句から始めたい。
PAUL NIZAN (1905-1940)
J'avais vingt ans. Je ne laisserai personne dire que c'est le plus bel âge de la vie. (Aden Arabie)
『アデン・アラビア』の冒頭。「私は二十歳だった。これが人生で最も美しい時代であるとは誰にも言わせまい」
半過去で語られる「私は二十歳だった」は、過去への導入、そしてこれからなにか出来事の起こる予感をさせる。つまりこれは「話し手の意識が過去に入り込んでいる状態」で用いられる半過去である。
だが、次の瞬間その回想はぎゅっと現在に引き戻され、未来に開け放たれる。「それが最良の時代であるとは誰にも言わせまい!」と。この、過去から未来への遡及こそが、なんというかニザンの現在形的文学を凝縮しているかのようである。
La révolution n'est jamais passée. (Ibid.)
「革命は決して過ぎ去っていない」
Jamais l'utopie n'a présenté un caractère plus réactionnaire que maintenant. (Ambition du roman moderne)
「ユートピアという理想が今以上に反動的な性格を見せたことはかつてない」
たしかにナラティヴという形式をとる文学作品、なかでも小説は、ほとんど過去を語りの対象とする。フランス文学の起こりは『聖女ユーラリの続誦』(881)をはじめとする聖人伝であった。
なるほど、生きられた体験を契機とする以上、過去・記憶・思い出・回顧は書記行為の本質なのだろう。
今日はポール・ニザンのいわずと知れた名文句から始めたい。
PAUL NIZAN (1905-1940)
J'avais vingt ans. Je ne laisserai personne dire que c'est le plus bel âge de la vie. (Aden Arabie)
『アデン・アラビア』の冒頭。「私は二十歳だった。これが人生で最も美しい時代であるとは誰にも言わせまい」
半過去で語られる「私は二十歳だった」は、過去への導入、そしてこれからなにか出来事の起こる予感をさせる。つまりこれは「話し手の意識が過去に入り込んでいる状態」で用いられる半過去である。
だが、次の瞬間その回想はぎゅっと現在に引き戻され、未来に開け放たれる。「それが最良の時代であるとは誰にも言わせまい!」と。この、過去から未来への遡及こそが、なんというかニザンの現在形的文学を凝縮しているかのようである。
La révolution n'est jamais passée. (Ibid.)
「革命は決して過ぎ去っていない」
Jamais l'utopie n'a présenté un caractère plus réactionnaire que maintenant. (Ambition du roman moderne)
「ユートピアという理想が今以上に反動的な性格を見せたことはかつてない」