木組みの家
先週末、フランス西部のレンヌまで行ってきた。
レンヌといえば、モンサンミッシェルへ行く際の乗換駅ぐらいにしか思っていなかったが、中世の街並みが数多く残るなかなかすてきなところだった。古い時代の景観が好きな自分は、パリよりレンヌに住みたいと思ったぐらいだ。
特に目立っていたのがコロンバージュと呼ばれる木組みの家屋。


一般に、フランスでコロンバージュというと、ドイツの国境に近いアルザスが有名だが、実際には、それ以外の地方でも(というよりヨーロッパ各地で)多々見られる。フランス西部ノルマンディー地方のルーアンや、中部オーヴェルニュ地方のティエールに行ったときも、べつに期待していたわけでもないのに、木組みの家の残る界隈を目にした覚えがある。
ただ、スイスやドイツっぽい細かくて整然としたかわいらしい木組みとはやや異なり、フランスで見るコロンバージュは、木材の形に合わせて作られたかのような大胆な縦縞が目立つ。
おそらくは、作られた年代によって、そのスタイルも違うのではないだろうか。ヨーロッパは(場所にもよるが)日本のように高温多湿ではないし、地震もほとんど来ないため、数世紀にわたる建物の保存がずいぶんと容易とはいえ、木組みの家を長く使うにはそれなりの工夫が必要だったために、その工法や様式も変遷を遂げていった。
レンヌで見かけた建物は、だいたい15世紀頃に建てられたようだが、たとえば、木組みの木の一本一本が長いタイプ(上の写真左下)と短いタイプ(同左上)とがある。調べてみると、だいたい13世紀頃を境に、非常に長い木組みから、わりと短い木組みにシフトしていったとのこと。より短い木の使用は、狭い路地まで木材を運び込むことを可能にするのみならず、腐敗や火事により建物すべてを失うことを避けるための工夫だったそうだ。そして何より、この手法のおかげで、上へ上へと高い建物が造れるようになった。
また、通りに面した1階部分に着目してみると、2階以上が迫り出しているスタイルと、のっぺりしたスタイルとがあることが分かる。これもやはり年代によって変遷を遂げた点の一つで、上で述べた長い木組み時代はのっぺりだったのが、わりと短い木組みを使うようになってから2階以上を迫り出す工法が可能になったという。2階部分が迫り出すことで、1階部分の壁を雨から守れるようになるとともに、2階のスペースを有効に使える。というわけで、2階よりも3階が、3階よりも4階が通りのほうへ迫り出したような建物が流行ることになる。こうした建て方では、各階がその下の階を風雨から守る役割を果たしていたと考えられる。
だが、ただでさえ道の狭い中世、上階がどんどん迫り出すような建物が向き合うようになると、日当たりが悪くなったり、火災の際に飛び火したりと、さまざまな問題に直面するようになり、17世紀頃にはそうした建て方が禁じられる。中には、風通りを良くしてペストの流行を抑えるためというような言い訳とともに禁止令の出された町もあったそうだ。とはいえ、今日でも、1階部分に関しては2階よりも狭まっている建物が多々ある。
こちらは、家々に施された装飾。なんとなく魔除けのように見える。一神教の国とはいえ、なにかところどころに守り神を認めているような気がするが…

また、このようなお人形(おそらく聖人)が街の守り神のごとくあちこちに配置されている。想像力豊かな中世の雰囲気が今も健在で、おとぎの世界に現実の人々が生きているかのよう。
北フランス(レンヌは北西部)は往往にして南フランスに比して太陽に乏しく、よって色彩に乏しい。画家たちが好んでプロヴァンスに住んだといわれる所以も、プロヴァンスの人が南仏を旅するようを推してくる理由も分からなくはない。が、北部は北部でなにか魅力を秘めている。
