親友と機密情報

息

子に初めて互いを「親友」と呼び合える友人が出来た。
少人数制幼稚園に通っていた頃は、
同年の児童による暴力に遭ったりして
対人関係に不安がついて回った彼だが、
小学校に上がってからは担任の教師や周囲のお母様がたから
「上級生にも顔が広い」「友達が多い」と評される子に変化した。
さらに親友まで出来たのだから、親としては一安心というところだ。

その親友は同じマンションに住む同学年のR君で、
素直でおっとり、
頭の先からつま先まで育ちの良さを感じさせる子だ。
お父様は子煩悩で爽やかなスポーツマン、
お母様は海外旅行が趣味のうつくしい兼業主婦。
我が子には勿体ないような「親友」だ。

R君は毎日、集団登校の集合時間二十分前頃から我が家の玄関の近くで待機し、
十分前になると呼び鈴を押す。
息子がジャケットを着たり、ランドセルを背負ったりドタバタやっている間は、
私か夫が寝起きの格好のまま、
三和土でニコニコしているR君と世話ばなしが恒例だ。

ある朝のこと。いつものように
三和土で立ち話をするR君が、Tシャツとパンツ一丁の夫に向かって
「僕の父も家ではずっとパンツだけなの。すごいでしょう？」
と云う声が聞こえた。
「すごいでしょう？」はR君の口癖らしく、
「僕のお祖父ちゃんはお金持ちなんだよ」も
「今日、クワガタが卵を産んだんだよ」も
「僕、母に怒られてよく泣くんだよ」にも
等しく「すごいでしょう？」が付いてくる。
微笑ましいなと息子の支度を手伝いながら聞いていると、
夫が「そりゃ、すごいね」と苦笑した。
するとR君は「母もね、家ではパンツだけの時があるの。すごいでしょう？」
と笑った。

全く子供という生物は、たとえ親がどんなに取り澄まそうが子の口を塞ごうが、
簡単に爆弾情報をリークしてしまうから参ったものだ。

曖昧な笑みでR君を見遣った時、
私は「す、すごいね」と返事する夫の喉がゴクリと鳴ったのを聞き逃さなかった。










『Comin' Concern』オフィシャル・ブログと
『冷やし蜥蜴寫眞館』のコラボレーション、
『蝶の眼薔薇の声』にも、どうぞ。

ちいさな海のエトセトラ

我

が家の海水魚用水槽には性質がおとなしい魚やエビの仲間が数種類と、サンゴが所狭しと混在している。変化のすくない世界で彼らは毎日退屈なりに精一杯生活しているようだが、たまに何らかの事情でその命を終えて水槽を去って行く。骸になった魚は、水を傷めるのですぐさま取り出したほうが良い。しかし夜中にひっそりと亡くなっている時は、私が翌朝気が付いた時はエビなどが我が子たちに魚の食べ方を指南願いたいほど見事な「骨と皮」にしてしまっていたりする。

それでも辛うじてカシラや尾ひれの周りの身が残っている場合、こうなってはもはや水の汚れを気にするには遅すぎるので、ご馳走の残りはオオバナサンゴなどの口に押し込んでやる。実は今朝ハナゴイが落ちたのもそのパターンだった。

引き結んだやや淫靡なカタチの口に残骸を乗せると、オオバナサンゴは唇を軽く開き、からだをギュウと縮めて丸のみしようとする。ゆっくりだが普段アクションの少ない彼女にとっては最速の動きなのだろう、全身全霊をかけて体内に摂り込もうとしている姿が微笑ましい。「いあや、残り物ですまないね」と声を掛けて見守っていると、のそのそとヤドカリがやってきて、そのハサミでオオバナサンゴがすでに半分以上のみ込んだ残骸を引きずり出し、悠然と横取りしていった。突如食べ物を奪われたオオバナサンゴは未練がましくその口をポッカリとあけたままだったが、私もあんぐりとあけた口を閉じることができなかった。

もしかすると今夜は、オオバナサンゴの悔し涙で人工海水のナトリウム値が若干上がるかも知れない。











『Comin' Concern』オフィシャル・ブログと
『冷やし蜥蜴寫眞館』のコラボレーション、
『蝶の眼薔薇の声』にも、どうぞ。