フランスの公的サービスに関する世論調査の続き(ル・モンドの論説) | PAGES D'ECRITURE

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フランス語の勉強のために、フランスの雑誌 Le Nouvel Observateur や新聞の記事を日本語に訳して掲載していました。たまには、フランス語の記事と関係ないことも書きます。

前回の フランスの公的サービスに満足する利用者(ル・モンドの記事)  の続き、というか補足です。
前回引用した記事と同じ日付(6月21日)の『ル・モンド』のEditorial です。


『どんな公的サービス?』

Edito du Monde

Quel service public ?

LE MONDE | 20.06.08 | 13h42 • Mis à jour le 20.06.08 | 13h42



公共サービスという大仕事が1年前から始まっている。「フランスという企業」の経営的な構想に忠実なニコラ・サルコジは、国家の活動の全部門の任務、組織と手段を、タブーなしに再評価することを政府に命じた。司法から大学まで、雇用から軍まで、研究から病院や警察に至るまで、免れるものはない。厳格な「公共政策の総合的見直し」と公職の人員を削減するという明示された意志を忘れていない。

この厳しい倹約は、あちこちで歯軋りと騒動を引き起こした。しかし公務員も利用者も、全体的な反乱を起こさなかった。なぜならフランス人は、数十年前から国の背骨となっている公共サービスに関して意見が分かれ、少し分裂的になっているからである。本日我々が結果を発表したBVAの世論調査がそのことを証言している。

一方では、実際に辛うじて半数のフランス人(49%)が公的サービスに対して良い意見を持っている。調査対象者の3人に1人によって評価されている、警察と憲兵隊と、3人に1人が評価している住宅サービスとの、強い不均衡を覆い隠す全体的な判断である。さらに、2人に1人以上(51%)が、公的サービスが提供する給付を減らすとしても、税と徴税の水準を下げることができると判断している。

しかし、個人的に何らかの公的サービスに頼っている利用者に質問するときには、判断は非常に明らかに変化する。平均して、4人に3人近く(73%)が満足していると答え、その承認は公的医療サービス(85%)、税(83%)あるいは国民教育(78%)に関しては国民投票の水準に近づく。さらに、医療と学校という、優先的と判断される二つの領域では、提供されるサービスの質を落とすことなく経費削減できると考え利用者は3人に1人に過ぎない。

別の言い方をすれば、フランス人は国家の行動が改善され得るし改善されるべきだという考えに否定的ではない。しかしフランス人が不可欠と判断する領域では、緊縮政策が引き起こすであろう損害を恐れている。政府にとっての問題は、フランス国民に損害を与えないで、どこまでやり抜くことができるかということである。


Article paru dans l'édition du 21.06.08



Quel service public ?
LE MONDE | 20.06.08
© Le Monde.fr


当たり前の話ですが、公務員による税金の無駄遣いは正さなければいけません。質を落とさずに、経費を節減できるのなら、した方がいいに決まっています。一部の官僚や特殊法人の役員が、自ら痛みを感じることなく、税金を無駄遣いしておきながら、中低所得層に対する逆進的課税を推進しようとしていることは、阻止すべきです。

しかし、無駄遣いがあるからといって、公共の仕事が全て「民間」に委ねれば節約できてうまく行く、というわけではないことは言うまでもありません。また、医療、福祉、公教育のように、既に限界を超えた経費削減を強いられ続けている分野があります。特に医療では、既に乾いた雑巾を絞るかの如き低医療費政策が続いていて、マスゾエとかいう人が何か言ってますが、財務官僚はこの方向性を見直す気配は全くありませんから、崩壊は時間の問題です。今は、診療受付時間内に手続きを済ませれば、何時間か待っても診察を受けることができますが、そのうち、それは過去の話になって、既に医療崩壊した某国のように、初診予約に何日、専門医紹介に何週間、手術に何ヶ月か何年か、救急でも十数時間、の待ち時間が要求されるようになるでしょう、このまま行けば。話しはそれましたが、以上は日本の話です。

医療や教育の分野に日本よりも多額の予算が使われているフランスでも、質を落とさずに経費を削減できると考える利用者は少ない。特に、私立学校が極めて僅かしかない国では、ほとんど全ての国民が、公教育の利用者であるか、かつて利用者であったか、家族が利用しているかに該当するはずですから、この考えは重要です。どこかの国のように、過去の公教育の不備を私立に付回したまま解消しなかった結果として私立学校の比重が異常に高く、小学校から大学まで一度も国公立学校に通ったことのないような人間が祖父の七光りでついこの間まで総理大臣を務め、公教育の破壊に精を出していたような国と比較しても仕方ないのでしょうか。