かつて、選挙の神様と言われた故田中角栄は、新人の議員に対してこういったという。「辻立ち説法、1000回やりなさい」といったとか。雨の日も風の日も、日照りの日も・・・・。
これをなんと真っ正直にやっていた議員が野田代表だ。当選は1993年だから、角栄が亡くなった年だ。
なんとなくだが、ミニ角栄に見てこないでもない。ただ、あの強烈なキャラクターではないが・・・。
角栄の場合は、小学校卒で大学にもいっていない。まさに実学というか、実践して身につけてきた経験と学識でのし上がってきた。
映画「スラムドック・ミリオネア」でみた主人公のようなタイプだ。なにせ、主人公も最後の問題で疑われたのだから。角栄も結局のところ学識が無いのになぜというのが、国会内にあったことは事実だし、実弾(お金)がとんだこともある。だが、それしかエリート官僚や自分を見下す連中を手元に置くことは不可能だったわけだし。
これは、角栄にとっては仕方のないことだったと思う。角栄が当選した時は、大半が大卒者だった。角栄にとって恵まれていたのは人材とお金だった。
そして、その豊富な資金で国会の頂点に上り詰めた。お金は卑しいという風潮があるが、角栄はそれを逆手にとった。
政治家は理想家だが、元手が無い。実は、角栄の国会ないの状況ははなはだ、馬鹿にされたものだった。なにせ、小学校卒の学歴で、理研とのつながりなどそれなりの人脈があったことでなんとか国会議員になったのだから、大卒のエリートからすれば「この小卒のおとこがなんでいるんだ」という陰口があった。
野田首相は、角栄とは違いエリートだ。しかし、エリートでありながら、下からたたきあげられたなにか、底力見たいな雰囲気を漂わせている。
それに国家に対する志向、政策が、どちらかといえば民主党内にあって自民に近い。かといって、小沢型の剛腕にものを言わせたやり方は好まない。
これから組閣に入るが、果たして親小沢、反小沢をまとめることができるのか、というのがある。
しかし、東日本震災でそんなことを言っている場合ではない。時には自民や野党にも頭を下げ、協力を願うことも重要だろう。
だが、それを邪魔をするのが、マスコミだ。とくにワイドショー的テレビだ。彼らを黙らせない限りは先に進まないだろう。
一番、政界の障害物になっているのがテレビマスコミだ。それを自覚していないのもテレビマスコミ。彼らがもっと良識的報道を展開すれば、政治も変わってくるはず。テレビ映り的には「面白くないからカット」というのでは、問題なのではないか?。