今日も暑かった。
夜になってもなんか気温が下がっていないし、本当にすごいなあと
明日は、涼しくなんのかな~。
それにしても子どもたちも小型犬もなんか散歩しているのを見たことないような。ここ最近だが・・・・。
今日も暑かった。
夜になってもなんか気温が下がっていないし、本当にすごいなあと
明日は、涼しくなんのかな~。
それにしても子どもたちも小型犬もなんか散歩しているのを見たことないような。ここ最近だが・・・・。
日本の鉄道は、とにかくマニアたちの集まり、集団によって拡張、整備されてきたと言ってもいいかもしれない。鉄道をこよなく愛する国民によって育まれ、マニアたちによって成長し、足りない部分を補い、そして安全性を向上させてきた。
これが、欧米とも中国や韓国といった大陸鉄道にはない独特の鉄道文化を生み出したと言えるかもしれない。
大陸では、私個人が優先させるので、つねにオプションがある。自分なりのカスタマイズというものだ。しかし、日本の場合、それが醸成され一種の大きな流れとなった。
北海道、東日本、東海、西日本、四国、九州の5つの鉄道がある。しかし、その車両のバリエーションの多さは世界屈指というよりあまりないのではないか。
新幹線も、秋田、東北、山形、上越、長野、東海道、山陽、九州の8つある。そして、その速度も千差万別。車両もその豊富さは人々を楽しませる。
それを実現させているのは、線路、車両、動力など各部門の整備を一括してやっているからだ。各部門の専門家は多くいる。それを潤滑に円滑に機能させ、きっちりと整備していく。各国は、国営の一括だ。確かに技術提供するには、安く済む。しかし、それ以上でもそれ以下でもない。つまり、たとえば、冷たいものは冷たく、それ以外のものはない。
日本の場合は、各部門はばらばらでもその企業の誇りがある。安全ということ第一に考え、達成されれば、それぞれの技術が自分の技術の高さを示すものとなる。
結果、安全性の向上が図られる。そこにオリジナルのオプションを加えていく。そこで、安全かつ最適な車両が誕生し快適さという安全を手に入れることができる。
日本の一体型の技術提供は、確かに費用は高くつく。しかし、安全性という点においては、ドイツやフランスの技術よりは数段高い。
それを証明するのが韓国のKTXだ。運営が開始されてから、何回事故っているか?毎月のように事故っているではないか。
まあ、韓国の場合は、反日という感情で安全性よりも効率を重用しすぎた。その結果が、なんともの結果になっている。それにまだ中国のような大惨事になっていないのが救いでもある。
一方、台湾は日本の技術を一体型で全面的に受け入れた。その結果、運営以来、事故が数件しかなく、運行においての故障等はおきていない。また、日本側の指摘を受け入れるなどの柔軟なやり方で成功している。
これではっきりするのは、ドイツ・フランス型のやりかたでは、事故が起きるということだ。安価で簡単に高速鉄道は引けるが、結局、事故は頻発する。なぜか、そこに「愛」がないから、日本の様な狂信的で熱狂的な鉄道マニアが少ないから。実務的なものに徹することで、鉄道車両のバリエーションの少なさにもそれが表れている。
つまり、実用的なもので十分。鉄道は人と物を運ぶだけのもの、それ以外はいらない・・・という思いを優先しているから。ただし、一方で一つの車両に対する思いは、欧米の方が高いかもしれない。
中国の高速鉄道事故で思ったのは、やはり全てをセットでやらないと、再びこうした事故が起きるのではないかということを気付かせた。
日本は、いまのやり方を変える必要はない。安価なものよりも高くても安全性の高いということ協調すべきだろう。100年の運用を見た時、あきらかに欧米よりも日本の方がいいのだから。
ついにというか、中国が空母を建設した。ただし、原子力ではない旧型の空母だが・・・・。
それでも、アジア圏における軍事バランスが、崩れることは間違いないだろう。
中国は、これでアジアへの覇権意識がさらに向上することが見込まれる。韓国へは、政治的軍事的圧力、北朝鮮へは政治経済軍事の援助と援護(属国化、中国・朝鮮省への道)、日本へは軍事的けん制と米国への政治的外交的圧力を仕掛けてくることは間違いないだろう。
中国は、日本が憲法九条を変えないことを見込みつつ、変えたことを盛り込みつつ対処してきている。つまり、足元を見ているのだ。
一方、韓国は民族意識にとらわれるあまり、いまや北朝鮮に暗黙ながらすりより、協力しているような状況だ。竹島、東海表記問題・・・・、この先にあるのは、中国の支援を受けた北朝鮮による共産党一党独裁による、朝鮮半島赤化統一であり、中国による日本植民地化政策に協力しているようなものだ。韓国は、別にそれを期待しているようだが、それは韓国にとっても非常に問題があるのだ。
さて、日本は、憲法9条の元、平和をむさぼっている。しかし、竹島が韓国の手に実質落ちている以上、シーレーンの一角が崩壊していると言えるだろう。つまり、竹島が韓国に実質手におちているということは、将来的に中国のものとなる可能性が高いことを意味する。また、韓国のある議員は対馬の自分たちの領土だと言い建てている。この議員は、まちがいなく民族主義者の仮面をかぶった、中国、北朝鮮の協力者である。つまり、遠まわしながら、彼らは共産党一党支配に協力している方々でもあるからだ。
いま一番、かれらにとって恐ろしいことといえば、日本が憲法九条を捨ててしまうこと。または、そこに付帯条項を付けた場合。さらに日本が米国と軍事的に対等な立場に立った時。つまり、正式な対等の立場での軍事同盟を結んだ時が、一番、怖いのだ。さらに中国にとって恐ろしいのは、韓国と日本が手を組むこと。
まさに民主主義陣営が、一体となって韓半島を死守しようとする動きが出た時、まさに中国と北朝鮮に対して先制攻撃という形を軍事的外交的な圧力となって脅威となるだろう。
しかし、それは、逆となれば、アジアにおける民主主義の盾は、風前のともしびになる可能性を秘めている。このことをもっと日本人は考えるべきではないのだろうか。
外交で戦争を回避できる。しかし、それはきちんとした軍が機能するか、国民が国を守ることに対して強い意識を持っているか。これによって、外交による戦争回避というのができるのだ。
今の日本では、馬鹿にされ簡単に侵略を許してしまう条項が今の憲法には多くありすぎるのだ。たとえば、尖閣の問題を見れば明らかだ。撃ってこないと分かれば、どんどんと日本の領海に入ってくる。そこをきちんと分かっているから、中国は尖閣に徹底的によってくる。憲法で戦争を放棄しているのだから・・・・。これを理解していれば、なんだってできるのだ。
いまの日本の憲法というのはそういう憲法なのだ。
今日も家で過ごす。
体調すぐれず・・・・。頭痛がする。シャワー2回浴びるも治らず。長女から、「裸で寝ていたからじゃない」といわれる。
実は、頭痛は数日前から右後ろ。今日は左、目の奥が痛い、いつもの感じかなぁとは思うのだが・・・。
しかし、この暑さで頭痛はつらい。ただし、熱中症でもないが・・・。
これほど、痛快で気持ちのいい日韓戦は、生まれて初めてだったように思う。
まさに痛快の一言に尽きる。
ただ、確かに韓国にとって不運はあった。そもそも、怪我や海外のチーム事情による問題もなくはない。交代した選手が、交代してしまうという不運もあり、万全ではなかった。しかし、それでも試合を支配し、引き分け、勝ってきたのが韓国だった。
しかし、かつてならパワーで押し、危険なタックルをして日本選手をビビらせていたが、今回はそうはいかなかった。
私の独断と偏見から言わせてもらえば、試合の数日前に亡くなった松田直樹選手が大きかったと思う。
彼は、負ければ悔しい顔をするし、試合はどんなことがあってもあきらめず、攻める精神を失わなかったし、人望もあったし・・・・。
そんな選手が、突然亡くなった。そうなると喪失感とともにこの死によって、日本チームの結束力は韓国以上のものとなったといっていい。
奇しくも、キ・ソンヨンが傲慢にも、「韓国の方が勝つ気持ちは強い。だから、韓国が勝つ」、といったとか。しかし、彼にとって不運なのが、松田選手の死が試合前だったこと。
今回の3-0は、韓国にとって衝撃的であったり、失望した試合だったろう。一昔前なら、殺されても不思議ではない状況だっただろう。
それに、試合を見る限り、7-0もあり得た試合でもあった。松田の死によって、日本が持つ本来の力を引き出した。引き出してしまったということだ。
正直、これまでの日韓戦を見ると、基本的に韓国は決して強くなく、平凡なチームだった。しかし、韓国は歴史問題と絡めて死に物狂い、下手すれば日本人選手をぶっ殺してでも、殴り殺してでも、勝つという殺気立ったものがあった。それが、自分たちの実力以上のものを引き出していた。
さらに過去にホンミョンボ、ユサンチョル、といった精神的支柱がいた。そして、朴チソン、イ・ヨンピョといった選手が韓国を引っ張っていた。しかし、いかんせん、攻撃が強くなった分、守備がぼろぼろになった。
日本は、中盤と守備という点で韓国よりも上にいた。しかし、決定的にかけていたのが、ゴールを決めるという意識の無さ(薄さ)だった。
しかし、海外へ出て行って、点をとらなければ生きられない修羅場を知ったことで、徐々に変わっていったことは確実だ。
それが、香川のゴールだったし、本田のゴールだったと思う。あの韓国の猛烈でファウルすれすれのタックルを受けても悠然と決めていった。
この試合、これからの日韓戦の方向性を決めるという意見もあながち、嘘ではないだろう。
韓国は挑戦者、という立場で来たというが、選手の間では、日本を馬鹿にしていたと思うし、勝てると「ひ弱な日本に俺たちが負けるわけはない」という思いで闘っていたと思う。とにかく、そうした面がいくつかあった。
韓国は、いま試練の時だろう。このまま、没落していくか、どうかは韓国しだい。もし、韓国が日本ではなく、世界を意識した時は変わるだろう。
ただし、これまでのように、日本をぶったたいて、優越感に浸り、そこから世界へ、というのではなく、世界を闘って、日本をたたくというものにしないと、日本との差は広がるだろう。日本は、韓国戦で敗れても世界へ標準を会わせていた。それをじっと我慢しながら続けてきた。
結局、それがFIFAランキングとして現れている。
それにしても、キ・ソンヨンの言動を何とかしないと、負け続けるんじゃないのか??と・・・・老婆心ながら心配するのだが。
広島・長崎の原爆の日。そこで、思ったのが被災者を広島と長崎の式典に招いていること。
なんか、非常に違和感を感じた。確かに放射能という共通項はあるが、原爆は兵器。戦争で生まれた産物だ。しかし、今回の原発は兵器でもなんでもない。そこに日本の反原発派のあざとさがあるのか、それとも無知なのか??
元々、批判されるべきは兵器としての原爆だ。これは、人類にとって悪魔の兵器でもある。原発は、生活に直結している。
日本は、原発に対して、原爆と同一視する傾向にある。しかし、これは間違いであって、開発過程は全くの別物だ。
とはいえ、今回の事故は想定外の地震の影響と管直人という現場を無視しした指導者という人災が重なったものだ。
私は、正直、脱原発を唱えるのは早計であり、まずは自然エネルギーの足場固めをすべきだろう。それをせずして脱原発は非常に危ない。
多くの人が想定外は言い訳だ、という声が多かった。しかし、やはり、東日本大震災は、これまで人類が体験したことのない、とんでもなく大きいものだったことが明らかになってきている。
私の独断と偏見から言わせてもらえば、やはり、当初の予想通り、結局、とんでもなく大きく、そしてかつ人間が予想できるようなものではなかったことが証明されたともいえる。
そもそも、自然相手に完璧な想定はできないのだ。これを想定するということ自体、自然に対する冒涜でもあり、人間の傲慢さの証拠でもあると思うのだ。
福島の原発事故は、スリーマイルやチェルノブイリでは、すでに大爆発ものだったことを理解すべきだろう。ただし、なんとか踏みとどまったという段階で、間違いなく一歩間違えれば、それ以上になったということは、認めなければいけないだろう。