やはり共産党政権の国にはシカトに限る | 独断と偏見の日記帳

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 やはり、共産党政権にまともな交渉を願うこと自体が無理というか・・・・。


 米国と中国との関係は、政治と経済、そして軍事の三角形が出来上がっていることから、どこそこまでいったら、ひっこめるとか交渉するとかという駆け引きのバランサーが機能する。


 しかし、日本はどうかというと、政治、軍事よりも経済が先走っている。そもそも、この状況を生み出したのは憲法九条の存在も抜きには語れない。


 憲法九条は戦争と軍隊を放棄したものになっている。しかし、現実に言ってしまえば、中国共産党にとってこれほどありがたいものはない。なんといっても、軍を持たないということは、ちょっと脅してしまえば、どうにでもなることを意味する。平和のためなら、なんだってする。究極なら戦争をしなければ、国すらなくなってもいい。という連中がいるような国だ。民主党の輿石、横路、仙谷といった民主左派。そして、風前のともしびの社民党。


 あれ、と思われかもしれませんが、鳩山や小沢がいないではないか、という御方もおられるかもしれませんが、鳩山は、あの能天気さでよくわからん。小沢は一見、中国に媚びているようにも思えるが、したたかさがある。だから、このふたりに関しては、簡単に媚中派とは言えないところがある。


 日本は、外交と話し合いで何とかなるという幻想がある。それも軍隊を持たずにだ。それがいいという意見があるようだが、抑止力としての軍隊の必要性は、昔から言われ続けている。


 軍がいらないというのであれば、国民の中に、一つの信念みたいなのがあれば問題はない。つまり、国が崩壊の危機にあるときに一致団結して国を守るという意識があれば軍隊はいらない。


 そういう国を守るという強い意思があれば周辺に抑止力として作用する。


 だが、いまの日本にはその気概が一般人の中にあるのかどうか。かくいう私もそういいながら、わからない。しかし、少なくとも今の憲法では、中国のようなならず者国家にとっても、同盟国の米国にとってもいろんな意味で、問題をはらんでいる。それを、何とかしてくれ、というのが民主主義国家思いもある。


 そもそも、60年以上憲法を変えていない国というのも不思議というか・・・・。わたしは、極端な話かもしれないが、すべては憲法9条が足かせになっていることは間違いないと思っている。9条は、左右ともにいろんな解釈がとられてしまう欠点をはらんでいる。改正するにも、付け足すということも欠点を無くす努力が必要だろう。