2010年南アW杯サッカー、アジア最終予選の第一戦。
アウエーでのバーレーン戦。
3点リードから、後半41分から立て続けに2失点という展開でひやひやものの勝ち点3を獲得した。とはいえ、結果的に勝利を得たわけだから、それはそれで評価すべきだ。
それにしてもまたぞろ、批判が出ているが、こういうのもサッカーの特徴のひとつだろう。勝っても反省を求める意見があるということも他のスポーツには無いある種の特典だと思う。これは、大事にすべきだし、消してはいけない伝統でもある。
確かに3-0で終わらせるべき試合だったことは周知の事実だ。これは、プレーした選手達が一番分かりきったことだ。不安顔になるのは当然だ。それがダメというのは非常におかしな話だ。もし、この某評論家は3-2で笑顔の選手や自信にあふれている表情をしている選手がいれば、叱責しているだろう。この評論家はいつもそういう揚げ足取り的な批判をするときがある。
ようは批判すべき点は、今回の失点は選手個人ではなく、ましてや監督ではなくチーム力が無かったことによる失点だと思うのだ。
つまり、3点目を挙げた時点で、一瞬だがチーム全体がホッとしてしまった。ようするに3点目で各選手の気持ちの中にエアポケットが出来てしまったということだ。暑さの中で水分補給タイムが設けられるほどの熱さだったわけで、肉体的疲労と精神的疲労が蓄積したことにより、思考回路自体が判断を鈍くさせた。一方、バーレーンは3失点で動揺していたが、水分補給タイムで明らかに生気があふれ、ひとり退場したとはいえ、一瞬の判断を回復させた。さらには地元である。
容易に考えられることである。アルゼンチンやブラジルがコロンビアの高地での試合でたびたび引き起こすものを日本が味わっただけということだ。
これからは、今回の経験を生かすべきだろう。いかに3得点を挙げたとしても一瞬でも気を抜けば、こういう失態を演じることを肝に選手達は命じるべきだ。
リーダーが不在というが、選手一人一人が、自分のプレーに忠実にそして挑戦的に、さらには責任を持ってプレーすれば、今回の失点は防げたはず。また、チームリーダーがいなくても一人一人が自分のプレーに責任を持てば、必ず勝てる相手ばかりだ。厳しくは無いと思うのだ。
いかに選手が、ひとつひとつのプレーに責任を持てるか、失敗しても果敢に挑戦できるかにあるだろう。