いい夫婦な相棒
125・・・。


私の体重ではありません。
決して油断は出来ませんが。
お仕事に、お使いに便利な私の素敵な相棒
原チャリじゃデブな私が乗っては、バイクがかわいそう
125ccオーバーだとパワフルですが、税金やら保険料の経費が嵩みます
動力性、取り回し、駐輪場を考えるとちょうど良いサイズの125
車両価格もお手軽サイズ
スズキとは言え中国逆輸入なので、信じられない部品がもげたり、ウィンカーが押したっきり戻って来なくなったり、ヘッドライトが突然切れたりしますが、それはご愛嬌
赤いキュートなボディに、ギア付きで運転も楽しい私の愛する相棒GNちゃん
申し分ないカワユイ奴なのです。
でも、でもナンバーが
125の原チャリ二種で希望ナンバー制度ないのに、偶然にも付けられてしまったナンバー
いい夫婦

車でも絶対選びたくない、絶対付けたくないナンバーNo.1なのに、
いい夫婦

(意見には個人差があります)。
敢えてナンバーにしなくても、ウチは十分いい夫婦
だから。
まぁ運転してて自分のナンバー見えないんですけどね。
カミさんとニケツでもすっか。
それじゃあバイクが壊れるね。
思ふこと
今日は昨日のピアノ発表会から、宮城から来ている両親のお付き合いでした。
親父も80を過ぎると言うのに、退職後に引き受けた仕事が沢山あって未だ現役。今月は既に2回目の東京。
同い年の母親は認知症になって久しいのですが、それでもアクティブに連れて歩く親父なのです。
お宿は我が家。
親父と一緒だったり、母親だけだったり。
母親が認知出来るのは親父と、辛うじて次男坊の私になってしまいました。
兄の顔も孫の顔も厳しくなって来ました。
生まれてからずっと可愛がっていた孫が分からなくなってしまったのは、本人自身ちょっとかわいそうに思います。
慣れとは恐ろしいもので、孫のおばあちゃんへの対応もかなりクールになってしまいましたが・・・。
二人暮らしなので、とにかく親父が大好き、親父も認知症になった母親が可愛いみたいです。
からかったりしている姿が何とも微笑ましく見えます。
まぁ、そう思えるようになるまで、かなりの時間を要しましたけど。一応、介護業界の私が心配をして色々話しても以前は全く聞く耳持たずでした。
確かに自分の奥さんが認知症になったなんて認めたくないでしょうけどね。特に男は。
そもそも業界人の話ほど胡散臭く聞こえるものはありません。身内なら、尚更。
大変なのは毎日そこにいる当事者なのですから、たまに来た奴が知ったような口を利くなって感じですよね。
親父も沢山葛藤があったのでしょう。
それと認めてからは、引き受けていた仕事も半分辞めて母親との時間を大切にしたいと言い、温泉やドライブとあちらこちらに連れて歩くようになりました。
だいぶ認知症が進んでしまった昨年の事でした。
本業を退職するまでは、家の事、子育ては全て母親任せだったので、その恩返しだそうです。
ちょっと手遅れ気味な感じも否めませんが、その姿は毎日通うデイサービスの職員さんも、親父の母親に対する愛情が羨ましいと言われてるようです。
「俺も大変なんだよ」
とたまに親父が愚痴って責められます、身内の事となると私も兄もムキになって親子喧嘩になってしまい、話はいつも平行線。
仕事で宮城と神奈川を行ったり来たりの生活が、かれこれ15年になった私。
いずれは田舎を拠点にスイッチしよう、いずれは親元で暮らそう、と思いながらいずれいずれで15年になってしまいました。
兄は神奈川でマイホームを建て、社長業も忙しいので離れられない。
親父が言いたいのはただ一つ・・・。
私も痛いほど分かりますが明言は出来ません。
それでも最近では、宮城の実家や神奈川の我が家で母親のご飯やお風呂のお手伝いを重ねる毎に、いずれではなく近い将来何とかしないといけない。と焦る気持ちが強くなって来ました。
神奈川にはカミさんの両親も二人暮らしで、このところ親父さんの体調も良くなく、通院やら買い物にカミさんも頼られてるみたいだし・・・。
今日は先月亡くなった東京に住む叔父の納骨に両親と列席して、親父に手を引かれ焼香する母親の背中をよく見ると、手を引かれているんじゃなくて、お互いが支え合っているように感じました。
私は午後からは仕事があったので非常にも、親戚のおばちゃんに二人をお願いしてしまいました。
「忙しいから早く帰れ」
と話す親父は淋しそうでした。
宮城に行って面倒見て、神奈川に来て面倒見て。
「お袋も呆けちゃって、親父も大変そうだから面倒見てやってんだぜー」
偉そうに言ってみても肝心な時にそこにはいない。
これって私の自己満足に過ぎないんだなぁ。
近い将来の事、もっともっと真剣に考えねばならないと思う今日この頃であります。



