大腸癌手術後から退院するまで | 熊本で独立した四十路男のブログ

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熊本で2005年4月にウェブのコンテンツ制作業を起業してからの活動日誌とランのこと。

大腸がんの手術を終えて病室へ戻ってきたときにはまだ麻酔が残っていたので、話しかけられて目が覚めて、また眠ってを繰り返していました。

 

ようやくちゃんと目が覚めたのは19時くらい。

 

かみさんは夕方に帰らせたのは覚えているので、目が覚めた時には完全に一人の状態でした。

左手には点滴、尿の管が通してあって、足は血栓ができないように定期的に空気で圧がかかる装置がありました。

しかも左腕でをよく見るといくつか針を刺してテープで止めた跡があったりして、ちょっとビビりました。

なんかお腹がゴロゴロするなと思ったら、いつの間にか手術前に買わされた腹帯がお腹に巻いてあって、そこにもまた管が通してあって、あとは腹腔鏡の傷を覆っているようでした。

 

「あ~、自分でトイレ行けないんだ」

 

そんな初めての経験にちょっとショックでしたが、看護師さんが「明日にはその管を抜きます。」とおっしゃっていたので、「あと1日の我慢」と割り切って過ごしました。

 

定期的に看護師さんが血圧と酸素量と体温とお腹にある管のチェックに来られて、ふと気づきました。声が出ないというか、ずっと痰がからんだような状態。これが人工呼吸による影響。普段なら咳込むなりして痰を出せますが、腹筋に力が入らないのでそれが出来ずなかなか辛かった時間を過ごしました。

 

とにかく身体を起こすことが大変で、ちょっと飲み物を取るだけでもひと苦労でした。

あ、飲み物は綾鷹をスーパーで安い時にちょこちょこ買って8本持ってきました。

だって、病棟にある綾鷹はスーパーの倍だし、テレビカード(1,000円)のことは考えるとできるだけ節約です。※ちなみに済生会熊本病院ではテレビカードが2021年5月31日をもって販売終了になります。

そして、身体を起こすと今度は両肩近くのところが痛くて、呼吸が浅く苦しくなっていました。

 

翌日からはトイレも自分でいくようになったので、トイレに行けるのは嬉しいけれども、行くたびにある両肩近くの痛みに参っていました💦

 

手術後2日目で点滴終了。

状態は前日とほぼ変わらず、トイレに行くたびに大変な思いをしていました。

 

手術後3日目から食事(全粥)と本格的にリハビリが始まりました。

とりあえず廊下を歩いてみるところから始めましたが、肩の痛みとお腹の痛みで猫背になってしまい、おじいちゃんみたいな歩き方でないと歩けない。

ずっと点滴だったので便は出ないけれども、ガスが出るようになりました。
 

手術後4日目、ラジオ体操スタート。

お腹の管も取っていただき、腹帯が取れたのでようやく体に何もついていない状態になりました。

身体が動くので先月の入院同様ラジオ体操をするようにしました。

手術後着替えることができなかったので、ようやく着替えることができました。

シャワーは浴びれないですが、どうしても頭を洗いたかったので洗面所で髪だけ濡らして洗いました。

この日術後初めて便が出ました、ただ腹筋に力が入らないから「出るかも?」と思ったところでトイレに行ってひたすら待つのみ。それでも出ると嬉しいものです。しかもあれだけ血便が続いていたわけだし。。。

 

手術後5日目から普通のご飯になり、シャワーを浴びれるようになりました。

4日目にOKもらっていましたが、着替えたし、髪を洗った後だったので翌日になりました。

 

手術後6日目、起き上がるときにお腹の傷に痛みを感じますが、普通に歩けるようになりました。

翌日退院ということで、作業療法士の方が退院後のリハビリについて説明に来られた時は週3回20分程度のウォーキングで我慢するようにと釘を刺され、かみさんと退院後の食事について説明を聞きました。
基本的に摂り過ぎなければよいという認識で承知しました。
そしてかみさんには今日のうちに持って帰れそうなものだけ引き上げてもらいました。
先生には後日外来の際に血液検査の結果について説明をしてもらうようになりました。

 

お腹の傷は痛いので、笑うのがツラいです。

だからあえてテレビもバラエティーを見ないようにしていました。

 

手術は成功して、体調も良く、あとは癌が転移してなければいいのですが。