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cloudyのブログ

日々のつぶやき・ひとりごと

ことばって、届いて欲しいことはなかなか届かなくて、


届いて欲しくないことは、簡単につながっていく。


そんな気がしてしまう。



たとえそれが事実じゃないとしても、ゆがんだ形で


そのことが、間違って伝わっていく。


そして、それがまるで事実かのようになっていく。



なぜ、事実かどうかわからない話を、信じることができるんだろう。


なぜ、そう思ったとしたら、そのことを事実かどうか


確認をしないんだろう。


なぜ、信じることが、できないんだろう。



ひとが言うには、ひとなんてそんなものだって。


ひとなんて、弱いもので、信じたくても、疑ってしまうんだって。



そんなこと、わかってる。


だれだって、みんな弱くって、信じることに、一生懸命で


それでも、疑ってしまって、また、信じようとして。



そんなことの繰り返しだって。


ぼくだって、そう。


心が揺れることだってある。


心の中が闇に包まれて、暗く、沈んだ気持ちが


心を支配してしまうようになることだってある。



それでも、思い直して、自分を見つめなおして、


自分に何度も問いかける。


自分の信じられるものは何か。


嘘偽りなく、そのものを、まっすぐみつめられるものは何か。



そうやって、自分を律するように、心がけているだけ。


自分が曲がっていないか、ゆがんでいないか。


何度も何度も繰り返して。



そうするのは、ぼくが弱いから。


何度も確かめないと、強く信じられないから。


だから、そうしてる。



みんな、同じなはず。


弱いのは、みんな同じ。



でも、強くありたいと願い、強く思う心を持とうと、


自分を信じることを、みんな望んでいるんじゃないかって。


そう思うのだけれど・・・。



みんな、同じ・・・そう思って、これからも。


いきたい。

自信を持つって、自分を信じること。


自分を信じて、その道をすすむこと。



きっと、そうなんだと思う。


だから、どうしよう・・・とか思っても、自分で決めるしかないんだから。



何があっても、最後は自分でしかない。


冷たく聞こえるかもしれないけど、自分以外に、自分のことを


信じて、守れるのかって言われたら、自分だけでも、自分のことを


信じよう。って思えてくる。



そういうことって、きっと、目に見えないけど、見えてくるものだと思う。


そういう気持ちを、ずっと持っていれば、きっといつか、わかるはず。



伝わって欲しいひとには、いつかきっと、伝わるはず。


そう信じて、自分を信じて。



あなたは、それでいいんだよって。


誰かがきっと、そう言ってくれるから。



あなたは、ひとりなんかじゃないって。


きっと、どこかにわかってくれているひとが、いるから。



自分を信じて。


目に見えない何かを、信じて。



自分にとって、大切なものを、ずっと忘れずに。

自分は自分。


誰でもない自分。


そんな簡単に変わりません。



そもそも、変わるつもりもないし。


こんなやつですが、どうぞみなさん、よろしくです。



な~んて、わけのわからないつぶやきから始まっちゃってますが


グチグチ悩むのは、性にあわないです。


なんせ、極度のめんどくさがりなので。



なもんだから、僕が僕らしくいるために、自分を変えないことを


しっかりとしよう。



正しいとか間違っているとか、よくわからないけれど、


自分が、自分のためだったり、まわりの人のためだったり


そう信じて、そう決めていくことを、自分で自分を信じていこう。



僕は僕。


それに変わりはないから。


自分を正当化することもしないし、誰かを批判するとかじゃない。



自分を認めて、ひとも認めていこう。


そうしていけば、いつか、きっといつか、望む道に進むはず。


へこたれそうになったり、くじけそうになったり。


そんなことばかりだけど、ノーテンキなぼくだから。



ぼくらしく、明るく、前向きに。


そう、前向キングのように。



やらなくてはならないんじゃない、やることが、やれることがあるんだって。


自分には、与えられたものがあるんだって。


そのことを、大切にしよう。

うーん・・・。


最近、やる気の持ち上げ方が、難しくなっている。



すぐに、なまけたり、だらけたり、してしまう。


いかんな~。



何が理由って・・・まあ、だいたいわかってるんですけど。



何かに理由をつけて、やらなくなるって、今までもあったけど


良くないですね。


なんだか、自分から不穏な空気が出ているような・・・。


そんな気分になります。



そして、きまってそういうときは、家の中の植物が元気をなくす。


まるで、ぼくが植物の命をすいとっているような。



それだけまわりに影響を及ぼすってことなんだろうな。


いかんいかん!


いいかげん、持ち上げなくては。



こどもたちの剣道の練習をみていたら、ちょっと元気をもらいました。


何かにいっしょうけんめいであることって、素晴らしいことですよね。



そんなこどもたちに、負けてはいられません!


ぼくは、ぼくなりのやりかたで、やっていく。


そう決めたんだから、あとは実行あるのみ!

最近よく言われます。



まあ、否定はしませんが・・・。



なにが変わっているかというと、考え方が前向きらしい。


過ぎるほど、前向きらしい。


言葉をいいかえれば、お人好し?


それとも、世間知らず?


はたまた、ただのおばか?


まあ、評価はいろいろありますが、ぼくはぼくです。



たとえば、誰かと誰かで何かあったときに、だいたいは、


あのひとがこうだからこうなったとか、なんであのひとはこう言うんだろうとか、


そういうことが多いんだけれど、ぼくの場合、もちろんそういう気持ちが


ないなんてわけはなくて、ただ、そういうことにも理由があるだろうって、


そうなったことことを理解することをしようとするみたい。



ただ、いつもそうだってことではなくて、前提条件はあるんだけれど、


そこがまわりのひととは違うところなのかな。



例えば、自分にとって、嫌なことや言われたくないこと、傷つくようなことを


言われたときに、そのときは、胸が苦しくなったり、悲しくなったり、怒ったり。


そういう感情になるのがあたりまえだと思う。


けど、その人は、今まで自分との関係で、きっと自分にとって良いことを


想像して、考えて、思って、そうしてくれているはずだって。



そのことからスタートしたら、自分のためになることなんじゃないかって、


そう思って、その言葉を受け入れようと、いろんなことを考えてみる。


そうすると、たいていのことは、理解できたり、納得できたりする。



あくまでも前提条件は、そのひとが自分にとって、よりよい存在であること。


そのひとが、自分に対して思いがあること。


だとしたら、きっと、悪いことなんてないはず。



そう信じて、これからもやっていこうと思うのだけれど・・・。


なかなか、まわりのひとは理解してくれないですね。



ひとを信じて、裏切られて、ばかを見るのは自分かもしれない。


でも、人を疑って、思いやることもなく、ただなんとなく過ごすなら


ぼくはきっと、前者を選ぶんだろうな。



自分自身が、まわりに対してできているかっていったら、きっとできていない。


そんな不完全な、中途半端なぼくだけど、それでも、一緒にいてくれるひとがいる。



それが、ぼくにとっては、すごく心の支えになっている。


自分を信じて、進もうとしたときに、いつも、しっかりとぼくを見ていてくれて


厳しいことも、思いやりも、たくさんの気持ちを持っていてくれて。



一緒に涙を流したり、心を動かしたりできる、数少ないひと。


そんなひとがいるだけで、ぼくはきっと、とても幸せなんだろう。


そう思って、これからも、ずっと、いっしょにいきたいな。