東北地方太平洋沖大震災。
被害の大きい地域では沢山の方が亡くなり、助かった方も家も何もかも流され苦難を強いられ生活している。

私が住んでいる千葉県は無事なように見えても、浦安や幕張などでは液状化現象が起き、場所によっては断水や停電によって以前の日常生活を送るのは困難だったり。

被災という言葉を考え直した。

私は勿論、隣市在住の両親、都内に住む弟一家、嫁の親兄弟、稲毛市に住む私の彼とお母さんも無事。

だけど、親類が亡くなった。入院している病院で酸素吸入中に地震にみまわれ停電、お見舞いに行っていた叔母の目の前で息を引き取ったらしい。停電さえなければ、治療して日常に戻れるはずだった。

残念だし、叔母の気持ちを考えるとせつない。その他、原発に関する不安は現実に水道水に放射性物質が安全な基準値を超えた量が検出されたりして、少なからず自分の身にも危険が迫っている感覚はある。

だけど、それによって自分の悲しさアピールするような神経持ってないっすよ。

無事だったくせに、何故か自分アピールしまくる馬鹿。

震災について、原発について、ニュースで見たことをさも自分が権威かのように語る馬鹿。

自分が東北出身だというだけで、家族も皆無事なのに自分だけはわかってるという態度で語る馬鹿。

震災以来、周囲のそんな人にイライラしている。もともとバイト先の人達が見聞狭くて、自分達の中での基準ばかりで話をするのが窮屈だったけど、今本当にイライラする。

黙るという方法。
言わないだけで、震災除いても困難に直面して生きてる人もいるかもしれないっていうことは考えないんだよね。

馬鹿すぎる。
3月11日15時ちょっと前に起きた大地震、千葉県の自宅にいた私は無事。

強く長い揺れに本棚やデスクから物が落下、窓を開け、ベッドの下に潜り込んだ。

破損も怪我もなし。

家族と彼、全員の安否を確認出来たのは夜。皆無事だったけど、父は都内の集まりに出席していて鉄道機関ストップのためその日は帰れず。

夜遅くようやく母と電話が繋がった時、入院していた親類が亡くなったと聞かされた。酸素吸入中に地震による停電が起きたのだそう。

余震やニュースが気になったのと色々考えて神経が高ぶっていたんだろう、明け方まで眠れないうえに動悸と過呼吸。鼻と口に袋を当て、痺れがちな指で彼にわけわからん八つ当たりメールをしたりした。残り少ない頓服を服用していつの間にか眠った。

12日夜、近所の西友に買い物に行くと、パンやチョコレート、インスタント食品の棚がガラガラ。

カップめんや飲料を箱買いする人をたくさんみかけた。とりあえず私も高野豆腐、チョコレート、ナッツ、ドライフルーツ、野菜ジュースなどを備蓄。

夜、彼がうちに来た。ほっとした。

先ほど、遠くの友人から思わぬ訃報がメールされてきた。被災ではない。

被災者達が大変なのはわかっている。でも皆がそれにばかり気を取られているうちに、消えていく命もあるという事実。

誰も気付いてやれなかった。

被災してなくても困難を抱えてる人はいる。被災地、被災者に何かしたくても出来ないと嘆く前に、身近な人に優しくしたい。

やりきれない。
電車の中、何してる? ブログネタ:電車の中、何してる? 参加中

うーん。
大抵はiPodで音楽を聴いてるかな。

ケータイが使える状況であれば、Twitter、メールチェック、調べ物、時事チェック。

車内吊りやドアに貼られた広告なんかも一通り見るし、窓から外を見て気になるサインや街の風景、考え事・・・何でも気になることがあったら即メモをとったり、ざっとスケッチしたり。

要するに、落ち着きのない人ってことでw

数年前までパニック症候群持ちだったというのもあって、電車に乗ってるとか人がたくさんいるとかを不安な要素でとらえないよう、自分の思考に没頭するようにしてるっていうのもあるのかもね。