今日、4/16は亡くなった兄の誕生日。

お酒が飲めない私だけど、この日は毎年散りゆく桜を眺めながら一杯。

いつも、泣けはしないけど悲しさに満ちていた日。

大事な人がそばにいてくれて、穏やかな気持ちでいられることを、心から感謝。


あれからもうすぐ10年。そちらはどうですか。おじいちゃんおばあちゃん達と一緒に祝福してくれるといいな。

忘れないよ。

献盃。
震災の被害に遭われた方の気持ちを考えて?
お花見自粛ニュースがバンバン流れていましたが・・・

うちの地元、ちょっとした桜の名所があるのです。3駅にまたがってずーっと続く桜並木。実に樹齢30年を超える見事な幹からすくすくと伸びた枝が道の両側からかぶさって、桜のアーチを作っているのです。

その桜並木で毎年行われている『さくら祭り』、今年は中止となってしまいました・・・。

ただでさえ主催側に若い人が参加しようとせず、これじゃ地域の活性化なんて難しいのかな・・・なんて思っていたのだけど、ロータリークラブやライオンズクラブ、その他各団体が参加して街が賑わう数少ない機会が失われてしまったことに。

市では、東北方面からの避難者をいち早く受け入れました。色んな意見はあると思うけど、彼らにも希望を思わせる光景を見せてあげたらどうかと思いました。

(ここで具体的に書きたくないけど、ちょっと仲間と一緒にはたらきかけてみましたが、決定は変わりませんでした。)

ああ、残念・・・

と思っていたけど!

今日、お天気がとてもよくて、桜並木は笑顔の人々であふれていました。洗濯物を干した時にその光景を見て、心から嬉しく思いました。

この地域が震災で無事だったから?
いえ、そんなことではないのです。3.11以来、日本全国どこでもきっと同じでしょうけど、悲しく痛ましいニュース、今後のことを不安に感じずにいられないニュースが連続しています。やれ水がない、水道水は危険だ、やれ野菜が危ない、そもそも原発が云々・・・。そんな毎日に、日常を日常のまま送っているつもりでも、いつのまにか心がくたびれてしまっている人も少なくないはず。

かくいう私も、親類が被災しているのも影響しているのか、
「これから、どうなってしまうんだろう。」
となんだか情緒不安定。

直接的な影響と言えば、結婚。彼の仕事に支障が出てしまい、家探しも両家の親達との顔合わせもずっと先延ばしになっています。親からは
「こんな時だけど、ちゃんと進めないと。」
とつつかれもしてるけど、今は彼の仕事が少しでも当初の予定に追いつけるよう応援していたいのです。

とはいえ、そう頭ではわかっていても、このまま、ずーっとこのままになってしまうんじゃないかとどこかで不安には思っていたようで、ある日突然爆発してしまいました。自分でも何が直接引き金になっているかわからないまま、ただ悲しくて不安で、このまま自分が何も出来ず何も掴めず進めなくなってしまう気持ちになってしまったのです。

ニュースもネットも見るのをやめればいいのに、それも出来ないでいました。だって、何が起きるかわからないんですから。

そんな状態で過ごしていたこの頃、今日の桜のある風景はとても温かく心に沁みました。

芽吹きの季節はすぐそこ。
悲しむこと、悼むことはちゃんとしながら、明日は笑える世界を望みましょう。
昨日はものっそいネガなテキストをアップしてしまった

か?

いや、それでも不特定多数の人が閲覧に訪れることを意識してややマイルドに書いてるわけよ。

私怨や嫉妬ととられかねない部分は排除してね。そうじゃなくてもそのようにとられるのは心外だ。

まじで、この混乱と不安がクリアーにならないご時世、馬鹿は私利私欲で発言するのやめてくれ。心から願う。

普段から田舎者(実際の出身地じゃなくて根性がね)の見栄っ張りな部分とか、口で
「○○してみたい」
と言うだけで一つも行動起こす気配すらない人の口先だけの言葉とか、自分がよく見られたいだけで本質的なことはそっちのけで聞きかじり知識をひけらかすとか、そういうのほんとに大嫌いなの。

それを今もやられてると、節電以前に口を節制しろよと思うわけ。

あたしが馬鹿と言ってる対象を学歴云々、いわゆるお勉強の成績云々の問題じゃないことはわかっていただきたい。

あー
消耗する。

週末は被災に関連する労働。思いつきに過ぎないが、とっくに問い合わせして出来ること探してみてんだよ。偉いとかいわれる行為じゃないから勘違いすんな。当たり前のことが当たり前じゃなくなった人に少しでも自分が変わらず保ってる当たり前を提供するだけだ。自分を犠牲にしてる部分なんてないから、ややもすれば偽善だけどな。

こういうところの感覚がわかってもらえないと、いい言葉かけてもらっても腹が立つだけ。

あー、イラつく。