夫婦を長く続けるコツは、相手を自分の思うように動かそう、などという不遜な心をいかに捨てる去るか、である。夫ができないことをできるようになって欲しいと思うのではなく、別の方法でその穴をどう補填するか、を考えるほうがよっぽど建設的だ。吉野弘の「祝婚歌」が好きだ。夫への不満で頭が熱くなった時、「自分だって穴だらけ。非難する資格なんてない。」ということを思い出させてくれるから。
ただ、不妊治療で胚を作るための精子を作るのだけは、他の誰にも代替できず、夫ができない時はその穴を埋める手段がない。いまのクリニックに来て、一年以上採卵を続けてきたが、ここ半年間くらいは、私の一人相撲だったと思う。夫は、去年末くらいまで頑張ったが、おそらくその辺りで「これ以上不妊治療に重点を置いた生活はできない。」という気持ちになっており、それが精液所見によく表れていると思う。今回、採卵数を上げても獲得胚盤胞数が増えなかったことに私が沈んでいると「これ以上頑張れと言われてもどうすればいいんだ。会社を潰せというのか。」というようなことも言っていた(私は頑張れなどと言ってないけども)。夫の働き方がわからないわけではない。私だって息子の存在に気づかない頃、謎の眠気(妊娠していたためだと後になって知る)に打ち勝つため、ユンケルとコーヒーをガブ飲みしていた人間だ。当時、飲む水分は全てカフェイン飲料だった。エナジードリンクの定期便をとっていた夫をヤバいやつ扱いしたが、私だって同類だった。
というわけで、我が家の採卵はおしまい。
私が頑張れば、夫が頑張れなくてもどうにかなるんじゃないかと思ってやってみたが、胚を作ることだけは、私一人で頑張っても限界があると思い知った。生殖医療にも限界がある。貯胚の正常胚合計期待値3.0を目指していたが、もうそれに拘るのはやめた。自分が必死になって努力すると、どうしても
「死ぬ気でトス上げてるんだから、死ぬ気でスパイク打てよ。」
みたいな気持ちになってきてしまう。大学時代にソフトバレーで夫と同じチームになると、まともにスパイクを打ってくれず、フェイントに逃げてばかりの夫に毎度思っていたことと同じだ(笑)。眩いほどに瑞々しく、直視できないほどに青かったあの時代、コートの中で99番に思っていたことと同じことを、まさか21年経って思うとは、思わなんだ。こんな気持ちを持ってしまうのは、夫婦関係にとって、又、家族を営む上で、全くプラスにならない。家族にとってのプラスαを望んで始めた不妊治療が逆効果になるなら、やらない方がいい。
少し気分転換をしたら移植フェーズに進む。それまで暫し休憩。
祝婚歌
吉野弘
二人が睦まじくいるためには
愚かであるほうがいい
立派すぎないほうがいい
立派すぎることは
長持ちしないことだと気付いているほうがいい
完璧をめざさないほうがいい
完璧なんて不自然なことだと
うそぶいているほうがいい
二人のうちどちらかが
ふざけているほうがいい
ずっこけているほうがいい
互いに非難することがあっても
非難できる資格が自分にあったかどうか
あとで
疑わしくなるほうがいい
正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気付いているほうがいい
立派でありたいとか
正しくありたいとかいう
無理な緊張には
色目を使わず
ゆったり ゆたかに
光を浴びているほうがいい
健康で 風に吹かれながら
生きていることのなつかしさに
ふと 胸が熱くなる
そんな日があってもいい
そして
なぜ胸が熱くなるのか
黙っていても
二人にはわかるのであってほしい