先日、いつもお邪魔しているブログに、朝永振一郎(ともながしんいちろう)さんのことが取り上げてありました。

 

 

 

私も朝永さんについて知ったのは、2013年にNHKスペシャルで放送された「神の数式 第一回 この世は何からできているのか〜天才たちの100年間の苦闘〜」。

 

 

以前から朝永氏について書いてみたいなと思っていたのですが、いつの間にかすっかり忘れてしまっていて、この記事で思い出し、何年ぶりかに「神の数式」を久しぶりに見返したんですね。

 

 

 

 

 

1900年代の優れた物理学者たちが、まるで漫画の「チ。地球の運動について」さながらに、知の連携をしていくお話。

 

ていうか、もうず〜〜〜〜〜っと昔から連綿とすべてが繋がってきているのでしょうが・・・。

 

 

 

きっかけは1920年代にケンブリッジ大学のポール・ディラックという天才物理学者が

 

「この世のすべてを解き明かす数式を見つけたい」

 

と願い、それまでにない手法で考え始めたこと。

 

ポール・ディラック

 

 

素粒子である電子(−)には地球のような、「自転」と「磁気」を持つ特性があります。

 

なぜ電子にはこのような性質が与えられているのか?

 

ディラックは、ついにその電子の謎を解くのですが、まず彼は今までにない手法で数式を考えます。

 

 

 

それまでの数学は、観察や結果をそのまま数式にしていたのですが、デュラックはそこに自分の「美意識」を持ち込みました。

 

 

「物理法則は、数学的に美しくなければならない」

 

人によって美しさの基準は異なるのですが、物理的な美とは、「対称性」なのだそうです。

「シンメトリー」ということですかね。

 

 

それと、もうひとつたいせつなことは

 

「観察者の視点が変わっても、本質が変化しないこと」

 

だそう。

 

 

で、この「対称性」にはいくつか種類があるのですが、その中でも「ローレンツ対称性」というのは、アインシュタインの相対性理論と関係があり、いわば「時間と空間は本質的には同じもの」という意味なのだそう。

 

いつも算命学を学ぶときに意識している「時間」と「空間」がここに出てきていました。

 

時間と空間が「本質的には同じ」とは・・・・・?

 

 

 

ともあれ、物理学的観点からすると、

 

「もし神の作った神の設計図があるとすれば、それは完璧な美しさ、

つまりすべての対称性を持つだろう」

 

ということらしいです。

 

ちなみに、ディラック方程式を見た多くの物理学者は、その美しさに心を打たれ涙を流すほどだとか・・・・。

 

 

 

と、神の数式を見返していて、朝永氏に行く前にひとりひとり、この知のリレーのバトンを持って生きた人たちはどんな命式を持って生まれてきたのか、そっちに興味が出てきてしまいました。

 

 

まずはこの、「美」という感覚的な視点を持って電子の謎を解き明かそうとしたディラック氏の命式から。

 

 

 

60番癸亥、天将星。

 

位相法は臨機応変な分析力をもたらす天剋地冲、鋭い気づき力を発揮する破と納得のいくまで問題に取り組む力を持つ合の組み合わせ、過敏な感知力をもたらす害。

 

主観100%は世界と自分の間に距離がなく、自分の尺度ですべてを認知します。

 

 

また、日月干合は必要があれば危機管理能力が発動。

 

通常↓

 

干合後↓

 

宿命の4割だった石門星が半分以下に減り、玉堂星が倍以上増えます。

 

牽牛星も増えています。

 

 

干合後、陽占に出てくる火性玉堂星は

 

 

 

「神に生かされていながら、神に味方してもらえない、その悲しみが形を変えて創造の原点となる。」

 

おもしろいですね、神に味方してもらえないというのが・・・・。

 

 

玉堂星と言っても、エレメントの違いですっかり姿を変えます。
 
彼の持つ干合機能は、火性の特性を持った特別な創造性を持った知恵を生み出すためのような気もしてきます。
 
そして、日月が丙丁に変化すると、年干の壬と丁が二重干合。
日干は乙に、年干は甲に変化します。
 
しかし長くなってしまい力尽きたので、今回はここまで。

 

次は、ディラックと一緒にリレーバトンを持ったオッペンハイマーを観てみたいと思います。