<第一章 内定を勝ち取る 1-2>
佐藤は、まだ、自分の名前を伝えていないことに気がついた。
「あっ、ごめん、僕は、表参道デザイン研究所 工業デザイン研究科の佐藤です。」
「知ってる。名札に書いてあったから」
佐藤は、人の名札を確認する余裕などなかったのに。
表参道デザイン研究所は、工業デザインに特化した専門学校で、従来の手描きによるデザインから3次元設計から解析、工作までを幅広く教育することで急成長しているデザイン教育機関である。しかしながら、鈴木が通っている小平美術大学のような伝統はなく、佐藤は、現役、一浪と小平美術大学の受験に敗れ、表参道デザイン研究所に通っていた。
スマート電気の市ヶ谷本社ビル前から横断歩道を渡り、市ヶ谷駅の駅を通り過ぎたところに良い雰囲気の喫茶店があった。
「ここで良いですか?」と佐藤が聞くと。
「あっ、イイ感じですね、あの二階席に座りましょう」と鈴木由美子は応えた。
窓の側の二階席に座ると、彼女は言った。
「あー疲れちゃった、私、アイスカフェオレ」
「僕は、ホットコーヒー」
「ねえ、佐藤君は、どうだった?」 いきなり佐藤君である。
「う~ん、メガネのフレームが派手だって言われちゃって、その後のことは覚えていないんだ」
「そうなの? そのフレーム素敵だよ。私たちデザイナーの卵なんだから、それぐらいのデザインじゃなくちゃ」と言った。
そういえば、鈴木由美子が着ているスーツは、リクルートスーツではなく、オフホワイトのスーツである。しかも良く見ると、細部が凝ったデザインで、スタンドカラーにポケットが縦に切り込まれていた。
化粧こそ清楚にしているが、人事担当役員に対しても、デザイナーの卵としてのオリジナリティをアピールしようという気持ちが表れているのかもしれない。