<第一章 内定を勝ち取る 1-3>
「鈴木さんは、どうだった?」
「私は、工業デザイナー協会の理事長を務めている教授の紹介だから、多分大丈夫だと思う。毎年一人は、教授のゼミから一人内定がでるんだ。」
「そうなんだ、いいね。僕なんか、山田自動車を落ちて、2社目なんだ。」
子供の頃から車が好きだった佐藤にとって、山田自動車への道が断たれたことは大きな挫折だった、なぜならば、3D設計を重視している表参道デザイン研究所からは、毎年2名の学生が定期採用されていたからだ。3名の学生が受けた中で、内定をもらったのは、佐藤を除く他の2名だったのだ。
そんな佐藤に、鈴木由美子は言った。
「でも、人事担当の高橋取締役は、あなたのことを褒めていたわよ。なんでも、実技試験の照明のアイデアが素晴らしかったって。」
佐藤は驚いた。確かに、照明のデザインという課題に対し、オーディオマニアでもある佐藤は、バックロード照明というアイデアを提案したのだ。LEDの光源から、バックロードホーンの音道のようにアクリル製のミラーを貼った折光の道を、反射させた光が通るというアイデアであった。ミラーが貼られていない部分は、乳白色のアクリルで覆われており、柔らかい光がもれる。発熱量のLEDの光源を生かしたアイデアだ。スマート電気はLED技術で他社を凌駕している会社だということを考慮していた。
それにしても、人事担当の高橋取締役が、鈴木由美子に佐藤のことを話したということが解せない。
「私は、LED照明を使った布製の照明を提案したんだけど、開発担当の田中取締役は、私の案が気にいって、開発担当の伊藤本部長は、佐藤君のアイデアが気にいったんですって。だから、佐藤君もきっと内定もらえるよ。」と鈴木由美子は言った。
その後、市ヶ谷駅で別れる時、鈴木由美子と佐藤は、携帯電話の番号とメールアドレスを交換した。
「人事の高橋取締役がそんな話をしてくださったので、佐藤君と話したかったんだ。」と鈴木由美子は言った。
先に、佐藤が乗る千葉行きが来たので、鈴木由美子をホームに残して電車に乗った。ドアが閉まると、鈴木由美子は、首をかしげて微笑み、胸の前で手のひらを小さく振った。佐藤もつられるように、胸の前で手を小さく振った。二人の出会いは、何とも奇妙なものであった。