どこかの市長だか町長だかが、自身のブログで、医療費を圧迫しているのは本来淘汰されるべき障害者だ、とかいった旨の記事をあげて問題になっているそうですね。
テレビを見ない私は、ネットか知人からの情報しかありませんので、その長がどういう意図で言ったのかなどの詳しい内容は知りません。
ただ、言葉だけから行間を取った限りで推測するに、その意図は、私が医療問題を考えるときにたどり着いた意図にとても近いのではないか?
という気がしましたので、今回記事にしました。
なお、今回の記事は、その人の発言自体に賛同するものではありません。
真意は判りませんし、そもそも長という立場なら、真意を伝える言葉を選ばなければならないはずなのに、そうしていないようです。
その時点で、長であることが失格だと思っています。
さて、このところ、介護という言葉をよく聞くようになりました。
自宅や実家の近所でも、介護が必要なご老人を持つ家庭があります。
そもそも、介護が必要になる、というのはどういうことなのでしょうか。
私の知り合いに、合気道を教えている先生がいます。
段位等は知りませんが、数十名のお弟子さんを持つ方で、人の師匠たるもの、練習や試合中に起こったお弟子さんの簡単な怪我くらい治療できずにどうするといった考えをもっており、応急処置の知識を持たれています。
その先生はまた、当然ながら気功術にも長けていまして、気の流れをある程度操ることができるようなのです。
そんな先生曰く、
人間の治癒は、医師が治すと思いがちであるが、治すのは人間の治癒力である。
その治癒力の源とは、すなわち血液であり、血流を良くすることによって、治癒力は高まってゆく。
とのことで、また、
西洋医術には、手術など、物理的にいい面がたくさんあるが、(それが全てではないにしろ)基本的には臭いものに蓋をする医術であり、頼りきってしまうのはよろしくない。
とも仰っていました。
その最たる例として、介護を出されました。
西洋医学術には効果てきめんであるものが多いが、根本治療になり得ないものも、また多い。
この二十年前には六十歳台後半だった日本人の平均寿命はついに八十歳台へと上がり、長寿国となった。
しかし、健康であるといえる年代は、六十歳半ばから、と、ほとんど変わっていない。
つまり、不健康なまま、西洋医学の場当たり的な措置によって、その場凌ぎの延命措置がなされているのと同じなのではないだろうか。
年寄りが根本治癒しない病気を抱えるも致命傷には至らず、長生きを強要させられているのではないか。
医療費が嵩むのは、なにも少子化だけが問題ではないような気がする。
そう仰っていたのです。
寿命が延びていると聞くと、いかにも元気な年寄りが増えていると考えてしまいます。
しかし、この先生の話す数値が正しいとすれば、今までどおり七十歳台でほとんどの人が健康を失い、今までなそのまま亡くなっていたのに、何らかの疾患を持って不自由な状態のまま十年以上も生き続けていることになります。
つまり、高齢によって発する不治の病の治療費用が、数年で終わらず、十年以上続くということになります。
不治の病を治療しようという中途半端な医療技術が、望まれない長寿を生んで、それが被介護者を増やしてしまっているのかもしれません。
多くの、病気を抱えたご老人の方々がどう考えているかわかりませんが、少なくとも私は、病気を引きずって、施設や家族に介護されながら長生きするより、六十過ぎたら(まぁべつに今すぐでもいいですがw)、ある程度の健康な状態からポックリと死にたいです。
そうすれば、家族に負担をかけずに済みますし、自分も恥ずかしい思いをしなくて済みます。
それに、若い人たちから貪り取るような医療費は必要ありませんからね。
話を元に戻しますが、先の市長だか町長だかが、そういった、無駄な医療費について、医療のあり方を問うて、そういった発現をしたのなら、まだ救われるのかなと思っています。
いずれにしても、長になるなら、国語をもっと勉強してほしいですが。
閑話:
最近体温を上げれば免疫力が高くなるといった書物が、多く出てきています。
全部がそうなのかは知りませんが、一部のを読んだ限りでは、体温を上げれば血流が良くなって、結果として免疫力が上がる、という内容です。
合気道の先生と同意でうれしい限りでしたが、最近人間ドックを受けて気づいたことがあります。
あれって、体温を測らないんですよね。
今まで何度か人間ドックやら健康診断を受けましたが、いずれも、体温を測りませんでした。
私の場合、平時の体温は、35.4℃です。
体調が悪く熱っぽいときでも、36度半ばまでしか上がりません。
そんな状態で受診しても、医師には『平熱だね』で処理されてしまいます。
どうして平熱を聞かないのでしょうか?
誰か、教えて~(笑)
今日はここまで。