どうもー。
毎日書こうと思っていたけど、もう1週間たっちまいました。
まいったぁ。
記憶も飛んでますよ。
●2日目~辛勝~
5月20日(火)
・朝10時起床。ライターの方と12時に待ち合わせをしてトゥーロン市内を案内してもらう。ここトゥーロンでは毎年この大会が行なわれていて、ユース年代の取材を積極的に行なっている彼は幾度も訪れていて、ここは庭のようなもの。といっても、フランス語が喋れるわけではなく、英語も片言なのだが・・・。でも、世界中を取材で飛び回っているだけあり、強引に話をまとめてしまうのがすごい。この強引さとバイタリティーは見習わなくては。
ちなみに、トゥーロン国際大会とは世界8カ国の代表チームが招待されて競うもので、基本はU-21の強化大会という位置付け。しかし、今年はオリンピックがあるため、年齢制限が引き上げられ、オリンピックと同じレギュレーションとなり、U-23のチームが集まっている。
トゥーロンは地中海に面した港町。気候も温暖で、老後を過ごすために移り住んでくる人が多いらしい。アリーナ沿いにはたくさんのレストランが立ち並ぶが、ここは観光客向けで、市内よりも全体的にお値段もお高めだという。
途中、フランス・グルノーブル在住の日刊スポーツの通信員の女性記者と合流。大学時代からフランスにすんでいるそうで、嬉しい通訳の登場となった。3人で市内のバルへ。鴨ステーキとグラタンのランチを注文。しかし、なかなか出てこない。でも、これが普通なんだって。2時間近くお昼の時間を取るらしい。しかも、真昼間からビールにワインにと周りのフランス人が飲みまくり。でも、これも普通なんだって。あまり酒をすすんで飲まない自分にとってはうらやましくもなんともないし、ゆっくり昼食を食う習慣もちょっと…。でも、ごっつ待たされて出てきたメシは、かなりうまかった。あのマッシュルームソースがね。帰る前にまた来よう。
・食事を終え、いったんホテルに戻ってから試合会場となるスタッド・マイヨールへ向かう。あ、そうそう、この日はトゥーロン国際大会の開幕日で、日本はオランダとの開幕戦でした。スタジアムはホテルから徒歩5分。ここはサッカー専用スタジアムではなく、地元RCTというフランス・リーグドゥ(2部)に所属するラグビーチームの本拠地で、トゥーロンというサッカーチームはアマチュアクラブとのこと。
会場入りの前に、プレスパスをもらいに大会事務局へ。無事に申請が通っていて、パスを受け取る。しかし、間違いを発見。NOM(姓)の欄に名前が、PRENOM(名)の欄に名字が記載されていた。逆やん!!どうやら、1カ月前に申請書をFAXした段階で間違ったらしい。英語だと順番逆になるけど、こっちはそうじゃない。「地球の歩き方」を買ったのは出発10日前。フランス語の勉強を始めたのもそれからだからな。そりゃ、勘違いするわな。
・屈強なセキュリティーがいる関係者入り口を通ってスタジアム内へ。選手のロッカーを通り抜けてプレス席へと移動する。まず、日本じゃありえん。まだ選手は到着していなかったけど、井原さんとかが会話をしているすぐ横を通りぬけるんよ?そんなバカなと思ってたら、広報から「明日からは別ルートで入ってください」だと。どうやら、現地のセキュリティーが何も理解してなかったらしい。
・一度グラウンドに出て、バックスタンドの記者席へ。ふと見上げると、日本人記者(ほぼ新聞)の多いこと多いこと。各紙1人ずつは来ている模様。机つきの記者席は、自分らでいっぱいに。試合開始ぎりぎりに来たオランダ人記者たちは机がなく、不満そうにこっちを見ていた。自分らは1時間前にはスタジアム入りするのが当たり前だからね。ま、文化の違いってヤツ?
・まだ昼間のように明るい18:10にキックオフ。この試合の注目は、北京オリンピックで当たるオランダがどんなサッカーをするのかという部分と、久々に代表に戻ってきた本田圭佑(VVVフェンロー/オランダ)と、水野晃樹(セルティック/スコットランド)の海外組。
オランダは今大会には2軍を送り込んできたからはっきり言って、たいしたことはなかった。でも、日本の動きも重く、こちらも残念。はっきり言って、北京に来るオランダはこの3倍は強いわけで、その中での1-0辛勝はいただけない。本田は良かったけど、水野は・・・。
試合後、第2試合のフランス対チリを観戦。フランスは期待はずれだったけど、チリが良い。第3戦で当たるのが楽しみだ。
・2試合見ると、もう12時近く。いったんホテルに戻り、夕食に出掛ける。といっても、大半の店が閉まっており、空いてるのは不良がたむろするバーか、ケバブ屋のみ。ちなみに、こちらの不良のファッションは、ナイキ、アディダスなどのブランド(?)もののジャージらしい。うーむ、弱そう。
結局、ケバブ屋にしたが、ここが大当たり。うまかったというのもあるけど、パキスタン人の店員のあんちゃんと、自らをチンギス・ハンの生まれ変わりだと言うヒゲモジャのマスター(パキスタン人)が面白い。まず、チンギス・ハンは日本にいたこともあり、バンダイで技術者として働いていた。変な日本語ばかりを喋る。あんちゃんの方は、ノリが良く、適当なことを言ってはわらかしてくる。んで、自分らに「なぜ、原爆を落とされたのにアメリカの言いなりになる?」と真剣に聞いてくる。明確に答えられない自分が情けなかった。
・そんなこんなで2日目も終了。
この日記、書き終わるかな・・・。